93)早苗の怒り
あらすじを見直しました! 改めて見ると漠然とし過ぎていましたので……今後ともよろしくお願いします。
梨沙と相対した早苗にとって、実はこんな勝負はどうでも良かった。
自衛軍が能力を持つ早苗達を雇用したがるのは火を見るより明らかだったし、早苗達を受け入れるか否かは、此処に居る安中や梨沙で判断出来る程、簡単な事案では無い事位は分っていた。
何より、例え自衛軍が早苗達を本気で拒絶しても、早苗からすれば玲人を守る為に戦えさえ出来れば、特に自衛軍という枠組みに拘る意味も全く無かった。
そんな早苗が梨沙に何故、無駄な勝負を挑んだのか。
……それは単に小春の為だった。
あの引っ込み思案な小春が頑張って“玲人達の為に戦う”と、梨沙に対して健気にも主張した思いに、早苗は何とか答えたいと思った為だった。
(これで、小春ちゃんのメンツは守れるでしょう……小春ちゃんにも困ったモノだわ。もう少し上手く立ち回れないのかしら? ……でも……私や仁那ちゃんが小春ちゃんをからかう事は有りだけど、他の人が小春ちゃんを馬鹿にするのは許せない……ふふっ 私もすっかり小春ちゃんに毒されちゃったみたいね……)
早苗はそんな風に自嘲気味に微笑みを浮かべながら、自らの能力のである“掠奪”を解いた。“掠奪”は対象のエネルギーを吸収し自分の糧とする能力だ。
タテアナ基地に居た自衛軍対象者のみ、この能力で精気を奪われ、激しい倦怠感及び脱力感で動けなくなっていた。
もっとも、早苗は誰も殺す心算は無かった為、かなり手加減して“掠奪”を発動させていた。もし早苗が本気で“掠奪”を発動させれば対象は一瞬で衰弱し死んでいた事だろう。
“掠奪”の発動が解かれた後、安中を初めとするタテアナ基地に居た自衛軍隊員達は、すぐに体力が回復し、起き上がる事が出来る様になった。
よろつきながら立ち上がった安中に梨沙は自身も痛みを押さえつつ駆け寄って寄り添った。薫子も統括管理室と連絡を取り合い、タテアナ基地に居る自衛軍隊員の回復を確認したのだった。
「元気になって良かったわね、大佐さん?」
早苗は他人事の様に、呟きながら梨沙と安中の前に立った。梨沙はそんな早苗に恐怖と警戒心を抱きながら聞きたかった事を早苗に尋ねる。
「……早苗さん、ア、アンタは拓馬を知ってるのか?」
「ええ、良く知ってるわ。私、生前は会った事は無いけど、“死後”に……」
そう言った早苗の瞳は暗さを増し、顔は笑ってるが周囲の人間に恐怖を抱かせた。周りに居た薫子は恐る恐る、と言った様子で早苗に聞いてみた。
「……早苗……どういう事なの?」
「あら、薫子姉様、貴方は私に軽々しく口を利ける立場じゃないのよ?……言ったでしょう、調子に乗ると殺すって……」
明確な殺意を抱き、薫子に迫る早苗を目にした玲人は、母である早苗を強く制した。
「母さん!!」
「ハイハイ、分ったわよ……玲君。もう、何もしないわ! ……あら……ヤバい、あの子達が遂に怒り出した……当然、冗談……本気じゃないの……分った、分ったよ……大人しくするわ……ふぅ、ちょっと実の姉と“話し合おう”としただけで皆、大袈裟なんだから……」
「「「「…………」」」」
早苗の殺意に一瞬、場が凍ったが安中が早苗に話し掛けた。
「……今の貴方は大御門早苗さん、って事だったな。私は貴方と以前会っている……但し、遺体としてだが。
14年前の大御門家崩壊時の事後検証の際、損傷の比較的に少ない極めて稀な遺体として貴方と、八角修一氏の遺体を軍医と共に検死させて頂いた。あの時、貴方は確かに死んでいた。
私はこの目で見たからな。その死んだ人間と話す事が出来るとは……まるでイタコの口寄せの様だ……」
「その辺の事情は、さっき小春ちゃんが説明した通りよ、安中拓馬大佐殿。それと訂正させて頂戴、私は“大御門”早苗なんかじゃない。“八角”早苗よ……ところで……貴方とは薫子姉様や弘樹兄様同様、会って“話し合いたい”一人だったのよ……ククク」
安中に名を問われた早苗は敢えて修一の姓である八角家の姓を名乗った。そして安中にも明確な殺意を抱いた。しかし対した安中は其れを察し、早苗に声を掛けた。
「貴方の怒りは最もだ。大御門剛三氏に、夫である修一殿と貴方は殺された。そしてその事に自衛軍は、無関係でなかった……私自身もな。
その後も我々自衛軍はお子さんを兵器として酷使した。そして私も、その作戦に常に参加していた。確かに許される状況じゃない。私で良ければ貴方の怒りを受けよう」
そう言って安中は、早苗の目を真っ直ぐ見て早苗の前に立った。
「……言い訳も無しって訳ね……今の私なら貴方の手足を生きたまま、引き千切る事なんて簡単なんだけど、それで構わない?」
「ああ、好きにしろ」
安中にそう言われた早苗は、右手を差し出し、少し脅してやろうと思ったが……
「お願い! 止めて! 拓馬を、拓馬を殺さないで!」
安中に迫ろうとした早苗に、必死な顔をした梨沙が早苗の足に縋った。そして梨沙だけじゃ無く玲人も、安中の前に立ち、庇おうとした。
「母さん、安中大佐に罪はない。母さんも本当は分ってる筈だ……俺達が生まれた際、安中大佐はまだ少尉だった。大御門家への関与も含め、少尉の立場だった安中大佐は指示出来る立場にない。
何より、大御門家への自衛軍関与は当時の暫定政府の命令だった。それは祖父の剛三が裏から手を廻して大御門家に依頼される様、工作したんだ。俺はその事を弘樹叔父さんから聞いた。祖父は150年前の大戦時の様に、国家からの栄誉が、大御門家にもう一度与えられる事を妄執したんだと思う。
そして、その後の殲滅作戦は新見元大佐の指示だ。組織で動く筈の自衛軍に在って、あの男は独断で動いていた。
安中大佐は新見を止める為、特命を受け陰ながら尽力していた。そんな安中大佐を責める事は間違っている」
そう言い切った玲人はしっかりと早苗の目を見据えた。対する早苗は足にまだ、縋って安中を必死に庇おうとする梨沙をじっと見た。
梨沙は先程の恐怖が抜けていない様で、早苗に対する恐怖を宿した目をしながら、何とか安中を救おうと、決死の覚悟で早苗に縋っている。
その光景は14年前、実父剛三から修一とお腹の子を何とか守ろうとした、かつての早苗自身の姿を強く思い出させた……
「…………ふぅ、何か……白けちゃったな……だけど、私達家族を理不尽に殺された、私の……この怒りは、誰かにぶつける事も、出来ないのかしら……」
「なら、母さん。構わないから俺、いや俺と父さんにぶつけろ。全て受け止める」
玲人の言葉に早苗は微笑み、思わず玲人に駆け寄って抱き着き、その胸に顔を埋めて涙を浮かべながらそして囁いた。
「……被害者が被害者に怒りをぶつけてもね……だけど……ありがと……ホント、玲君はそんな所まで修君とそっくりなんだから……フフッ、此れじゃお子様の小春ちゃんなんか、玲君の前ではイチコロね……」
そう言って早苗は、玲人の顔を両手でそっと包み、背を伸ばして情熱的で激しい口付をした。
暫く、早苗は玲人との口付を堪能していたが、突然ギクリ、と動きを止めて呟きだした。
「げ……ムチャクチャ小春ちゃん、怒ってるよ……かなり……ヤバいかも……ちょっと暴れ過ぎたかしら?」
そんな事を言いながら、早苗は玲人から離れ横に居た安中と梨沙に話し掛けた。
「……私達の力、分ってくれたかしら? 言っておくけど私達の力、こんなモノじゃ無いわ。玲君の為なら、貴方達にほんの少し力を貸して上げてもいい。
但し、玲君と一緒じゃなきゃ絶対やらないけど。それと私達は嫌な事はやらないわ。特に私は軍に入りたい訳じゃないし。私の考えとしては軍で働く玲君のお手伝いが基本よ。其処んトコ、軍のもっと偉い人に説明しといてね。
今から仁那ちゃんに替わる。私は小春ちゃんに怒られて来るわ」
そう言った早苗はどこか嬉しそうだ。まるで悪戯が見つかって怒られる小さな子供の様な笑顔を浮かべている。