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隻眼殲滅兵器の婚約者  作者: 美里野 稲穂
1章 少年と少女
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9)仁那

 一方、小体育館のコート上に立つ吉岡と玲人は心配する3人とは反して、穏やかな雰囲気だ。二人は短い付き合いでは無い様だ。吉岡が玲人に声を掛ける。


 「おい! 大御門! 今日こそ俺が勝つ。俺が勝ったら約束通り、空手部に入って貰うぞ!」

 「はい、吉岡先輩。だけど俺が先輩に勝つ事が出来たら、いつもの約束通りでお願します」

 「変わった奴だ、お前は。俺が負けた条件がその事を空手部以外に言わない、言わせない、なんて変な話だ。普通言いふらすだろう」


 「……色々有るんで……」

 「まぁ、いい! 今日こそは俺が勝つからな! 約束忘れるな!」


 吉岡はそう言って構えを取る。相対する玲人もそれに応える。


 試合は最初突きの応戦で始まった。激しく攻める吉岡に対し、玲人はステップを駆使して距離を取ろうとしたが、いきなり吉岡がうち回し蹴りで玲人の顔面を狙ってきた。


玲人は上手くスウェーバックしながら手で捌いてかわす。同時に前蹴りで牽制し、追い突きを放つ。対する吉岡は膝蹴りを玲人にかますが、玲人は距離を取って制す。


 距離を取ろうとする玲人に執拗に迫りながら突き連打を放つ吉岡に対して、玲人は強力な前蹴りでダメージを与え、吉岡の体勢を一瞬崩させた。玲人はそのタイミングを逃さずに、すかさず吉岡の顔面を後ろ回し蹴りを決め、鮮やかに一本を取った。


 その後、吉岡も挽回を掛け、激しい接近戦に持ち込んで、突き連打や蹴りを放ったが、玲人に上手く牽制され有効を取れずに、今回も玲人の勝利となった。

 

 吉岡と玲人の試合を見た小春達は驚きを隠せなかった。まさか体の大きくて強いと評判の吉岡が負けると思って無かったからだ。

 もっともカナメだけは結果が分っていたのか一人ニコニコしていたが。


 「……オイオイ大御門君勝っちゃたよ……ちょっと凄いんじゃない、コレ……」

 「まぁ、カドちゃんだからね。これ位は当然なのだよ、松江君」

 「何よソレ……ねぇ小春、アンタからも大御門君、空手部推して上げたら?」

 「……うん、どうかな……」


 小春は玲人の様子を見ながら、晴菜にあいまいな返事をした。小春が晴菜に対してそんな返事をしたのには理由があった。玲人の態度が、何時もより何だか寂しそうに見えた。皆が居るのに一人でいる様な。


 (やっぱり……そうだ、大御門君。さっきの、試合……多分、本気出してない……だから、あんなに寂しそうに見えるのかな……)


 小春は、玲人のそんな様子を感じてしまったのだった。


 「何故、お前だけに勝てん……納得できない! 大御門、もう一回だ!」

 「……分りました、お相手させて頂きます。吉岡先輩」


 そう言って吉岡と玲人は再度、練習試合を続ける。その後も玲人が常に主導権を握った状態で、組手の練習は終わった。吉岡は一度も玲人に勝てなかったが、顔には清々しさが見えており、満足した表情で玲人を見送った。

  

 こうして空手部の練習は終わり、玲人と小春は合流し一緒に帰る事となった。東条と晴菜は帰る方向が別方向だったので二人とは校門前で分れた。帰り道、小春が玲人に声を掛ける。


 「大御門君、空手強いんだね」

 「4歳の頃からやっている。その為だ」

 「でも凄いね、そんなに長く続けるなんて」

 「別に凄い事じゃない。それに空手だけじゃない。主な格闘技は概ね経験している」

 「……どうして、そんな事を?」

 「必要なんだ。どうしても」


 小春はこの件について玲人からの壁を感じた。踏み込むべきでは無いとは思ったが、さっきの玲人の寂しそうな顔を思い出して、自分でも踏込過ぎかと思ったが、どうしても聞かずにはいられなかった。


 「もしかして、その、お姉さんの為?」

 「そう」

 「どうして?」

 「石川さん。済まないがこの件はこれ以上話すことは出来ない。了解してくれ」

 「……ごめん。余計な事を聞いた……」


 小春は“やってしまった……”と後悔した。やはり、立ち入って聞くべきでは無かったのだと。そんな風に落ち込んでいると、玲人も小晴の様子に気が付いた様だった。


 「石川さん。姉の件はいつか話せる日が来れば君にも話すよ。今は話す事で逆に君に迷惑が掛かるかも知れないから」


 そう言って、心配そうに小春を見た。小晴は玲人のそんな気遣いが、ただ嬉しかった。


 「……うん!」

 「ところで石川さん。あの一つ目ちゃんだが、済まないがもう一つ作ってやってくれないか」

 「うん、いいよ。もしかしてお姉さんにあげるの?」

 「ああ。姉が昨日から欲しがっている。手間を掛けるがいいだろうか?」

 「いいよ! 今日作って置くね。色はわたしのがピンクで大御門君のが水色だから、お姉さんのはオレンジにしようか?」


 「それでいいと思う。姉が喜ぶだろう」

 「うん。お姉さんに伝えておいて」

 「石川さん。君には何かお礼がしたい。何を望む?」

 「ええ!」


 (どどうしよう。此れは……憧れの、お礼イベント発生だよ……こういう時、何を言えばいいんだろう……今一番して欲しい事……そうだ!)


 小春は突然の玲人の申し出に狼狽したが、ひとつ思い付いた事があった。とても恥ずかしいが今がチャンスだと思った。


 「名前……呼んでいい?」

 「石川さんは大御門君と呼んでいるが」

 「そそうじゃなくて、下の、名前で……」

 「玲人だ」

 「れい、と君」

 「ああ、玲人だ。そうだ石川さん。君の名前も下の名前で呼ぼうか?」


 玲人は何も考えていないからだろうが、直球で悶える様な事を小春に尋ねる。言われた小春は真っ赤になって震えながら答えた。


 「……そ、それなら、こ、小春で……」

 「分った。君がそう望むなら今から小春と呼ぼう。構わないか」

 「ぜぜぜ全然! むしろOKです……」


 俯きながら変なトーンで小春は答えた。内心小春はガッツポーズを決めていたが。


 その日の夕食後、小春は玲人に頼まれた、オレンジの一つ目ちゃんを完成させた。

 我ながら会心の出来だと、小春は自負していた。其処へ陽菜が顔を出す。


 「また、あの人形作ってんの? 流行ってんの、それ?」

 「そーだよ。大御門姉弟間だけの限定だけどね」


 そんな他愛もない会話を姉妹で交わす。妹の陽菜はクールで少し口が悪いが、本当はとてもいい子だ。小春は陽菜の事をよく分かっていた。


 その後、母も乱入してきて噂の彼氏について色々聞いてくる。小春にとっては面倒くさいが小春の性格上無下にも出来ず、流れで色々白状するなど、悪循環だった。


 あまり度が過ぎると和室で時代劇を見ていた祖母が“たいがいにしな!”と怒り出し、終了の運びとなる。石川家の何時もの日常だった。


 その様子を小春の“一つ目ちゃん”はじっと見ている様だった。


 今日も小春は夢を見ていた。白いドアを通り、緑の平原を少し歩いた先にあるベンチで小春は少し座った。池の中央に浮かんでいる白い花は、今日は初めから開いており、花の少女は微笑んでいた。


 「よく、来てくれたね。小春」

 「うん。ここにまた、来たかったんだ」

 「まずは、お礼を言わせて小春。お人形ありがとう」

 少女はそう言って目を伏せる。小春は確信していた事を聞いてみようと思った。


 「……やっぱり、玲人君のお姉さんだったんだ」

 「ごめんね黙ってて。私は仁那。私と玲人は双子の姉弟よ」

 「双子だったんだ」

 「そう」

 「玲人君と仁那ちゃん、でいいのかな。あんまり似て無いね」

 「仁那って呼んで。私は亡くなったお母さんにそっくりで、玲人は亡くなったお父さんにそっくりらしいわ」

 「へーそうなんだ」


 それから二人は在り来たりな話をした。玲人の事、小春の学校の事、家族の事など。多くは小春が話して、仁那が興味津々で聞いてくる感じだったが、でもそれが何故だろうか、とても楽しかったのだ。


 そして別れの時が突然来た、徐々に世界が歪みだしたのだ。


 「ああっ……もう、繋げない……小春……小春、必ずまた、会いに……来て……」


 小春はその直後、深い眠りについた。


いつも有難うございます。ご指摘がにより見直しました。

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