72)ほんの少しの勇気
この話から元の舞台に戻ります。この話以降、展開が大きく変わってくる事になります。一応今までが序章の扱いで、此れから本章となります。今後もお付き合いの程、宜しくお願いします。
薫子より仁那を救う方法を聞いた次の日、小春は学校を休んだ。大御門総合病院に入院との事だった。
その事を聞いた玲人はショッピングモールや警察署で自分がやらかした事が小春の心の負担になった、と猛省した。
(俺の粗暴な態度が小春に負担を掛けたに違いない。小春の見舞いに行き謝ろう)
玲人はその日の夜は特殊技能分隊のミーティングがあったので、その前に小春の病室に行こうと考えた。
玲人はふと、小春がいつも座ってる机を眺める。
何時も居る筈の小春が今日は居ない。何故か分らないが玲人にとって何だか物足りない気がしていた。
そして思い出していた。この前の土曜日の事を。それは小春に連れられて行ったカラオケの事だった。
(また、小春とカラオケに行ってみたいものだな……)
玲人は生れて初めて、仁那以外の他人の事に思いを馳せたのであった。
小春へのお見舞いは結局、晴菜もカナメも一緒に行く事になった。玲人が放課後、そそくさと帰ろうとした所に晴菜が
“ちょっと、どこ行くのよ!”
と尋問してきたので正直に小春の見舞いに行くと伝えると、何故か晴菜はたじろいで
“小春に先を越されつつある……”
と呟き、いつもの様に横に居たカナメが
“さっすがカドちゃん、驚きの行動力!”と称賛していた。
バスに乗って大御門総合病院に着いた3人は小春の病室に向かう。受付で確認すると、少し前に入院していた時と同じ個室だった。
「小春! 大丈夫!?」
「うん! 全然大丈夫よ晴菜ちゃん。検査入院みたいなものだから、直ぐにでも退院できるって薫子先生が言ってたよ」
小春の顔を見るなり、晴菜は小春に駆け寄り声を掛けた。病室には小春の母、恵理子と陽菜の姿もあった。
「玲人君……この前は小春を助けてくれて本当に有難う! ずっとお礼が言いたかったの」
小春は恵理子にショッピングモールの事件の際、危ない所を玲人に助けて貰ったと説明してあった。流石に玲人が事件を解決した軍の兵士であるとは言えなかった為だ。
「いえ、大した事はしていませんので気になさらないで下さい」
玲人は深く頭を下げる恵理子に対しそう言った。
「それと……エプロンまで貰って有難う。陽菜にもして貰ったし、何かお礼するわね」
「いえ、お気遣いなく」
「そんな訳にいかないわ! 今度うちに来て頂戴。玲人君の好きなご飯を用意させて貰うわ。その時はぜひ貴方達も来てね」
そう言って恵理子は晴菜やカナメに声を掛けたのだった。
小春はその様子を見て、そのきっと賑やかで楽しくなるだろう場に仁那も一緒に連れて行く、と密かに誓っていたのだった。
“晩ご飯の準備があるから”という事で恵理子と陽菜は帰って行った。その後晴菜とカナメは病院内のコンビニへ物色に出かけた。
小春と二人きりになった玲人は、まず小春に真摯に侘びた。
「小春、聞いてくれ。俺は又、君に迷惑を掛けた様だ。ショッピングモールと警察署の時に君に怖い思いをさせてしまった。どうか許してくれ」
そう言って玲人は小春の前で頭を下げた。
小春は深く頭を下げる玲人に対し、あるお願いをしてみようと考えた。
小春にとってそのお願いは本当に大胆すぎるものだったが、もしかしたら今日という日が、石川小春の最後になるかも分らないと思った為、お願いするなら、今しかないと考えたのだ。
「……ねぇ玲人君。お願いが有るんだけど聞いてくれる?」
「何だろうか?」
「目を瞑って、じっとして欲しいの……」
玲人は、小春の言われた通り目を瞑って、静かにしていた。
(殴られるのか? ……仕方ないな……)
と考えていたが……
暫くそのままでいると、玲人の唇に、そっと触れるものがあった。少し熱くそして震えている。
玲人が目を開くと、其処には小春が目を瞑って自分自身の唇を玲人の唇に押し当てている姿が見えた。
玲人は自分が何をされていうのか分らなかったが、“じっとして”と言われていたのでその通りにしていた。
その状況の中、今自分が小春に受けているモノが、確か“キス”という行為だと、薫子に借りた小説から思い出した。確かお互いに強い好意を持つ者がするのだと書いてあった。
小春は震えている、怖いのだろう。顔も真っ赤だ。玲人は動くなと言われていたのでどうしようか考えたが、震えている小春を抱き寄せる位は、問題無いだろうと判断し、唇を重ねてきた小春を両腕で優しく包んだ。
対する小春は、少し驚いたがその玲人の抱擁が余りに優しくて自然で、ただ嬉しかった気が付けば自然に涙が零れていた。小春は思った。
“これでもう後悔は無い、怖くても前に進める“と……
どれ位の時間、そうしていたのだろうか。数秒か数分か、もっとだったのか、小春はそっと玲人から離れた。
このまま一緒に体を寄せ合った状態でずっと居たかったが、二人の姿を晴菜達に見せる訳にいかないと思い、後ろ髪惹かれる思いだったが仕方ないと諦めた。
「……小春、これは……」
玲人は小春の突然の行為に珍しく狼狽している。玲人が慌てる姿等小春は初めて見た。
ショッピングモールの事件や警察署の取調べでも全く動揺していなかったのに、小春のキスに対して慌てている。その事が可笑しくて、嬉しかった。そしてとても愛おしく思えた。
“遅くなってゴメンね!”と手に大量のお菓子を持って現れた晴菜達と一緒に、病院の談話室でお茶をしながら楽しく過ごしたが、そろそろ3人は帰らなくてはいけない時間となった。談話室には何時の間にか小春達だけになっていた。
3人が帰る際、晴菜は気を使って“エレベーターホールで待つわ”とカナメを引張って談話室を出て行った。
小春は晴菜に感謝しつつ玲人を呼び寄せ、そっと耳元で囁いた。
「玲人君、安心して。仁那は必ず助けるから。そして玲人君も守って見せる」
小さな声で話す小春は何故か自信に満ちていた。玲人はショッピングモールや警察署で震えていた小春の姿から少し違和感を感じ、小春に返答した。
「小春、気持ちは有り難いが、仁那を助け君達を守るのは俺の責務だ」
真面目に回答する玲人が可笑しくて、そして愛おしくて。小春をまた大胆にさせた。
小春はそっと玲人の頬に軽くキスをして、耳元で囁いた。
「……わたしが二人を絶対助けて見せる。だから……安心して……」
そう言って真っ赤な顔をした小春は俯きながら呟く。その様子を玲人は呆然としながら見つめた。
何故か、キスをされた頬が熱く感じた。
“カドちゃん、遅いよー”と空気を読んでいないカナメが玲人を連れて行った。玲人は何時もの3割増しでボーとしていたが、きっと狼狽しているのだろうと思い小春はまた、可笑しくなった。
病室に1人になった小春は、玲人の事を思い返していた。最初出会った頃から玲人は仁那を守る為にずっと頑張ってきた。
(きっと色んなモノを犠牲にして、あの人は走り続けたのだろう……そしてそれは仁那自身もきっと同じ。どうにもならない自分自身に苦しんできた筈……)
玲人は仁那を守る為にずっと頑張ってきた。そして守られていた仁那自身もきっと無理して来たのだと思った。
もうそんな事終わりにしなくては、と小春は強く思っていた。この気持ちが真紀の言った“お母さんにみたいに“って事かな、等と小春は頭の隅に考えていたのだった。
「さぁ、始めよう」
小春は誰に言うでも無く、呟いてナースコールで薫子を呼んで貰った。
段落等を見直しました。元文書はワードで打っている為、貼り付けの際ミスが多くなりました。