70)過去編-16(小さな英雄)
次の71話で過去編は終わります。
長らくお付き合い頂き有難うございます。
「……村井君、済まないがお茶を入れてくれんか」
「はい、分りました。恐れながら私もご一緒させて下さい」
「是非、そうしてくれ」
村井と呼ばれた女性事務官は、自分達を落ち着かす為、お茶にする事にした。玲人は話を聞いてくれるのを待っている聞き分けのいい子だった。
とりあえず美味い煎茶を二人で味わう。
「「ふー……」」
何から聞き出そうか、奥田が思案している時に騒がしい足音がして、執務室にまたも来客が来た。奥田は頭痛がする思いだった。
「失礼します! 奥田少将閣下、ここに玲人が来ていますか!?」
執務室に飛び込んできたのは、安中大尉と大御門弘樹だった。
「玲人! ここに居たのか! ダメじゃないか、飛んで行ったら!」
弘樹が玲人の両肩を掴んで叱る。叱る内容が少しおかしいが、誰も指摘しない。
「おくだじいじに、あいにきた。やすなかにもそう、いった」
「玲人君、僕は行っていいとは言わなかったよ。それにしても飛んで行けるなんて、思わなかったよ!」
安中は困り顔で苦笑する。そして、奥田に向かい深く謝罪した。
「奥田少将閣下! 今回の顛末は全て私の監督不行に寄るものです。大変申し訳ありません!」
「安中君、とにかく詳しい話を聞かせて貰おう」
奥田は玲人が行方不明と聞いた時は、激高したが、自分に会いに、しかも飛んできた、とあっては余り叱責出来なかった。6歳児が宙を舞って移動するとは誰にも予想出来ず、自分も同じ立場なら対応出来るか分からなかったからだ。
「……自分が少将閣下に仁那君の事で報告の際、玲人君は突然宙に浮かび、大人達の手から抜け出しました。そして非常階段越しに上層に上がり、出入り業者の受け入れ口より外部に出た模様です。我々は玲人君の発信機の信号を捉えてはいましたが、彼が空中を直線距離で移動する為、車両では逆に追いかけるのに時間が掛かった次第です。 追跡には保護者の大御門弘樹氏にも同行頂きました。大御門薫子氏は通称タテアナ基地にて仁那君の面倒を見て頂いています」
安中の報告を聞いていた奥田は、冷静さを取り戻し玲人に向かって問いかけた。
「……それで玲人、飛んで迄して何が、話したかったのかな」
「にな、あいつみえたといった。あいつまたきて、おれとになつかう。あいつはこんどはもっところす」
「あいつ、とは?」
「にいみ」
「「「「…………」」」」
“新見”の名前が出た瞬間、部屋にいた全員が押し黙ったが奥田は玲人に答える。
「大丈夫だ! 玲人。此処に居る人は皆強い。新見なんかに君達に指一本触れさせないよ」
奥田の答えを聞いて玲人は首を振って否定した。
「だめだ。おくだじいじ。おれをつかう! おれはここにいるだれよりつよい。にいみよりつよい。おれたたかえばころされるひとへる。になもあんしんする!」
「ダメだ! 玲人! 子供は戦う必要は無いんだ! 大人達に任せればいい!」
奥田はかつての自分に恥じて、玲人を制した。
「おくだじいじ。それだけではにいみとめれない。じいじわかってる。あいつは、ぜったいにおれとにな、をとりにくる。あいつをとめれるのおれだけ」
「絶対だめだ! お前達を戦わせないと、決めている!」
「じいじ。にな、みえたといってた。にいみのうしろ、おおきなのいる」
玲人の答えに皆が顔を見合わせる。今度は安中が玲人に問う。
「玲人君、“大きなの”って何か教えてくれるかな」
「このくにのひとじゃないたくさん」
「「「「 !! 」」」」
玲人の答えに其処に居た全員がショックを受けた。
「どう、いうことか? 安中分るか?」
「はい、少将閣下。想定ですが仁那君は予知というか遠見というか、我々に見えないモノを検知出来るようです。今回の新見脱走についても我々が知る以前に検知して見せました。
そして今回の新見脱走事件は、私が先程道中で聞いた話から考えると、新見側には大きな支援勢力が付いていると予想されます。仁那君の予見はそれを検知したのでしょう」
「事実だとすると最悪だな。かつての敵同士が組み合うとはな。となると狙いは……」
「はい、間違いなくこの子達でしょう」
「「「「…………」」」」
玲人の言葉は非常に現実味が帯びて、皆を悩ませる結果となった。
「いずれにしても子供達を使う訳にいかん」
奥田が言い切る。しかし玲人は怯まない。
「じいじ。それちがう。たたかうのおれだけ。になはたたかわせない。まえにでるのおれだけ。だからだいじょぶ」
「玲人! お前一人でも同じ事だ。わしは二度とお前達を戦わせないと決めたのだ!」
強い意志を持って奥田が再度言い切る。
「おくだじいじ。そのきもちおれも、いまみてるになも、とてもうれしい」
玲人は、奥田の前に立ち一人語る。
「でも、それだけじゃだめ。いまはあいつとめないと、あいつもっところす。おれ、にいみしってる。じいじとちがっておれ達、よろこんでつかう。おれ達おぼえてる ……おれ達たくさんしなした」
「そっ それは違う! わしらがやった事だ! お前達は悪くない!!」
奥田が慌てて玲人の言葉を遮る。
「わかってる。あのとき、おれ達いしきない。じいじがくれたおもちゃといっしょ……でも、いまちがう。あいつにはしたがわない。あいつにになをさわらせない」
「「「「……」」」」
「おくだじいじ、おれだれよりつよい。じいじよりもつよくなった。おれたたかえば、しぬひとへる。たたかうのおれのやくめ」
「だ、だめだ! 玲人! 戦うのは……」
「奥田さん」
奥田が玲人の言葉を再度止めようとした時今まで言葉を発しなかった弘樹が口を開いた。
「奥田さんが、この子達の事を考えて下さって本当に嬉しく思います。何より私達との約束を守って頂いている。
“この子達の意志を無視して戦いを強要しない”と。
僕も同じ考えで、この子達には例えこの子ら自身が望もうが、戦いには出て欲しくありません。しかし、玲人は自分の意志で戦うと言っています。
僕は同じ男として、玲人の毎日を見てきました。玲人は誰に言われずとも、毎日、戦う訓練をしています。
……この子は僕と違い、生まれついての勇敢な子なのでしょう。この子の父親の様に。
奥田さん。この子は僕らが止めても、今回の様にきっと何かあれば勝手に飛び出すでしょう。その、比喩ではなく本当の意味で……
奥田さん、安中さん、この子が飛び出しても死なない様に鍛えて上げてくれませんか。その上で、この子が人のお役に立てるというなら、この子の望みの通りにしてあげて貰えませんか。
妹の薫子には僕の方から説得します。宜しくお願いします」
弘樹は淡々と奥田に向かい語り、最後には深々と頭を下げた。奥田は戸惑った。
「しかし、まだこの子は……」
「分かりました! 玲人君は我々がしっかりと今まで以上に鍛え上げます!」
「わたしも何が出来るか分りませんが応援します!」
戸惑う奥田を余所に、感極まった様子の安中と、余り関係無い筈の女性事務官の村井も目を潤ませながら勝手に返事している。
「馬鹿者! 何を勝手に決めておる!」
一括する奥田を前に今度は玲人が語る。
「じいじ。だいじょぶ。おれのなかのひともだいじょぶといってる、きがする」
「……玲人の中のひと、とは誰だ?」
「おれとおなじかおしたおとな!」
「…………!」
奥田は玲人が言う“おれとおなじかおしたおとな”が修一だと確信した。
(……英雄君、其処にちゃんといるのか)
何故かは分らないが、例人の言葉に胸が熱くなり涙が零れそうになった奥田は、
「……訓練する位ならいいだろう」
と、強がるのが精いっぱいだった。
空白等見直しました。宜しくお願いします