69)過去編-15(混乱)
同時期、仁那は脳裏に激しい衝撃を感じ、恐怖した。新見からの強い憎悪だ。仁那の恐怖を感じ取った玲人は、仁那の傍に駆け寄り、そっと抱きしめた。
「にな、どうした?」
「ぎぎぁ! ぎぁあ! ぎぎぃぃうあ!」
玲人は仁那が言っている事は分らないが、極めて重要な事を伝えたいのだと分った。また、玲人自身にも仁那から伝わる“恐怖の感情”も受け取っていた。
「にな、まってろ」
玲人は別室の薫子を呼びに行った。薫子は玲人からの只ならぬ雰囲気を感じ、自衛軍との打ち合わせの為に帰っていた弘樹と安中達も一緒に仁那の様子を見に行った。
「ぎぁ! ぎぎぃう! がぁぁあ!」
仁那の叫びと共に端末表示装置に文字が表示される。
“あのひとくる! こわいひとくる! あのひといや! あのひとくる! あのひといや!”
端末表示装置には同じ言葉が繰り返される。
「仁那ちゃん。“あのひと”って誰なの?」
薫子が優しく仁那に問いかける。
「ぐぅお!」
端末表示装置には“にいみ”と表示された。
その名前が表示された瞬間、安中達自衛軍の関係者は言葉を失った……
仁那の“予知”を受けた安中は奥田に至急連絡を取った。途中、玲人が何か言っていた様な気がしたが、緊急事態の為にまずは奥田への連絡を優先した。
安中の連絡を受けた奥田は半信半疑ながら部下に命じ、新見の収監先に状況を確認させた。
結果は最悪で、奥田は執務室で眩暈がする様な報告を受けた。
「……新見が脱走!?」
「はい、新見元大佐は精神疾患を発病した為、医療刑務所にて長期入院していましたが回復傾向が見られた為、刑務所に移動中に襲撃を受け、そのまま脱走した模様です」
「馬鹿な! 警察の警護はどうした!?」
「護送車に対し二台の車両に捜査員が分乗して警護していました。しかし襲撃者は周到な準備をしていた様です。移動ルートの中で最も人目に付かない地点の県道中に、予め偽装した工事車両を配置して護送車を足止めし襲撃した模様です。警護に就いていた捜査員、刑務官は一人を除いて6名殺されていました」
「生き残った一人とは?」
「はい。黒田という若い捜査官ですが現在意識不明の重体中で予断出来ない状況の様です」
「何てことだ……取敢えず現状況は分かった、引き続き情報を集めてくれ。私は関係省庁に連絡を取ってみよう」
新見の件の報告を終えた部下が執務室を出て行くと同時に、若い女性事務官が飛び込んできた。
「少将閣下! 安中大尉より緊急の連絡です!」
「また安中からか。今度は一体なんだ!」
若い女性事務官は息を整えながら続けた。
「通称タテアナ基地から、マルヒト、もとい大御門玲人君が居なくなったそうです!」
「な! なんだと!」
奥田は新見脱走の報告以上に驚いた。通称タテアナ基地とは、大御門家が玲人と仁那の為に用意した縦長の地下シェルターの事である。最下層に玲人と仁那の部屋があるが、その何層か上層に自衛軍の待機・連絡用の分隊規模の基地としている。
正式名は“大御門総合病院敷地内地下特別隔離施設分隊駐屯基地”というらしいが、長すぎて誰も言わず、いつの間にかタテアナ基地という通称が浸透した。
「……少将閣下と安中大尉が通信連絡中、大御門玲人君は安中大尉に何かを言った後、そのまま姿が見えなくなった、との事です」
「全く! 駐屯分隊は何をしている!」
「丁度、仁那ちゃんの事で対応が追われている時に、タテアナ基地に出入り業者が入った為、監視体制が緩んだものと思われます」
「ありえん! 全く弛んでいる! それで玲人の捜索はどうなっている!」
激高する奥田に辟易しながら女性事務官は答える。
「……さ、幸い大御門玲人君の衣類には発信機が付いている事と、例の仁那ちゃんの“目”を持っているとの事で、居場所は把握出来ています」
「はぁ? それなら何の問題も無かろう」
「そ、それなんですが、どうも玲人君はここに向かっている様なのです」
「ここ!? い、一体どういう……」
“コンコン”
奥田が言葉を続けようとしたが窓から、誰かがノックする。よく見ると、渦中の玲人がノックしている。
「「……」」
奥田と女性事務官は思わず無言になり顔を見合わせる。何故なら……奥田がいる執務室は3階だからだ。
「え、えーと……」
「いいよ、君。私が窓を開けよう」
余りの出来事に頭が追い付かない女性事務官に代わり、奥田が窓を開ける。
玲人は、何でも無い様に執務室内に飛び込んだ。玲人はこの部屋に何度か来た事がある。安中が奥田への報告の為に連れて来たのだ。
奥田自身も何度もタテアナ基地に子供達の様子を見に行っており、その際におもちゃ等を持ち込み子供達からの“評価”は高かった。
奥田は正直びっくりして震えそうな声を何とか静め、玲人に語りかけた。
「……玲人。どうした? 一人で此処に来ちゃダメじゃないか」
奥田は腰を下ろして目線を玲人に合わし出来るだけ優しく諭した。
「……おくだじいじ。はなしがある」
奥田は祖父が居ない子供達の為に、出来るだけ親身に接した為、子供達から“おくだじいじ”と呼ばれる様になっていた。そしてその事が、奥田はとても嬉しかった。
「分かったよ、玲人。その前にどうしてここに来れたか教えてくれないか?」
奥田は冷静になり、玲人の居場所が特定されつつ、どうやって誰にも止められずにこの駐屯地の3階にある執務室に来れたのか、が気になった。
玲人はもうすぐ6歳になるが、見た目は7~8歳程度になっており、判断能力や知能も平均的な6歳児より遥かに優れていた。特に身体能力は比較にならない程優れていた。
その為、奥田はその類まれな身体能力で、此処まで来れたのかと思ったのだった。
――しかし、玲人の答えは奥田の予想を遥かに超えたものだった。
「とんできた!」
「「えっ」」
玲人の斜め上の回答に奥田と女性事務官は思わず返事が重なってしまった。
「……もう、一回、玲人教えてくれるか? どうやって此処まで来れたのかを」
すると玲人は一瞬だけ体表面を薄く白く発行させ、浮き上がった!
「こうやって、うかんで、とんできた!」
そしていつもの様に無表情だが口元だけ笑みを浮かべ、普通に言うのであった。
段落のずれを見直しました。