37)お礼イベント
次の日、玲人は数日振りに小春を迎えに来た。何一つ変わらぬ素振りの玲人に反して、小春の内心はそうでなかった。
(玲人君になんて声掛けよう? “無事で良かったね”て言うか“ご苦労さま”って言う? ……それとも仁那の事言おうかな……でも……そもそも薫子先生から玲人君の事も仁那も内緒にしてって言われたよね……)
考えだすと小春は何も言えなくなってしまった。玲人と小春の間に沈黙が続く。その沈黙を破ったのは玲人の方だった。
「小春」
「なななに……玲人君」
沈黙の中いきなり名前を呼ばれて小春は大いに動揺した。
「仁那に良くしてくれた様だな。仁那がとても喜んでいた。まずは礼を言わしてくれ」
「そそそんな、こっちこそ仲良くしてくれて有難うだよ」
「小春は仁那の本当の姿を見ても嫌悪せず拒絶しなかった。そんな人間は中々いない」
「……玲人君」
「昨日、仁那に言われたんだ。俺はもっと小春の事を考えるべきだ、と。だからずっと君の事を考えていた」
とんでもない事をさらっと言う玲人に小春は卒倒しそうだった。
「れ、れ、玲人君。あの、その」
声も出せない。仁那が小春の事を思って気を廻してくれたのだろうが、玲人の言葉は直球過ぎて小春にとって心臓に悪い。
「……ずっと考えていたんだ。小春は何が喜ぶだろうかと。何でも言ってくれ」
(来たよ!! 特大のお礼イベント! なななんて答えよう……)
そう思案しているとある事を思い付いた。タイミングとしては今しかない。
「……それじゃ、玲人君。お願いがあるんだけど……」
「ああ、何でも言ってくれ」
「こここ今度の土曜日、買い物に、その、一緒に……」
「買い物に一緒に?」
「つき、あって、ほほ欲しいの!」
「ああ、付き合おう。その際、寿司でも食べに行こうか」
「ぜ、ぜ、ぜいおねがひ……」
最後の方は、小春は言葉にならなかった。しかしそれは仕方がない事で、自分からデートに誘うなど小春としては大冒険だった。
学校の昼食時、小春は晴菜と一緒にお弁当を食べていた。小春は朝の出来事を晴菜に説明すると……
「土曜日にデート!?」
「しー! 晴菜ちゃん、声大きいよ……」
「何てこと……小春……どんどん暴走している。実は以外に? 積極的な女?」
「ち違うよ、何かして欲しい? って聞かれたから、その……」
「あの、残念思考男からそんなセリフが! 何があった……」
此処で小春は仁那が後押ししてくれた事を何処まで言おうか悩んだが、かいつまんで話す事にした。
「……実は玲人君にはお姉ちゃんが居て、あの、実は……その病気で入院ずっとしててわたしと友達になって……その、えっと、応援をしてくれてて……」
「へーそうなんだ……あの男、シスコン気味だったけど一応そんな訳があったんだ……それで、小春はまず、姉の方から攻略したと? ……何時の間にそんな恐ろしい子になった?」
「そそそんな訳、無いよ! 玲人君の事とは別に仁那とはこれからもずっと友達でいたい子なの!」
「そっか仁那って言うんだね。大御門君のお姉ちゃん……そうか、お姉ちゃんからの後押しか……それは強力そうだな……将も殺して馬も殺せって奴だね」
「……絶対間違ってるよ、その例え……」
「将を射んと欲すれば先ず馬を射よ、だよそのことわざ」
そう声がした方を小春と晴菜が見ると、そこには答えた東条カナメと玲人が立っていた。
「誰を撃つんだ、小春? 君には無理だろう ……何なら俺がやろうか?」
勝手に勘違いした上に物騒な事を言い出した玲人に小春は慌てる。
「ちち違うよ、玲人君! 誰も撃たないよ」
「もう撃ったトコだもんねー」
「……なん、だと! 小春! お前……何時の間にそんな子に……」
「ちょっと! やめてよ晴菜ちゃん! 玲人君どんどん勘違いさせてるじゃない!」
晴菜の冗談により混乱した玲人に小春は必死に説明したのであった。
「……よかった……小春が、悪い子になったかと……」
「どうしてこんな疲れる事態になったの?」
「晴菜ちゃんのせいだよ!」
「そうだよ、松江さん。カドちゃんは混乱を招く職人だからやめたげて」
「混乱を招く職人、いい響きだ」
「いいネーミングセンスでしょ?」
「意味が良く分からん所がいい感じだな」
玲人とカナメが見つめ合ってニヤリとする。その様子を見て、晴菜は思った。玲人がおかしな言動をする様になった大きな理由にカナメが大きいと。
「……男の子同士の友達っていいね?」
「ちょっと! 小春? アンタまで巻き込まれないでよ!」
「……話を初めから戻すわよ……いい? 大御門君もカナメもおかしな話しないでよ?」
「誤解だ」
「同意だよ……そもそも初めは松江さんが“将も殺して馬も殺せ”なんて突っ込みどころ満載なセリフを……」
「ああん?」
「……いや、何もないよ?」
カナメが晴菜に対し真っ当な突込みを入れようとした瞬間、晴菜に潰されてしまった。
「……だ、か、ら、話を戻すわよ?」
「……ああ」
「……はい」
「今度の土曜日、大御門君と小春は一緒に買い物に行くって話の途中だったわよね」
「はい、そう、です」
皆の前で改めて確認させられて、小春はこれ以上ない位赤面し、硬直した。晴菜は更に続ける。
「小春ばっかり、ずるいと思います。あたしも同席したいです! もちろんカナメも一緒に!」
「えええ! そんなの無いよ、晴菜ちゃん!」
「大丈夫だよ、石川さん。僕と松江さんは寿司を一緒に食べたら別行動するから」
「遠慮するなカナ」
「遠慮してください」
空気が読めない玲人が余計な事を言い切る前に、鉄の意志を持った小春が全力で防止した。
「……どんどん小春暴走してない?」
「オタマジャクシがコモドドラゴン位になってきた感じだね」
「それは違うぞカナメ。オタマジャクシは両生類だ。爬虫類にはなれない」
「突っ込むとこ其処でいいの?」
「……カドちゃん、今石川さんは大いなる変貌を遂げようとしているんだ……」
「ほう、環境適用による進化と言う奴か。両生類から爬虫類への進化は乾燥環境への適応によるものだ……小春はどう変化する?」
「……聞きたい?」
「興味深いな……」
「今すぐやめろ……アホども」
話を妙な方向に迷走させる玲人と、それを面白がって煽っていたカナメに対し、晴菜が睨みを利かして制した。このままでは昼休みが終わってしまう。そう危機感を抱いた晴菜は自分が話を仕切る事にした。
「いい? 今度の土曜日、駅前の広場に全員集合してお昼を皆で食べる。その後ボーリングして、後は各自自由行動って事で! 皆、気合い入れて来る事。特に! 大御門君、制服なんかで来ちゃダメよ」
「ダメ? なのか」
「はー……マジだったか。カナメ、アンタがフォローする事……面白がって、ふざけたら……アンタ……分ってるよね?」
「もももちろんだよ、松江さん。本当なら紋付袴くらい勧めるトコだけど、今回はマジメにするよ……」
「カナメ、紋付袴ってなんだ?」
「あら食いついちゃったよ……それはねカドちゃん、古来から伝わる男子の正装で、ここぞっていう時に着るものなんだよ」
「それがいいぞカナメ!」
「分ったよ、僕の方で用意……」
ガツン!
カナメが最後まで言い切る前に晴菜がカナメの後頭部を小突いて低い声で言った。
「……東条カナメくん? さっきから……どういうつもりなのかな?」
「いや……余りに食いつきがいいんで衝動が抑えられないっていうか……僕はカドちゃんの相方を生涯やって行く覚悟だから、止められないっていうか……」
「カナメ……お前って奴は! 俺は姉の為に生きねばならんが、少しはお前の為に相方として……」
ガス! ゴス!
晴菜は言葉で制せず、玲人とカナメの後頭部を拳で小突いて黙らした。
「……いい加減にしろお前ら……もういい、カナメには期待しない。小春!」
「はははい、鬼教官殿……」
「何よそれ、あんまり変な単語使うと、また大御門君が食いつくよ。それは兎も角、あんたが大御門君のフォローしたげて。この二人ふざけてばっかりで埒が明かないよ」
「う、うん分った」
こうして今度の土曜日に向けてのミーティングは終わった。
読んで頂いていつも有難うございます。せめて出来るだけ前倒しさせて頂きます。宜しくお願いします。