36)渦の、中心
“姉が心配なので帰ります”
そう言って玲人は帰って行った。玲人の送迎は何時もなら坂井梨沙少尉が行うが、今日は気を使った安中が送って行った。梨沙と他の4人が懇親を深めている所だったからだ。
玲人が居なくなった事で、沙希が梨沙に気になっていた事を聞く。
「玲人君のお姉ちゃんは具合が良くないんですか」
「……まぁな。ずっと病院から出られない」
「そうなんですか……だったら玲人君を軍務に就かすのは彼の負担が大きいんじゃないんですか」
「確かにな、だけど玲人が軍務に積極的に就くには理由があるんだ」
梨沙の言葉に皆が注目する。
「ここに集められた特殊技能分隊の君らは素性がよく分かっている。だから玲人の過去ついて話しても問題ないと思う。むしろ、これからお前達5人はチームだ。玲人が自ら望んで戦う理由は知っておいた方がいいと思う。皆、自衛軍に在籍上関係ある話だからな」
そう言って、梨沙は許容される範囲で玲人の過去について皆に話した。
真国同盟の首謀者である新見元大佐に兵器として利用されて来た事、その新見が玲人と姉の仁那をまだ狙っている事。そして病気で体を動かせない仁那を守る為、自衛軍として戦っている事を説明した。
四人は神妙な顔をして聞いていた。女性である沙希や志穂は泣きながら聞いていた。特に志穂は号泣に近い。
「うぐっ ぐすっ 玲ちゃんは! 私が嫁にする!」
「台無しだろ……このメガネは……」
「でも、真国同盟の新見って聞いた事が有る。確か何度も本土進攻を防止した元英雄だとか……最後にクーデターで政権転覆を狙って逮捕されたって話だった……」
「……まぁな……」
前原の話に苦虫を潰した様な顔で目を背ける梨沙に沙希がピンと来た。
「坂井少尉。まさか、本土進攻を防止した作戦に玲人君も絡んでいるのですか!?」
「……答えられない」
坂井のその反応が肯定を示しているのは、流石に全員が理解した。
「……生まれた時から本土防衛作戦に就かされてた訳か……俺らが敵う筈もないな……」
「でも伊藤さん、玲人君は救国の本当の英雄って事だろう! すっげぇな!」
伊藤の呟きに前原は逆に興奮して応える。そんな様子を見た坂井は真顔で窘める。
「伊藤、前原、あたしは何も言っていない。話を勝手に大きくするな。もう一度お前達に言っておく。特殊技能分隊で知り得た事は秘匿事項だ。いいか……これはお前達自身を守る為でもある。新見は……目的の為に何でもする男だ。お前達だけじゃない。お前達の親しい人間も標的になる可能性があるんだ。全員、肝に銘じてくれ」
「「「ハッ!」」」
「……はい」
珍しく志穂が真面目な返事をしたので梨沙は志穂を見ると、まだ涙目だ。
「どうした、志穂?」
「ぐすっ……玲ちゃん……ほんといい子だな、て思って……エスパー云々、じゃなくてさ……病気の姉ちゃんを守る為戦うなんて、かっこよすぎるわ……此処に来て、玲ちゃんに会えて、私は良かったよ……」
「「「…………」」」
「志穂……ありがとう。皆が感じた通り、玲人は確かに強い。だから玲人は誰かに助けを求めない。今まであいつは自分一人でやればいいと思って戦ってきた。でもそれではダメな時が今後有ると、あたしも安中大佐も思うんだ。だからこそ、この分隊の、お前達の力を貸してやって欲しい。宜しく頼む」
そう言って、梨沙は特殊技能分隊の皆に頭を下げた。
分隊の4人は皆、顔を見合わせた。そして伊藤が代表して声を出す。
「坂井少尉。自分たちは玲人君程の能力は個々ありませんが、4人で戦えばきっと彼の力になれると思います」
「俺も沙希も同じです」
「ええ!」
「ダルマにゃ仕切られたくねーけど玲ちゃんは私が守る!」
「ああ! よろしく頼む!」
そう言って、梨沙は皆の肩を叩く。
「皆纏まった所で、此処にいい知らせがある! 拓馬、いや安中大佐から有り難い軍資金を頂いてる!! そして外出許可も確保した! 皆で旨いもん食いに行くぞ!!」
そう言った梨沙は見るからにハイテンションだ。
「やった! シャバ(外部)に出れる!」
「玲人君も来れれば良かったけど……」
「まぁ、彼は中学生だからな。飲み屋は拙いだろう」
「……行くの面倒だな……何だよ姉御のテンションは……」
他のメンバーはまちまちな反応だったが、梨沙は構わず上機嫌で皆を連れまわすのであった。
小春が玲人を想い眠れない夜を過ごす少し前、玲人はタテアナ基地の仁那の所に来ていた。
仁那は眠っている。今日の状況から考えると嬉しくて興奮し疲れた様だった。その寝顔にはうっすらと微笑みが残っていた。
玲人は仁那の髪をそっと撫でると、ゆっくりと仁那が目を覚ました。
「おはよう仁那」
“……玲人、お疲れ様”
「今日は小春が来てくれたみたいだな」
“うん、小春と会えていっぱい話したよ! 小春は私を拒絶しなかった!“
「そうか……やっぱり小春はいい子だな」
“そうだよ! 小春は私を抱いて、泣いて喜んだわ。逆に私がびっくりしちゃった”
「良かったな、仁那」
“うん! そしてね、小春はね、私の事可愛いって言ってくれたんだ。本気でだよ!”
「そうか、小春は仁那に本当に良くしてくれたんだな」
“ねぇ玲人”
「どうした? 仁那」
“小春は玲人の事が好きだよ”
「そうか」
“それだけ? 女の子には大切な事だよ”
「今の俺は仁那の事の方が大事だ」
“玲人。有り難いけど、私にとっては小春は玲人と同じくらい大切よ。小春程私の事を受け入れてくれる女の子は今まで一人もいなかったわ”
「……そうだな 何か礼をしないとな」
“だからね、玲人は小春にお礼したいなら小晴が喜ぶ事をしなくちゃね”
「うん……寿司でも連れて行こうか」
“あーダメだ。動けない私でも玲人がダメなの分るよ!”
「寿司はうまいぞ」
“私食べれないんだから分んないけど、きっと小春はそんなの望まないよ”
「難しいな。食べ物以外分らん」
“玲人はね、私の事を考えてくれる様に、小晴の事を考えたげて。これは私からのお願いだよ”
「仁那が其処まで言うなら努力しよう」
“有難うね、玲人”
仁那はそう言って玲人に小晴の事をお願いしたのであった。仁那は自分にとっての唯一の親友である小春の、玲人に対する思いが成就する事を願っていたのだ。
丁度、玲人がタテアナ基地に戻って仁那と話していた頃、小春は自室で眠れない夜を過ごしていた。
(玲人君……怪我とかしてないかな。明日は会えると嬉しいな……でも……なんか、不思議……玲人君と会ったの最近の筈なのに、こうして……玲人君の事を考えて眠れない時が昔もあった様な……気がする……きっと考え過ぎかな……玲人君の事……あぁ……早く会いたい……)
小春はベットの中でそんな事を考えていた。何時もと変わらない日常が明日も来る事を信じて疑わなかった。そして小春は自分の小さな世界の平安を亡き父に祈り眠りにつくのであった。
しかし、小春はこの時知らなかった。
今日小春が選択した“全てを受け入れるという決断”によって小春は全てを破壊しそして作り変える程の激動の渦に巻き込まれる事に。
その激動の渦は、小春だけでなく小春が大切にする家族、友人、はては全人類全てを容赦なく巻き込む事となる。
――この時の小春は自分がその渦の中心である事を知る由も無かった。
出来るだけ、頑張って前倒しで投稿して行きます! 拙い文章ですが宜しくお願いします!