269)遊び
早苗(体は小春)に、ニョロメちゃんを通じて体を支配され……全く動けない葵。
彼女は、早苗を眠らせようと口紅型睡眠薬発射装置を、密かに準備していた。
しかし、その事を早苗に看破された葵は、有ろう事か……自分の口内に向け、発射するように早苗の能力で操られてしまう。
そんな中……早苗の背後より、薫子が現れた。
「……う……あお」
(……何故、ここに大御門薫子が……!? ま、まずい。こんな姿を見られる訳に……)
突然現われた薫子に対して、葵は内心、動揺するが指一本動かせない。
尚……薫子は、葵の先輩である事務次官の村井京香と仲が良く……葵は、その関係より薫子とも付き合いがある。
葵は、薫子とは村井京香程、仲が良い訳では無かったが……医者である彼女から玲人や仁那の情報を得る為、適切な関係と距離感が必要だった。
その為……薫子の前では、葵は明るく元気な事務次官の女性として、演じている。
そんな訳より薫子の前では、スパイとしての顔を見せる訳にいかなかった。
だが、今の葵は……口紅を逆に持ち、口を聞けて困っている姿など不思然過ぎる状況だったが、どうする事も出来ず……おかしな声を漏らすしか無かった。
「そこに居るのは、葵ちゃんね。早苗……ここは私が引き受けます。貴女はそろそろ戻った方が良いわ……」
「そうね……それじゃ薫子姉様、後はお願いするわ。アリエッタも居るみたいだからお任せして良さそうね……。 それじゃ小春ちゃんに替わりましょうか。
そうそう……薫子姉様、葵さんは財布に19360円しか無いから……仁那ちゃんが沢山食べた分、払っといて貰えるかしら。
葵さん……スパイごっこ、楽しかったわ……。私の演技も真に迫っていたでしょう……? また、遊びましょうね……」
薫子に促された早苗(体は小春)は立ち上がって、葵に向け妖艶な笑みを浮かべながら囁いた。
もはや早苗は小春の振りをする気も無かった。ニョロメちゃんが仕撒けられた葵など、警戒する必要なんて欠片も無かったからだ。
「お……ご……」
(スパイごっこ……!? 遊びだと!? ま、まさか……今までのアレが、全て演技だと言うつもりなの!? そんなバカな……! 何なんだ、コイツは……!?)
葵は早苗に掛けられた言葉に激しく動揺しながら怒り、早苗(体は小春)を睨み付ける。
しかし……葵の視線の先には……笑みを消した早苗が、黄金色に変わった人外の瞳で、真っ直ぐ葵を見返している。
その姿は、どこまでも冷たく、敵意に満ちていた。そして……同時に早苗が絶対的な何かである事を、強く感じさせた。
(!? こ、こいつは……! こいつこそが……!?)
黄金色の瞳を持った早苗(体は小春)を見た葵は……目の前の少女が、人を超越した存在である事を、ようやく理解した。
そして……そんな存在に見られている事に、彼女は激しく恐怖したが……葵は指一本、動かす事が出来ない。
対する早苗は、恐怖する葵を冷たい目で見ながら、そっと彼女に近づいて肩に手を置く。
そして……葵の耳元で囁いた。
「ねぇ、葵さん……今日は遊びで許してあげる……。でも……私の家族に……仁那ちゃんと小春ちゃんに、次に手を出したら……"ごっこ"では済まないわよ? そこの所……胸に刻む事ね……。それじゃ、おやすみなさい……」
早苗が氷の様な目を、葵に向けて呟くと……。
“ブツン!”
突如、葵の意識は速切れ……そのまま、糸が切れた様に机の上に、突っ伏して倒れ込んだ。
早苗が能力を使って、葵の意識を奪ったのだ。
彼女は、倒れ込んだ葵を冷たく見つめた後、薫子に向けて声を掛ける。
「……薫子姉様……私は帰るけど、この子、どうするつもり……?」
「そうね……。でもここでは……"皆"見てるから……変な"冗談"は、言えないわ……」
問うた早苗に対し、薫子は……悪戯っぽい笑顔を彼女に向けて答えた。
薫子が早苗に向けて言った"皆"と言うのは……小春と仁那の事だった。
早苗(体は小春)の目を介して、外の状況を見ている小春と仁那の前では、自分の正体を感じさせる事は言えない、と薫子は考えていたのだ。
薫子の本性は……アガルティア12騎士が一人、ディナである。その事を知っているのは……早苗と、玲人の中にいる修一だけだ。
まだ子供である小春と仁那、そして玲人には……薫子の正体を始めとする、アーガルム族が取巻く真実を伝えたくないと、早苗と修一は親心より考えていたのだ。
何せ、玲人と仁那(今は小春と同化している)を守り支える為に……叔母である薫子も、クラスメートであるカナメも、上官である安中も……皆、本当の姿はアガルティア12騎士と言う状況だ。
しかも、彼等は主であるマニオス(玲人の前世)とマセス(仁那の前世)の考えの違いによって、対立している。
マニオス側である安中やカナメ達は、主であるマニオスの覚醒を望んで行動していた。
しかしマニオスの覚醒は、そのまま人類の殲滅が始まる事を意味している。
それを良しとしないマセス側の薫子は……同化してもはやマセス、その者となった早苗と共に……マニオスの覚醒を阻止すべく活動していた、と言う事情だ。
もっとも……マニオス側の方が、現状の所……有利に事を進めていたが……。
とにかく……そんな複雑な状況に、小春達や玲人を、出来るだけ巻き込みたくないと、早苗と修一は思っていたのだ。
二人は、親として生前出来なかった“子供達を守る”と言う義務を、何とか果したかった。
だから、事情を話した薫子と共に“裏方”として画策して、大人達だけでマニオスの覚醒を防ぐべく行動していた。
ディナである薫子は、主である小春達に絶対の忠誠を誓っている。だから、小春達に害を成そうとした……スパイの葵を、唯では済まさない。
その事を理解している早苗が薫子に問うた訳だが、対する薫子は、見ている小春と仁那の手前、"冗談"という言葉 で誤魔化した。
「……だったら……薫子姉様。この子の事……今は、何もしなくて良いわよ」
「あら? 早苗にしては珍しいわね? 貴女がそう言うなら……私は"怒らない"けど……それでいいの……?」
早苗にしては珍しい言葉に、薫子は問い返す。いつもの彼女ならば……自分の家族に害なす存在に対しては、容赦しないからだ。
尚、薫子の言う“怒らない”の意味は、葵を“物理的に始末しない”と言う事だ。
ここで早苗が制止していなければ……間違いなく葵は、何らかの方法で薫子に消されていただろう。
薫子達アガルティアの12騎士は……主の敵に対しては、早苗以上に非情になるからだ。
そんな薫子の問いに対し、早苗は……。
「ええ……さっきの"遊び"は……こんな若い子相手に、ちょっと大人気無かったかな、て思って……。煽って追い詰めた所もあるしね……。だから、今日の所は脅しで許したげるわ」
「……早苗が、それで良いなら……私も"怒る"のは止めておくわ……。だけど……次に何かしたら……。いくら葵ちゃんとは言え……私は“怒る”からね」
早苗の言葉に、薫子は笑顔を浮かべ穏やかな口調で話しながら恐ろしい事を言う。
次に葵が小香達に手を出せば、薫子は知り合いである葵を物理的に、始末すると言っているのだ。
「ふう……相変わらず、菓子姉様は脳筋ね……。まぁ、今日の所は所はいいでしょう。 それじゃ菓子姉様、後はお願いね」
「ええ……この場は任せて」
早苗は、薫子の本意を感じて溜息を付きながら、後始末を彼女に任した。対する菓子は、ニコヤカに応える。
そんな彼女に早苗は、頼もしさを感じつつ……薫子に手を振って、その場を立ち去ったのだった。
いつも読んで頂き有難う御座います! 次話は9/6(月)投稿予定です、宜しくお願いします!