23)薫子の戦い
薫子が集めた、仁那の適合者リストの中に石川小春を見つけた。偶然にも、石川家はテロ事件に巻き込まれた為、憩いの会を通じて大御門家が経営する私立上賀茂学園に招いたのだった。小春の場合は母の実家の都合もあり、家庭事情による問題は無かった。
他の適合候補者の少女も色々な方法で薫子によって集められ私立上賀茂学園に通っていた。薫子はそこで保険医兼カウンセラーとして適合者候補の動向をチェックしていた。
もっとも他の少女たちは仁那と肉体的な適合性はあっても早い段階で精神的な適合は見出せなかった。
精神的な適合を満たすには、まず玲人との同調を満たす必要があった。ある理由により仁那が深く愛する玲人を受け入れられなければ、そもそも仁那とは同調できない。
適合候補の少女の何人かはそんな意図は知らずに玲人に好意を持った者がいたが、玲人を通じてあの“目”を渡されると全員が拒絶した。
状況的に拒絶するのは当たり前の事だが、仁那にとっては自分自身を拒絶された事になり、精神的な同調は図れない事を意味していた。
精神的な同調が図れないと“パーツ”として使えない。無論“目”だけでなく色々なアプローチを図り、精神的な同調の可能性について検証をした結果、適合者候補から外されたのだ。
候補から外された少女達には薫子は何もしなかった。小春の様に憩いの会の支援を受けた少女達には候補から外された後も支援を続け、それ以外の方法で集められた少女たちへの待遇も一切変えなかった。
薫子に取って、仁那の命を救う事以外本当にどうでも良かったし、集められた少女たちもデータ採取という意味では無意味では無かった事もあり、薫子なりの誠意であった。
それに候補から外れた途端、少女たちの環境を変えるというのも不自然であり、外部の目を集める事も避けたかった意味もある。
従って適合者候補の少女はその自覚も無く日常を生活していた。小春も同じであり、まさか自分が仁那の生贄として何年も前から舞台に上げられていたとは気付きもしなかっただろう。
また小春だけが仁那に必要な贄だった事も。
薫子は自室でお茶の準備をしていた。ソファーに座る小春を横目に眺めながら。先程までの仁那と小春のやり取りを思い出して、長かった適合者候補選びの道程を思い出しながら漸く仁那を救える存在を見つけ、心より安堵していた。薫子にとってはまさに仁那と小春の出会いは運命の出会いだった。
(長かった……本当に長かった。これで漸く私の戦いも終わる……)
薫子はそう考えながら左手の婚約指輪をそっとなぞるのであった。
薫子はこの結果をずっと強く望んでいたが、彼女すら知らなかっただろう。
この運命の出会いは遥かな過去より、仁那が願い、そして小春が求めた結果、本当の意味で出会う為にあった事を。
小春は薫子とお茶をしながら、玲人の事を聞いた。
「先生、玲人君は今日戻らないんですか」
「どうかしら、軍のお仕事については秘密が多いから。今日は流石に戻ると思うけど、遅いと思うわ」
「……そんな仕事、玲人君じゃないとダメ、なんですか?」
「私もその件については、貴方と同じ考えよ。何度も自衛軍の偉い人と喧嘩したわ。玲君にも仁那ちゃんと同じで能力があってね。その能力がテロ組織の殲滅にとても効果的らしいわ。でもね、他でもない玲君自体が任務に就く事を強く望んでいるの」
「……仁那の、為?」
「そう、仁那ちゃんを守る為よ。ここに着く前に言った通り、仁那ちゃんには力がある。それを利用しようとする人達が、残念ながら何人も居る。貴方のお父さんを殺した人達もそう。玲君はそんな人達から仁那ちゃんを守る為に戦っている。そうして戦い続けてもう10年近くになるわね」
「そう……なんだ」
小春は仁那が羨ましく思った。玲人は確かに優しい。小春にも何時も気遣って応対してくれる。
でも、10年近くも小春自身の為に玲人は戦ってくれないだろう。それは仁那だから、玲人は望んでしていると、小春は何故か確信していた。
「…………」
薫子は落ち込んでいる様子の小春を励ました。
「大丈夫よ。小春ちゃんはね、私も玲君も出来ない事が出来るのよ」
「……仁那を救う事ですか」
「ええ。そうよ! それこそ、本当に玲君が望んでいる事よ。それは能力がある玲君でもずっと傍にいる私でもない。貴方しか出来ない事なのよ」
「わたしは……仁那を助けたい……いいえ、違う。わたしが、わたしが助けなくちゃいけないんです。それは分ってる事……。でも、その後……玲人君は、わたしの事を、見てくれるかな……?」
「大丈夫よ、仁那ちゃんの命の恩人である貴方を、玲君が大切にしない訳無いじゃない。そんな事したら私が玲君を本気で怒ってあげるから!」
「本当に……そうだと良いけど……。でも、薫子先生。わたしは玲人君の事とは関係なく、仁那を助けたいんです」
「有難う、小春ちゃん。本当に頼もしいわ。小春ちゃんに一番やって貰いたい事は、大丈夫な事は良く分かったけど、仁那ちゃんや玲君の能力の事や、この家の事はどうか秘密にして欲しいの。勝手な事ばっかりで本当にゴメンね」
「……大丈夫です、薫子先生。仁那や玲人君が困るような事をわたしはしたくないです。だから、この事は誰にも言いません」
「……いい子ね。念の為、貴方にも護衛を付けて貰います。多分直接護衛の人と会う事も無いと思うけど、貴方達に迷惑を掛けない様に配慮させて貰うわ」
「……分りました」
薫子が小春に護衛を付けると言った意味は二つあった。一つは小春とその家族を守る為で、もう一つは小春の監視だった。
お茶の後、薫子は小春を家まで送って行った。その際、薫子は小春に幾つかのお願いをした。
それは週に1~2回、小春の都合のいい時に此処に来てもらう事と、今日の話は二人だけの秘密にして欲しいという事だった。
どちらも特に問題は無かったので小春は了承したのであった。秘密に関しても家族や晴菜達にも言える様な内容では無かったので、小春は自分ひとりの胸に留めておこうと考えていた。
小春はベッドに潜り込んで、ここ数日会えていない彼の事を思い起こす。
玲人は、今仁那の為に戦っている。そう考えると眠れそうに無くなってきた。
玲人は一体どこで戦っているんだろうか? 怖くないんだろうか? 自分だったら絶対耐えられない。明日は学校に来れるのか……色々な考えが頭の中に浮かんでは消える。こうして小春は眠れない夜を過ごす羽目になった。
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