15)父と母
このタテアナ基地は細長い円形の構造で、一階層毎広い面積を有しており、各層には壁が設置され部屋として仕切られていた。仁那が居る部屋は大きく20畳位の部屋だったが、仁那の部屋の両隣りに薫子と玲人の部屋はあった。そして各部屋には通路で行き来する構造となっていた。
「薫子さん、入るよ」
「玲君、お疲れ様」
薫子の部屋は女性らしく綺麗に整頓された部屋であった。
「玲君は晩御飯食べてきたの?」
「いや、レーションで軽く済ました」
「それではダメよ。キッチンで晩ご飯用意するから少し待って」
薫子は玲人に食事の準備を行い、薫子の部屋で食べさせた。玲人と薫子に本日の出来事について互いに話すのだった。
「……仁那の崩壊はやはり、止められませんか?」
「難しいわね。元々仁那ちゃんは人体に必要な内臓組織が無いから一瞬だって生きられない体だけど、他の生物から生気というか何らかのエネルギーを直接摂取する事で生きてこられた。だけどそう言った機能的な事では無く、本質的な何かが欠けて生まれてきた。そう考えているの」
「本質的な何か……俺にそれがあれば仁那に渡して下さい。仁那が助かるなら内臓だろうが手足だろうが、構わない」
「玲君、ありがとうね。でも仁那ちゃんは玲君にそんな事は望んでないわ。玲君が仁那ちゃんに戦って欲しくないのと同じよ。私の考えでは片方だけが望んでも、もう片方が拒絶するなら上手くは行かないと思うの。だから玲君の気持ちは嬉しいけど、難しいと私は思う」
「…………」
「大丈夫よ、玲君が仁那ちゃんの為に頑張る様に、私だって何もしてない訳じゃない。仁那ちゃんを元気にする方法は見つけてあるわ。だからもう、心配しないで明日の学校の用意をしなさい」
「……ああ、そうするよ」
「そう言えば、小春ちゃんに仁那ちゃんがとても会いたがってたわ」
「そうか、だけど仁那の姿を見て、小春は逃げ出さないか? それで仁那が気落ちしないか心配だ」
「小春ちゃんと仁那ちゃんは夢で逢ってるし、それにほら」
薫子が指さした先には窓があり、眠る仁那が見えた。その傍には小春が作ったオレンジ色の“一つ目ちゃん”があった。
「二人はとっても仲良しになってるからきっと大丈夫よ。近い内に私が小春ちゃんを連れてくるから玲君は小春ちゃんに伝えといてね」
「ああ、分った。小春に仁那を拒絶しない様頼んでおこう」
「明日も早いからもうお休みしてね」
「ああ、お休み、薫子さん」
薫子と別れて自分の個室に入る。そこは機能的であるが無機質な、何も無い部屋だった。同じ年代の子供たちが持っている様な娯楽設備は何もない。
ベッドと課題をこなす為の机と、そして本棚。本棚には沢山の本があった。多くは薫子や叔父にあたる大御門弘樹から貰ったものだ。
机の上には写真があった。其処に写っていたのは今より少し背の低い玲人と、玲人より背が高い姿の仁那だった。写真の日付は2081年6月5日になっている……玲人や仁那が生れる前だ。
写真を見て、玲人が呟く。
「……父さん、母さん。仁那を守ってやってくれ」
写真の二人は玲人と仁那の両親だった。その顔は良く似ているというレベルではない。本人と言っても差し支えないレベルだった
それから玲人は軽く課題を済まし、明日の登校準備を行い、睡眠についた。時間は午前一時を過ぎていた。
次の日の朝、玲人は何事も無く小春の家に迎えに来た。眠たげな態度や疲れは全く態度に出ていない。玲人は生まれてすぐ、強制的に新見に兵器として運用され、新見がクーデター失敗により逮捕された後も自衛軍の任務に就いていた為、任務自体は慣れていた。
慣れていないのは、一般人の日常生活だった。上官でもある奥田中将や叔父叔母の弘樹や薫子に“命令されて”学校に来ていたが、玲人自身必要性を感じて無かった。ただ、“目”を通じて日常生活を楽しんでる仁那の為にも任務以外は学校に来ていた。
友人である神崎や東条と会う事や、空手部の応援等はどちらかと言えば楽しかったが、玲人としては任務の方がやりがいを感じていた。任務は自ら望んだたった一つの事であり、その理由は“仁那の為に戦う”事だった。
そう言う意味で学校生活は頼まれるから、仁那が喜ぶから、義務的にこなしてる感じだった。小春と付き合うまでは……
「玲人君! おはよう」
「おはよう、小春」
家の近くで待っていた玲人に小春が挨拶する。
「玲人君の叔母さんって薫子先生だったんだね。昨日送ってもらったよ」
「ああ、薫子さんから昨日聞いたよ」
「びっくりしたよ、学校の先生が叔母さんなんて」
「そういうものか? 叔母の場合は望んで学校にいる様だから特殊な事例だろう」
そんな事を言い合いながら学校に向かう。途中で玲人が小春に突然礼を言った。
「小春、姉の仁那の件で色々有難う」
「こっちこそ有難うだよ。不思議な事だけど、夢の中で会ってるんだよね。でもはっきり覚えていて夢とは思えなくて、本当に不思議な感じ」
「嫌だとは思わないか」
「そんな訳ないよ。夢の中じゃなく仁那と早く会いたいよ」
「仁那も君に凄く会いたがっていた。しかし……」
「どうしたの?」
「本当の、仁那の姿を見て君が驚かないか心配だ。仁那もそれを心配している。もし君が……」
「大丈夫! 絶対! ぜーったい怖がったり嫌がったりしない!」
小春は思わず叫んで否定した。小春の中では仁那が例えどんな姿だって拒絶する事は、今の小春では有り得なかった。自分でもうまく言えなかったが、仁那とは引き寄せあう何かがあった。
ずっと会いたかった何かだ。そして何故だか分らないが目の前の玲人にも同じ思いを抱いていた。あのクラス分けの日に初めて会った筈なのに、何故か強く惹かれた。その感覚は何処か懐かしいものだった。
だから、小春は不思議だが理解していた。仁那を拒絶する事は、玲人をも拒絶する事であると。そして小春自身はそれだけは出来ない、いや、小春自身だから絶対にしたくないと思っていた。
仁那と玲人、この二人からは絶対に離れたくないと理由は自分でも分らないが、心の奥底で小春自身が叫んでいた。だからこそ、玲人の発言に大声で否定したのであった。
「有難う、小春。多分近々、叔母の薫子が君を仁那の元に連れて行くだろう。その時は、出来れば拒絶しないでやってくれるか?」
「任せて! “一つ目ちゃん”に誓って拒絶なんかしないよ!」
実は今の二人の会話は、一つ目ちゃんの、“目”を通じて仁那に思いっきり伝わっていたが、小春も知らないし、玲人はその事が当たり前すぎて失念していた。
誤字修正しましたので改定します。
追伸:ご指摘により見直しました。