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二日連続はキツイものがある件

 時刻は午前四時四十五分。

 俺はサフィアに起こされる。いつもなら五時ごろ起こされるのだが今日は大型ショッピングモールアセンブルヤード梓酒匂台に行くためいつもより十五分ほど早い。それだけ楽しみにしているようだ。

 とはいえいつもの五時でも早いのにその十五分も前というのは早すぎる。そして今日は土曜日、休日だ。すんなりと起きるわけがない。

「起きてください」「……ああ」

「さっきからそればかりで一向に起きませんよ?」

「せめてあと五分」

「さっきからどれだけ待っていると思うのですか?起きてください」

 といったやりとりを繰り広げている。ていうかこれじゃあどのみち寝むれない。

 それなら仕方ないなと諦め体を起こす。


「あれ、ユリアは?」


 おかしいとは思った。いつもならサフィアが起こしに来たときだいたいサフィアの後ろにいるか俺が起きなければユリアが力ずくで起こしにくる。

 特にさっきみたいなのだと確実にユリアが出てくるだろう。なのにそれは無かった。……起きたけど。


「ユリアはさっき帰って来たばかりですよ。まだ寝ています」


 そういや、魔界から携帯に似たやつを持ってくるって言ってたな。こっちに合うように改造もするって。さっき帰ってきたということはそれなりに大変だったんだな。


「大変だったんだろうな。しばらく寝かしといてやれよ。ユリアが起きないと動けないしそれまでゆっくりしとこうぜ。というわけで寝るわ」


 サフィアが何か言う前にさっさと布団に潜り自分でも驚くほど早く寝た。



 早朝からサフィアに起こされてもう一度寝たあとふいにスッと目が覚めた。時計を見ると午前七時八分。サフィアが来てからこの時間に起きるのは久しぶりだ。いつもは早朝から起こされるからな。今日も起こされたけど無理矢理諭して寝た。諭せたかどうかは知らないがあの後サフィアに起こされずにこの時間まで眠ることができたのだからサフィアも諦めたのだろう。

 起きたといってもまだ頭がボーっとしている。なんとなしにドアの方を向いて見るとそこでおかしなところに気づいた。なんか布団が狭い。ていうか、隣で寝ているのは誰?答えはサフィアでした。スースーと穏やかで愛らしい寝息を立てて気持ちよさそうに眠っている。

 なぜ?

 いや、この際サフィアがなぜ俺の布団で一緒に寝ていたのかは置いておこう。それよりもこの状況をユリアに見られたら……。


 そう思ったときには既に時遅し。

 ドアが開きユリアが入ってきた。

 そして一瞬時が止まる。


 僅かな静寂が訪れるもすぐにそれも終わり俺はグーで思いっきり殴られた。思いっきりといっても俺は原型を保っているので殺さないよう加減はしていたようだ。

 昨日はパーだったのに今日はグーか。やっぱりグーの方が痛いんだな。

 てか、昨日今日と朝起きたら一緒に寝てるのが多いな。続かなくていいだろ。


 サフィアが起きて事情を説明するとユリアは引き下がった。俺の布団で寝るの、本当にやめてもらえません?


 朝から色々とあったが話はすぐにユリアが持ってきた魔界の携帯へと移った。

 見た目はこっちのものとほとんど変わらない。

 機能は通信だけ、というのが違うくらいか。

 仕組みは電波とかそういったものは魔界にはないので俺ではよくわからんものを扱っていたそうだ。こっちに持ってくるときにちゃんとこちらに合うようにしたから問題なく使えるらしい。

 その他の機能も増やしてあるそうだ。インターネットに繋がるようにしていたりアプリとかも入る。魔界製のものといっても改造によりこちらのものになったと言っても過言ではない。改造っていってもなにをどうやったらこうなるのだろうか。それでアドレスやら電話番号やらがちゃんとあるというのも謎だ。……都合のいい力だということにして考えるのはやめよう。


 使い方はユリアが知っていたので問題なく、とりあえず通信用アプリTALK(トーク)をダウンロードし、フレンドに追加する。これで連絡云々の心配はなくなった。

 そうこうしているうちにいい時間になってきたので朝食をすませ各々準備を進める。

 準備を進めると仰々しくいったが着替えて財布を持つだけ。ものの数分で終わる。

 もっとも、二人の準備は長いようだけどな。


 既に準備を整えたが声をかけて急かすようなことはせず二人の準備が整うまで静かに待つ。

 体感十分程だろうか、もっと短かったかもしれない。それくらいで準備を終えたユリアが部屋に入ってきた。


「私たちはいつでも出られるぞ」


「ああ、俺もだ。じゃあ行くか」


 ショルダーバッグを手に取り部屋を出た。廊下にはサフィアがいた。一瞬目を持っていかれた。思わず立ち止まって固まっているとユリアに小突かれた。なぜか少し怒っているようだ。


「なんだよ?」


「サフィア様の服装について何か言ってやれないのか貴様は!」


 初めて制服着たときにもあったな、このくだり。

 ていうか今回は感想もなにも言っていいのだろうか?確かに見たときに思うことはあった。あったがこれは口に出すか出さないかで迷った。が、求められたのであれば仕方がない、言おう。サフィアやユリアが求めている結果にはならないと思うが言わせてもらう。ていうか言わないといけない気がする。俺のために。


「サフィア、本当にその格好でいくのか?」


 その格好というのは白一色のドレスで派手な装飾などがあるわけではないが時折これも白色でドレスの生地より少し柔らかめの印象を与える布でこさえられた薔薇の装飾が控えめに施されてある。が、やはりショッピングモールに行くには派手といえる。そんな格好で行けば目立ちすぎる。

 初めて会った時もこんな格好をしていたがその時よりもこちらの方が派手に感じる。似合っているかいないかでいえばすごく似合っていると思う。サフィアのイメージにぴったりだ。


「き・さ・ま、ふざけているのか?いや、ふざけているのだな?このドレスはとっておきのひとつなのだぞ?」


 ふざけてはいない。真面目な意見を言った。

 ユリアの言う通りとっておきのひとつというだけあって似合っているし、なんなら少し見惚れた。

 が、それで外出するかどうかは別の話。そういう格好は上品なパーティとかでして下さい。

 TPO(time place occasion)つまり時、場所、場合にそぐわない。今回のケースだと、場所と場合か。

 まぁ、俺の言い方が悪かったのかもしれないな。

 他にもっと言い様があったかもしれない。


「まぁ、そのなんだ、俺の言い方が悪かったよ。そのドレスはよく似合ってる、似合いすぎてて怖いくらいだ。でも、普通ショッピングモールに行くのにドレスとかは着ないだろ。そんな格好で行ったらいい意味でも多分悪い意味でも目立つぞ」


 しかも俺とユリアが普通の格好をしているだけあってサフィアの存在感が余計に浮き彫りになる。

 ちなみに俺は白の無地のTシャツに上から薄手のカーキのロングカーディガンを羽織りリングが一つついたペンダントをつけている。下は黒の長ズボン、黒を基調としたスニーカーで足元を固めている。まだスニーカーは履いてないけど。

 ユリアはホワイトカットソーにデニムボトムといったコンパクトな感じですっきりした印象を与えられる。デニムはアンクルたけで靴下がチラリと見える今っぽい着こなしだ。どうでもいいけどユリア、足長えな。

 いつ買ったんだ?特に出かけていた記憶もないし謎だ。

 サフィアもユリアの服装を見て自分の選んだ服に違和感を覚えなかったのだろうか?ユリアもつっこむだろ普通。そうならなかったから今に至っているわけだが。

 そこはまぁいい、これから着替え直してもらうからな。


「考えてみればそういうところにはドレスなどは着ていかないな。その時は私も浮かれていたのかもしれない、そこで気づいて止められなかったのは私の落ち度だ」


「いや、まぁいいんだよ。着替え直してくれれば」


「だが、困ったことにサフィア様は制服以外には今私が着ているような系統の服を持っていないのだ」


 言われてみれば普段家にいる時に着ている服はかなり控えめなドレス系だな。ユリアが持っている服はサイズの問題で着れないだろうし……。

 ていうかかなり控えめならドレス系でもいんじゃね?それでも一人だけ浮くけど今着ているやつよりかはかなりマシになるはずだ。


「なら普段家にいる時に着てる控えめなドレスあるじゃん。それ着ていけばいいだろ」


「あ、あの春楽、あれはサフィアの部屋着ですから流石に部屋着で外出するのは……」


 え?あれ部屋着だったの?多分あれで外出しても部屋着なんて思われないと思うぞ?

 当然のようにユリアからもそれには反対され二十分程ああでもないこうでもないと試行錯誤した結果外出用のドレスから最も控えめなものを選んだ。それでも浮くものは浮くし控えめといってもドレスなわけで多分目立つ。

 というわけで途中で服を購入しそれに着替えてもらうということに決定した。


 駅までは徒歩で行くこと十分。駅に到着した。

 改札とか昨日教えた通りにできるか少し不安だったが問題なく通過し電車に揺られること三分少々。隣街へ着き駅を出る。電車、人少なくてよかった。


「一つ隣の街に来ただけでこんなにも変わるのですか!?」


 俺は既に何度かここへ来ているので今更だが、俺の住んでいる地域から初めてこっちに来た人からしたら驚くだろう。俺もそうだった。住んでいる場所が普通の住宅地で近くに学校やらコンビニ、スーパーとかその他ちょっとした飲食店、ドラッグストアなど普通に生活する分には困らない程度の町だ。それがたったの一駅でアセンブルヤード梓酒匂台をはじめオフィス街や、多数の娯楽施設など派手にガラリと変わるのだから。まぁたったの一駅しかないこらこっちがどんな感じかは見えるんだけとな。けど、実際に来てみるとさらに痛感することになる。


「ほら、ここで足止めてると邪魔になるからさっさと行くぞ」


 初めて来たら仕方のないことだがこれ以上は邪魔になるので二人を促し移動する。


 アセンブルヤード梓酒匂台は駅からそれほど離れていないので歩いて数分で到着する。途中何度か注目を集めたがそれももう少しの我慢だ。……中には俺に向けられた視線もあったが。主に男性からの視線が痛かった。

 あれか、美少女二人侍らせて文字通り両手に華だからか?

 だとしたらサフィアの服を変えてもそこは変わらないかもしれないな。でもこの二人化物ですよ?ユリアとか羽生えるみたいだし。


 中に入ると当然だが昨日より段違いで人が多かった。逸れないか心配になる。

 とりあえずはサフィアの服だな。


「すごい、人ですね。これだけ広いのに少し狭く感じます」


「普通に歩けるぶんだけまだマシな方だよ。さっさと服買いに行くぞ。どういうのが好みなんだ?」


「好み、ですか。サフィアは普段着ているようなもの以外に着たことがないのでこれといったものはありませんね」


「で、ではこの私にお任せください!私がサフィア様に合うものを選ばせていただきます!」


「ではユリアに任せます!」


 サフィアの希望するものが特にないならユリアが選ぶのが正解だろう。正直俺に振られても困る。

 さて、二人が服選んでる間どうしようかな。


「じゃあ決まったら連絡してくれ適当に時間潰しとく」


 そう告げて立ち去ろうとすると二人から分かりやすく何故?というような顔をされた。

 こっちこそ何故?なんだが。俺がいたら邪魔になるくないか?

 あとレディースもののアパレルショップとか入りづらいんだよな。


「男性目線からの評価も必要だろう」


「そうですね、サフィアもユリアもまだ人間界(こちら)に来たばかりでこちらのファッションはまだよくわかっていませんしそういうことでも春楽にはいてもらわないといけませんね」


 いや、俺もレデイースファッションなんてよく知らねぇんだけど。俺自身そんなに服に気を使ってないし。ダサいのは嫌だからちょっとは気にするけど。俺のファッション事情なんてそんなものだ。そんな俺にその判断を委ねるのはどうかと思う。

 だが、この場には俺しかいないのも事実。それにここにはお詫びとして連れてきたわけだからこれからいは我慢して付き合ってやるか。


「……早めに終わらせてくれよ?フードコートとか混むし」


「なぜ気だるそうなのだ?サフィア様の服を評価出来るのだぞ、もっと喜ばんか!」


「それお前基準だろ」



 最初にユリアが指定したのはLISA LISA(リサリサ)

 なんでもこのブランドはレースなどを積極的に取り入れふわりとしたファンシーなデザインの可愛らしい服をメインに扱っているそうだ。確かにサフィアのイメージには合っているな。実際ヴァンパイアの貴族だしお伽話のお姫様という感じの服は似合うだろう。けどすごく入りずらい。男性入店お断りみたいな感じなんだけど。


「なぁ、俺外で待ってていいか?」


「それでは見れないだろ?ここまで来てもらった意味がないではないか」


 まぁそのとおりなんだけどさ。ほかの店で妥協してもらえないかな。ZU(ズィーユー)とか。


「それはその通りなんだがそれでもやっぱり入りずらいっていうかなんというか、他の店とかじゃダメ?」


「春楽に見てもらうには春楽が入れる店でないといけないのですか」


「なら、貴様が代わりの店を提案して見せろ。言っておくがこういうこともあろうかと色々と調べてある。半端なところを選ぶようなら大人しくLISA LISAに来てもらうぞ」


「えー。じゃあZUとか?」


 ZUならわりかし安定じゃないか?


「ZUだと!?もっと他にあるだろう?」


 おい、ZUに失礼だろ。俺もよくお世話になってるんだぞ。例えば今日のこのロングカーディガンも……。これはZUじゃなかったわ。


「ZU馬鹿にするなよ」


「馬鹿になどしたつもりはない!私が今着ているこの服もZUで買ったものだからな」


 馬鹿にしたつもりはないって言っても思いっきりZUが他のブランドより下って言ったようなものだからな?さっきの発言は。もちろんZUが他のブランドより下だとは俺は思っていないぞ。さっきのLISA LISAが一点に特化したブランドならZUはすべてにたいしてバランスがとれているタイプだから、尖ってるところにインパクトで負けることはあっても安定だから。


「じゃあZUでいいだろ、なにが気に食わないんだ?」


「気に食わないといったことではない。とにかく他にはないのか?」


「ならWECOME(ウィカム)とか?」


「WECOME、か。中々いいところを選ぶではないか」


 ユリアの審査(独断と偏見に思われる)にとおるには人気のあるブランドをあげておけばいい。

 別にZUがWECOMEより人気がないわけではない。

 WECOMEの客層は主に十代、二十代でその年齢層に合わせたデザインの服をメインとしている。

 少々個性的なアイテムが販売されている。ちなみに俺は何度か来たことはあるが買ったことはない。


「が、サフィア様のイメージには合わないな。次」


 なんとなくそんな感じの答えが続くのではないかと予想はしていたがやっぱりきたか。てか、もうZUでよくね?


「……えーと、Right-off(ライトオフ)とかは?」


「Right-offか、いいところを選ぶではないか。」


 どうやら合格したようだ。というわけでRight-offに向かう。

 何度も言うがこのモールは広い。LISA LISAとRight-offは少々離れていたので十分程度歩くことになる。


 到着するやいなやユリアは服を探しにいって俺とサフィアは取り残される形になった。


「サフィアも行かなくていいのか?最終的に着るのはサフィアなんだし自分で見た方がいいだろ?」


「いつもユリアが選んでくれますから大丈夫です」


「そうなのか?じゃあサフィアは自分でなにかを選んだりとかはしたことなのか?」


「そうですね大抵のことはユリアがほぼ完璧にこなしてくれますからサフィアがサフィアのものを選ぶことはなかったですね」


「この際自分で選んで見たらどうだ?割と楽しいぞ」


「えーと、あまり自信がないのでユリアに任せようと思うのですが」


「任せきりってのもどうかと思うけどな。俺も見てやるから、どうだ?」


「……春楽が見てくれるというなら」


 店の奥に入りいくつか服を見繕うが特にこれっといったものが見つからない。サフィアもいくつか選んでくるのだがどうもしっくりこないというのが続いている。

 物はいいしその服を着るサフィア本人も大抵のものはそれなりにしっくりきそうなんだけどな。

 普段から制服以外だとドレス系のものしか見たことないからそれ以外の系統の服を着ると見慣れていないせいか俺もサフィアもこれだというものが見つからない。

 そんななかふと目につくものがあった。

 それに手を伸ばすと白い手と重なってしまった。


「あっ、すいません」


「春楽、サフィアですよ?」


「あっ、サフィアか。よかった」


 マジでサフィアでよかった。一般客だった場合俺がレディースに手を伸ばしていたとかになったら二度とここには来れなくなる。それにサフィアと一緒にいるからいいがレデイースコーナーで男性客が一人でいたら間違いなく店員に警戒されるか追い出される。まぁそれも相手がサフィアだったから問題はないわけだが。


「えっとサフィアは今なんとなく目についたこれにピンときたのですがどうでしょうか?」


 少し照れながら身振り手振りでその感情を伝えるサフィア。


「俺も同じだ。不意に目に入ったのがそれでこれならいいんじゃないかって思った」


「これならいけそうな気がします!試着してみるので待っていて下さいね」


 その服を持っていってサフィアは試着室に入った。


「少し待っていて下さい。……あの、覗いたりは……」


「しねーよ!」


 俺がそんなことするように見えるか?そもそもそんな甲斐性は俺にはない。

 その後衣擦れの音が聞こえ布一枚挟んだ向こう側で着替えを行なっているのかと思うとなんかこう……やめよう。何か他のことを考えるか。

 そういえばだいぶ時間が経ったけどユリア見てないな。同じ店内にいるはずなんだけどな。選びあぐねているのかはたまた大量に選んでいるのか。

 そうしているうちにシラャッという軽めの音がしてカーテンが開かれる。


「あの、どうでしょうか?」


 そこには白一色のシンプルでゆったりとしたワンピースをまとい照れ気味に足をクロスさせて立っているサフィアの姿があった。

 率直な感想は、良い。というそんな単調な言葉でしか表現できない自信の表現力を少し恨むほどのものだった。


「あの、黙り込まれると不安になるのですが似合ってないのですか?」


「いや、ちょっと絶句してただけだ。勿論いい意味でな。それだけ似合ってるってこと」


 良いって言葉以外にも絶句したとか言葉を失ったって表現見つけたわ。絶句と言葉を失うは同じ意味だけど。


 ただ一つ気になるところがある。

 ゆったりとしたワンピースなわけだが少々着太りしすぎて見えている。

 元が細身ではあるがこう着太りして見えると釈然としない。

 どうにかならないのか?面積は余っているはずだからどうにかしようと思えばできるかもしれないが……。余った部分を絞ったりとか。

 ……ベルトつければよくね?

 ワンピースにベルト、おかしくない。そういうのは見たことがある。


「ちょっと待っててくれ」


 それだけ言うとすぐに俺はベルトが置いてある場所に行きささっと選んで戻った。

 見てすぐになんとなくこれかなって思ったやつ取ったけどちゃんと合うよな。細身で濃いめのブラウンのベルトか、白だったから合うな。よかった。まぁ、それも実際にこのベルトをつけてもらうまではわからないけど。


「どこに行っていたのですか?」


「その服にもう一つアイテムを足してもいいかなって思ってそれを取りに行ってた。ほら、このベルト」


「わかりました。つけてみましょう」


 サフィアは俺からベルトを受け取るとその場ですぐにつけた。


「どうでしょうか、変わりましたか?」


 ゆったりしていたワンピースはベルトをつけたことによりウエストにメリハリがついてワンピースだけだった凡庸なコーディネートの雰囲気をガラリと変えた。ウエストの位置も高く見えるためか

 脚も長く見える。綺麗めなコーデといえるだろう。


「グッと良くなったな。さっきのが悪いってわけじゃないけどこっちの方が全然いい。なによりサフィアにぴったりって感じの服だよな」


「そんなに褒められると照れますね。これを買いましょうか?」


「俺は好きだけど着るのはサフィアだし自分が気に入ったものを買うのがいいんじゃないのか?サフィアがそれがいいっていうなら買えばいいさ」


「そうですね、サフィアはこれがいいです。これにしましょう。では、ユリアを呼んできますね」


 そうか、財布はユリアが持っているのか。

 ていうかRight-off(ここ)結構高いよなあの二人金持ってるのか?そもそも金持ってるのか?一応あのワンピースの値段を確認しておくか。2990円(税別)、か。まぁ安い方だな。

 ベルトの方は2800(税別)、か。合計で約5800円程。どうなんだ?あの二人は持っているのか?いや、ユリアは制服とか色々揃えてきてたから持っているはずだ。


 サフィアを追いかけているとちょうどいくつかの服を持ったユリアと会った。


「ちょうどよかった。サフィアが探していたぞ。いい服を見つけたから買いたいってな」


「本当か。それなら急いで行かねば」


「探してたっていってもすぐそこにいるけどな」


 その後、会計を済ませて早速サフィアはユリアを連れて着替えに行った。ちゃんとお金は持っていたようだ。それにしてもなんで持っているんだ?それはまぁいいか。

 その辺りにあったベンチに座って待っていると五分程で二人は戻ってきた。


「やっぱりいいなそれ。なるべく普段と同じになるよう近づけたけどそれでもちょっといつもと違うっていうか」


「サフィアもこれが気に入りました。春楽と二人で選んだものですしね」


「俺もそれならいいんじゃないかって思ったけどそれがなくてもサフィアは選んでただろ?俺はあんまり関係なくないか」


「いいえ、二人で選びました!」


 なにをそんなにムキになっているんだ?


「そうですか、サフィア様がご自分で。思えばだいたいのことは私がやってしまっていました。サフィア様ご自身で選ぶというのは重要なことです。私もその服はいいと思いますよ」


 感心したように言うユリアの表情はどこか切なさも含んでいるように見えた。

 今まで全てサフィアの代わりにやってきてしまったことへの反省か、自分がやらなくてもサフィア自身でなんとなかなるということがわかり従者として主人の成長を喜ぶ反面寂しさを感じているのかもしれない。


「そういえばユリアが持っていた服はどうしたのですか?」


「サフィア様がご自分で選ばれましたので私の選んだものなど必要ないかと思い戻してきました」


 サフィアの質問に答えるユリアの表情は先ほどと同じようなどこか寂しさを含んだ表情だった。

 今までサフィアのことは全てやってきていたがなんの前触れもなくサフィアが自分がやっていたことをやったのだ。もう自分がやる必要はないのだと感じてしまったのかもしれない。従者としてサフィアをずっと見守ってきたユリアからすればそこに寂しさを感じるのはわからなくもない。


「必要がないわけではありませんよ、こういった服が一つだけというわけにもいきませんし。それに、サフィアはユリアがいつも選んでくれたものにセンスを感じてましたし、サフィアは好きでしたよ」


 サフィアもユリアの表情から感じ取ったのかフォローを入れた。フォローというよりかは本心、かな?


 それを聞いたユリアはひどく感動しているようで四百年ほど前なら恐悦至極にございますとか言いそうだ。なぜ四百年前を急に持ち出したのかって?二人とも五百年と少しを生きているからなんとなくだ。特に意味はない。


「で、ではこれからも私が選んでもいいのですか?勿論サフィアご自身で選ぶことがあってもかまいません」


「勿論です、早速サフィアとユリアの二人で選びませんか?」


「はい、喜んで」


 そんなやりとりのあとすぐに二人はどこかへ行ってしまった。あれ?俺、忘れられてないか?

 すでに二人を見失っている。

 とりあえずTALKでZUの辺りで待っているとだけ伝えておこう。あと昼が混むから早めに終わらせてきてくれというのもな。

 後ろは送るだけ無駄になりそうだが一応。


 待つこと三十分と少し。これが早いのか遅いのかは分からないがサフィアだけがいくつか服を買って戻ってきた。


「ユリアはなにか気になることがあると言って戻って来る途中にどこかへ行ってしまいました。すぐ戻るとは言っていましたが」


「なら待ってれば来るだろ。すぐ戻るって言ったならそんなに遅くはならないはずだし」


 なんとなしに視線を前に向けるとたくさんの人の中にどこか見覚えのある赤髪が見えた。赤髪なんてユリアくらいしかいないか。


「ユリア戻ってきたんじゃないか、そこにいるぞ」


「どこですか?サフィアには見えませんが」


「どこって前に……あれ?いないな」


 気のせいか?いやでも赤髪なんてそうそういないしな。けどユリアならそこにいたならこっちにきてもいいはずだが……。やっぱり気のせいか。


 結局ユリアが戻ってきたのはそれから五分くらいしてからだった。

 なにをしていたのか尋ねるとサフィアが言った通りきになることがあったが気のせいだったらしい。


 ユリアが戻ってきたところで時間も昼時になっていたのでフードコートなりその他飲食店で昼をすませよう。けどこの時間帯はどこも人が多いんだよな。


「そろそろ昼にしようと思うけどなにか希望あるか?」


「サフィアはそばが食べたいです」


「そば、か。随分と渋いというか予想を超えて来るな。ユリアは?」


「私はサフィア様に合わせるまでだ」


「ならそばでいいか」


 えーと、そばが食べられるところだよな。どこがあったか……。思いつくのは富士坊か。

 ふじ坊なら満足してくれるだろう。

 信州の民家を思わせるような造りで自家製そばがが味わえる。信州の民家を見たことがないから分からんが信州そばでそれっぽい造りになっているから信州の民家でいいだろう。味は勿論のことで値段もまぁお手頃。なぜそばが食べたかったのか分からないがここなら間違いはないはずだ。



 というわけでふじ坊までやってきた。

 混雑はしているもののちょうど狙いすましたかのように三人分の席が空いていたのでスッと入れた。


 席に座るとお通しのそば湯とそば粉を混ぜて作ったらしいかりんとうが出される。


「まだなにも頼んでいないのですがこれはどういうことでしょうか?」


「間違っているのではないか?」


「あぁ、それはお通しっていうやつだ。本来は料理の初めに出て来る酒の肴とか前菜みたいなものなんだけどこういう店ではまぁサービスみたいなもんで出て来る。他の飲食店でいったら水がサービスで出て来るのと同じだ。断ることもできるみたいだけど特に断る理由もないしな」


「……詳しいな」


「前に一に教えて貰った。なんとなしに聞いてみたら今の回答が返ってきた」


「あの男、以外と博識なのか。いつもの態度からは想像が出来ないな」


「あいつ、ああ見えて学力は結構高いからな。ただ人に勉強教えるのとかはそんなにうまくないんだけどな。それより注文しようぜ」


 そういってお品書きを開く。

 開いて目についた天ぷらそばに決めるか。


「どれにするんだ?」


「春楽は決まったのですか?」


「俺は天ぷらそばにした」


「では、サフィアはこの鴨南蛮そばというものにします。ユリアはどれにしますか?」


「私はこのきつねそばというものを」


「よし決まったな。じゃあ店の人呼ぶか」


 確認を取り呼び出しベルのボタンに手を伸ばす


「待って下さい、なんですかその装置は?」


 そこでサフィアが呼び出しベルについて質問を投げかけてきた。こういうの初めてだから気になったのはわかる。


「これは呼び出しベルといってこれについているボタンを押すと店の人を呼ぶことが出来る機械ですよ」


 その質問に対してユリアが迅速に答える。

 色々人間界(こっち)について調べてあるらしい。どんなことがあっても困らないようにしてあるのだろう。その辺りは流石だな。この分だと多分勉強も相当できそうだな。


「そのような便利な機械があるのですね」


「ですがむやみやたらに押してはいけませんよ?」


「そんな子供のようなことはしません!」


「もう押していいか?」


「サフィアが押したいです!」


「お、おう。そんなに押したいなら押してくれ」


 さっき子供のようなことはしないって言ったのに呼び出しベル(これ)を押したがるのは子供だぞ?


 俺が手を引くと変わってサフィアがボタンに手を伸ばす。そしてその細い指がボタンを押し込みわずかに沈む。ものにもよるがわかりやすくボタンが点灯したり音が鳴ったりとかしなかったので本当に押せたのかどうか怪しい時もあるがこれは押せている。

 ただ、初めて呼び出しベルのボタンを押したサフィアからすれば不安になっただろう。もう一度押そうと手を伸ばしたのでそれを制止して教えてやる。


「わかりにくいけど押せてるからもう一度押さなくて大丈夫だぞ。少ししたら来るから」


 それでもやや腑に落ちないという顔をしていたがすぐに店の人が来たのでそれも晴れたようだ。

 わからんでもないが。


「天ぷらそばと鴨南蛮そば。あときつねそばを一つ」


 注文をすると店の人の天ぷらそばがお一つ、鴨南蛮そばがお一つ、きつねそばがお一つでよろしいでしょうかという確認が入りそれを了承すると厨房の方へと戻っていった。


 注文から五分も経たないうちにそれぞれが運ばれて来て鴨南蛮と天ぷらそば、きつねそばのそれぞれの香りが食欲をそそる。特に鴨南蛮は強烈だった。


「三つとも揃ったし食べるか」


「「「いただきます」」」


 割り箸を割りそばを啜る。そばを食べるのはいつ以来だろうか。多分大晦日以来食べていない気がする。

 久しぶりに食べるそばは身にしみて美味しく感じられた。冬の寒い季節だったらもっと美味しいだろうな。

 ずるずるとそばをすすって食べているとサフィアからなにかこう微妙な感じの視線を送られていた。


「どうした?」


 視線を向けるとサフィアの食べている器の鴨南蛮そばはあまり減っていなかった。そんなにガツガツとは食べないけど普段食べるのは遅くはないはずなんだけどな。もしかして口に合わなかったのか?


「いえ、その音を立てて食べるのは行儀がよろしくないかといいますか、やめたほうがいいですよ」


「存外そういうわけではないのですよ、サフィア様。

 そばを食べるときに音を立てるのは仕方のないことなのです。そばの美味しさというのは汁と麺が絡んだ状態で食べることで一層風味を味わえることですので汁に浸かっている麺をそのまま啜ることで麺と汁が一緒に口の中に入ります。そのため啜ったときに音が立ってしまうのです。咀嚼しているわけではなくつるつると食べるのでマナーとしては問題はないはずです。

 ただしわざと音を立てて食べるのは違います。

 そもそものマナーとしては懐石料理などで出て来た場合は音を立てないのがマナーです。ですが大抵の場合、懐石料理などでは一口で食べられるサイズになっているので啜る必要はないので特に問題はありません。ですのでそういったところ以外では音を立てて食べるのはマナー違反にはならないそうですよ。今のそばというのは江戸時代に広まり立ったまま食べていたそうですし短時間で食べられるものとして認識されていたので急いで食べるものだから音が出るのは仕方ない、そばを食べるのにマナーはないという感じだったそうです。現在のファーストフードに通ずるものがありますね。ですのでそばを食べるときは正式な食事マナーと切り離して考えるほうがいいでしょう。

 ですが音を立てずに食べてもかまいません。

 ついでに言いますがうどんやラーメンも音を立てて食べても問題はないようですよ。ただ、ラーメンについては中国で食べる場合は音を立ててはいけないようです。汁は汁として、麺は麺としてレンゲにすくった汁に麺を入れて静かに食べるそうですよ」


 長々と懇切丁寧に細かい部分まで説明ありがとう。そばは音を立てて食べても問題ないくらいしか知らなかったから八割型初めて聞くことで新鮮だったが、早く食べないと麺、伸びるぞ?……聞き入っていた俺もか。


 そのあとは汁と麺とが絡んだ状態で食べると一層風味を味わえるというのを聞いたせいか風味が良かった。こう、飲み込んだあとに一息いれたときに鼻にも風味が通る感じが素晴らしい。


 食べ終わった後はそば湯を飲みながらお通しとして出されていたが今まで誰も口にしていなかったそば粉を混ぜて作ってかりんとうに手を伸ばす。

 口に入れて噛むとカリッという小気味のいい音が小さく響きかりんとう本来の甘さとそば粉の香りが絶妙に合わさって妙にくせになる美味しさだ。

 それを見てサフィアとユリアも手を伸ばす。

 二人が食べた感想はだいたい俺と同じようなものだった。


 全て食べ終えると残りのそば湯を飲み干し会計を済ませて店を出た。


「そういやどんな服を買ったんだ? 」


 戻ってきたあと触れていなかったので触れてみる。そのことに対して全くノータッチだと何か言われそうだからではない、少し気になったからだ。


「これは最初のLISA LISAで買いました。ユリアと二人で選んだのですよ」


「袖の部分は薄く、他はチェック柄のワンピースとその上から胸元に大きなリボンがついたシャツ・ブラウスを着る、そんなコーデにしてみたどうだろうか? 」


「……どうだろうかって言われてもな。今度着たときに見せてくれ。いまいち想像がつかない」


 LISA LISAってことはファンシーな感じでフワフワしているやつなんだろうがその辺りは疎いから想像がつかない。そう言うと一瞬ムッとしたがすぐに「仕方ありませんね」と引き下がった。


「この後はどうしたい? 」


「サフィアは特に行きたいと思うところはありませんがもう少し見るだけ見て回りたいです」


「私もサフィア様と同じだ」


「なら、そうするか」


 午後は一時間半と短い時間であったが特にどこかに寄るなどはなくただ見て回った。一時間半ほどの短い時間というのはサフィアがそれで満足したからである。


 家に帰る途中、駅に着いてから家に帰るまでずっとサフィアは今日のことを話していた。それだけ楽しんでもらえたということだ。家に帰ってもまだ話し足りないようで俺の部屋でもまだ話している。


「ひとつ隣の街に行っただけで……」


 二日連続で人混みに行ったらかなり疲れる。家に帰った途端急に疲れがどっときて眠たくなってきた。

 そのせいかサフィアの話していることが頭に入ってこない。……あー、もうダメだ。寝落ち………。



「……それで、あれ? 春楽? 寝てしまったのですか、話の最中に寝てしまうとはいけませんよ? 疲れていたのですね、ゆっくり眠って下さい」


 ちょうど夕日が部屋に差し込み二人を暖かく照らした。

 その姿は注ぐ光も相まって眠る少年を優しく見守る聖母のような、そんな神聖さに近い雰囲気をかもし出していた。



「サフィア様、そろそろ……。ッ! 」


 しばらくしてユリアがその部屋に入ってきた。その頃にはほぼ日は沈みかけている。


 そこでユリアが目にしたのはサフィアによって膝枕をされて眠っている春楽の姿が映っていた。

 それを咎めようとするユリアを人差し指を口元に当てて「寝かせてあげて下さい」と止める。


 それで毒気を抜かれたのか一息ついて「そうですね」と返し、その場を後にした。



 自分の膝の上で眠る春楽の頬を撫で「今日はお疲れ様でした」と一言。

 それはもう一度ユリアがこの部屋に来るまで続いた。



 結果としてその後彼は起きなかった。要するに今日の日の間に彼が起きることはなかったということだ。起こしても起きないので仕方なくそっとベットに移して二人は部屋を後にした。




 カーテンの隙間から微かに入り込む朝日で目を覚ました。

 ……あぁ、そうか。昨日は帰ってきてサフィアの話を聞いている途中で寝てしまったんだな。ベットで寝ているのは起きなかった俺をわざわざ寝かせてくれたのだろう。


 たまにはこんなことがあってもいいか。

 起き上がり部屋を出る。


 下に降りるとサフィアとユリアが紅茶を飲んでいた。

 いつ買ったんだ? 昨日か。


「あ、おはようございます、春楽」


「寝すぎだ貴様は! サフィア様の話の途中で寝るだけに収まらず膝枕までしてもらうとわ……」


「え? ……膝枕って膝枕? 」


 そうだったのか? 全然覚えてない。寝てたからか。


「そうだ、サフィア様の膝枕だ。ありがたいと思え」


「あの、恥ずかしいのであまりそのことは……」


 やめろ、そんなこと言われたらなんかこっちも恥ずかしくなってくるだろうが。


「そ、そうです! 春楽も飲みませんか? 」


 強引に話を逸らしたな。それでいいんだけど。


「そうしてもらおうかな」


「はい、任せて下さい」


 昨日は人混みで疲れたが今日は朝から紅茶を飲み、その日はゆったりと過ごした。




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