同じような偶然が重なるのは運命なのかもしれない件
本日の俺の朝はユリアに捌かれるところから始まった。
初めに言っておこう、俺は悪くない。
何故起きてから……いや、捌かれて起こされたのか?
理由は単純。俺の部屋でユリアと緒に寝ていたからである。
緒に寝ていたと言ってもユリアはベットで俺はそのベットにもたれかかるようにして床で寝ていた。腰が痛い。
では、そもそも何故緒に寝ていたのか?
昨日、帰って来て風呂からあがり部屋に戻ると毎度のようにユリアがいて愚痴を聞かされていた。そしてユリアはひとしきり喋ると寝た。仕方なく彼女とサフィアの部屋まで運ぼうと抱き抱えたがそこでユリアに腕を掴まれ話してくれなかったのだ。しかもすごい力で離そうとしても離れないものだから止むを得ずそのまま俺の部屋で寝ることにした。彼女らの部屋で寝るよりかはマシだと思ったんだがダメだったようだ。てか、ユリアはまだ自分が何故俺の部屋で寝ていたのかを知らない。
教えてやったら顔を真っ赤にして捌かれた。何故だ!?理不尽すぎる。
そんなことをしているとサフィアも起きてきてそこからはいつも通りとなった。
ただ、サフィアが起きてきて少々騒がしくなっていた俺の部屋にきて朝から騒いでいる理由を尋ねられその理由を話すと何故かバツの悪そうな顔をして若干拗ねたような態度で下へと降りていってしまった。
昨日からこんなのばっかだな。てか、今のでサフィアが拗ねる理由がわからない。あれか?自分のお気に入りの従者に手を出したからとかそんな理由か?いや、手は出してないけど。不可抗力だったし。
時計の針はまだ五時を指す少し前だった。ご近所の人たちにはこんな朝から騒いでしまって申し訳ない。
そんなわけで今日は二人とは別に登校する。
別に登校するのは今回が初めてではない。が、今日のはどう考えても朝の件が原因だろう。でも、ユリアは俺の分の弁当を作ってくれている。最近ではだいたい三人分の弁当をユリアが用意している。そしてその弁当は昼休みに入るまで俺の手元にはないのだ。毎日昼休みになるとユリアがわたしに来る。
人で歩いていると前をフラフラと歩いている一に会った。なんか疲れてんな、昨日そんなにはしゃいだのか?
「よぉ、なんか疲れてんなお前」
「おお、春か。昨日終わったあと酔い潰れた先生の介抱なりなんなりとやることになっちゃってな。それがまぁ、きつかった」
……一をここまでにするなんてな。あの先生中々やるな。
と思ったが割とすぐにいつもの調子に戻り
「俺はこのくらい別に大したことないんだけどさ、多分学校行って可愛い女子たち見たら全快するぜ?それより、疲れとは少し違うが春もなんかいつもと少しだけど違うよな。昨日か今朝なんかあった?」
「……色々あったな」
「なにがあったんだ?ほれ、言ってみ」
……言ってみろって言われてもな。扇藤との件のことなんだがそれを言うのは抵抗がある。
余計な誤解を招きそうだ。
「いや、それはちょっと」
「えー。いいじゃん、話しちゃえよ」
「お前相手でも話せないことくらいはある。今回がそれだ」
「そうか。まぁ、そんなこともあるわな。なら、今日の放課後遊びに行こうぜ?気晴らしになるかもしれないぞ?」
「……おう。で、どこ行くんだ?」
「お、結構乗り気だな。どこ行くかは決めてないけど思いつきで行く予定だったし。決めとくか?」
「いや、思いつきでいい」
「了解了解」
学校に着いてからはほぼほぼいつも通りといった感じだ。いつも通り友達と喋って盛り上がりいつも通り授業を受ける。
なにも変わりはしない。このままなにもなく今日を終えるのだろう。扇藤とも同じように今後何事もないのだろう。特に特別な思いがあるわけではないがクラスの人と気まずいのはあまりいい気分ではない。それに扇藤は誰に聞いても百パーセント美少女だという答えが返ってくるだろう。そんな娘と今まで……そんなに長い期間でもないし頻度もまちまちだがそれなりに楽しく会話ができていた。それだけで充分だったのにあの一言で相手に勘違いされてしまっているということが伝わってしまった。扇藤は美少女というだけでなく部から大天使と呼ばれているように性格も良く誰に対しても優しい。だからあのとき俺に対して直接的な態度を取らなかったがどうすればいいのかわからないというような曖昧な態度だった。
自分だけに対してやたらと優しいのなら脈ありというのも考えられるが誰に対しても優しいのならそれは自分が多く中の一人だということでなにもそういった感情は抱かれていない。誰に対しても優しい扇藤は後者だ。
時間が癒してくれるか自分でなるべく今までの関係に近づけるか。できれば後者の方がいいだろうか。
そんな思考に耽っていると授業の終わりを告げるチャイムが鳴り昼休みを迎えた。
ヤバイな考え事してたせいでそっちに意識を奪われて後半あんまり授業の内容が頭に入ってこなかった。
まぁ、現代文なんて与えられた文章から質問に合う部分を見つけ出して答えられるかどうかだからそんなに問題ではないだろう。あんなもん問題のなかに答えがあるようなもんだし。
……全国の現文教師に怒られそうな考えだな。
まぁ、いっか。腹減ったし飯食おう。
……いつも通りユリアがわたしに来るまで食えねぇじゃん。
弁当をもらいに行こうと動いたのとユリアが来たのはほぼ同時だった。なんか最近人の接近に気づけていないな。
「ほら、春楽の分だ」
「ああ、いつもありがとな」
「おぉ〜、出たよいつもの愛妻弁当!見せつけてくれるね〜」
と,そのタイミングでやって来たのはだ。
なんだよ愛妻弁当って。そんなこと言ったらユリアが怒るだろ。分かっててやってやがるなこいつ。
「なっ!?愛妻弁当だと?だっ誰が妻だ!」
「そんなことはわかってるって。少しからかっただけだよ」
「貴様ッ!」とユリアは怒っているが軽くいさめて一にも応注意はしておく多分そんなに意味はないと思うがな。ユリアがのこの茶化しに反応しすぎな気もするがユリアは初心いしそのあたりは仕方ないか。そのうち慣れてもらうしかない。二人がいつまで人間界にいるつもりかは知らないけどな。
それで思い出したがサフィアが人間界に来る理由となったお兄様の方はユリアが来たこと以来まったく音沙汰ないがそのあたりのことはどうなっているのだろうか。お兄様の大事な妹が人狼という種族に命狙われてきてましたけど。結果はサフィアが瞬殺して終わりだったので問題ではなかったのかもしれないがそういったことが起こるというのは問題ではないだろうか。
……うん、なんか最近こういう風に少し長めの思考が多い気がするな。割と自分ではどうにもならない感じのが。
一がなんか言ってるが頭に入ってこなかった。
ユリアはすでにサフィアたちのところへと戻っていた。
「ちょっと聞いてるの?」
「え?ああ、ごめん。聞いてなかった」
「はぁ、なんか今日はそれ多いわね。なんかあったの?」
「ほんとだよー。なんかいつもの狐々実らしくないっていうか、元気ないよどうしたの?
「うん、ちょっと、ね」
同じような会話が扇藤狐々実と南那星煌梨、島崎岬の間で行われていた。
「私たちでよければ相談に乗るから言ってみなさい」
「ごめんね、ちょっと言えそうにない」
「……そう。それならそれでいいわ」
「うーん。じゃあさ、今日の放課後どっか行かない?こう、気分が沈んだ時はパーっと遊んで晴らすみたいな!今日は部活ないし。二人も無かったよね?」
「……まぁ、ないけれど。どうするの?狐々実」
「せっかくの岬の提案だし行こう、かな。正直今はそんなに乗り気じゃないけど行ってみたら案外ってこともあるし、ね」
「決まりね。で、どこに行くのかしら?」
「そうだねぇ、狐々実が行きたいところ、とか?狐々実は行きたいところある?」
「……うーん」
「おーい、聞いてるか?」
「あ、悪りぃ聞いてなかった。なんのことだ?」
「放課後のことだよ。春は思いつきでいいって言ったけどやっぱり決めとこうと思ってな。どっか行きたいとこあるか?」
「行きたいところ、か……」
「強いて言うならショッピングモール」
「ショッピングモール、かな」
「あー、たまにはいいな。なんか欲しい物でもあるのか?」
「いや、特にはないな。けど、なんとなくいいかなーって」
「おぉ!いいね!」
「たまには悪くないわね」
まさかあのとき同じような会話が行われており目的地も同じ場所になっていようとは知るよしもなかった。
別にそれが悪かったわけじゃないし結果としては良かったけど。それはこの後の話だ。
午後からは午前のようになにか思考に耽るようなことはなくいたって普通にいつも通りに過ごした。ただ、扇藤は意図的に避けてしまったが。扇動の方も意図して避けているような、なんとなくそんな感じがした。
「やっと学校終わったし行くぞ、春!」
「そんなに急かさなくてもすぐ行く」
……そういえば帰り遅くなるってサフィアに言ってないな。だいたいいつも一緒に帰るかサフィアたちが家に帰ったら俺いるし、いなかったら慌てるかもしれないな。でも、あいつら携帯持ってないし伝えられないな。どのみちもう駅だしいいか。
目的地のショッピングモールは家の最寄駅から一駅行ったところにある。駅は家からも学校からもだいたい10分くらいのところにある。
電車に乗って約3分ほどで到着した。
隣街なんだがショッピングモールの名前はアセンブルヤード梓酒匂台。某夢の国が千葉にあるのに東京とついているの同じような感じだ。
服やお洒落な雑貨、アウトレット、家具、書店、家電などなど大抵のものはここで揃う。フードコートもあるがそれだけではなく多数の飲食店がフードコートとは別にいくつか存在する。ゲームセンターや映画館などの娯楽施設もある。
要するにここにくればなんでも揃うしなんでもできる。当然のように人気の場所で休日なんかは多くの人でごった返しになる。平日でも学校終わりの高校生で賑わうそんな場所がここアセンブルヤード梓酒匂台なのだ。
この施設の近くにはカラオケやさまざまなスポーツが手軽に楽しめる施設なんかもある。あとはもう一軒ゲームセンターがあり、こちらのゲームセンターはアセンブルヤードにあるゲームセンターがほんわかした感じの場所だとすると対照的に猛者が集まっている殺伐とした雰囲気の場所といった感じか。
他にも多数の飲食店がありアセンブルヤード以外にも充実している。
「最近来てなかったけどやっぱスゲーなここは。テンションあがってきたわ」
「お前はだいたいテンション高ぇだろ」
平日ということで俺たちと同じ学校帰りの高校生たちで溢れかえっているモール内を歩いている。
ここにくるのはこれが初めてではないが一と同じく来るのは久しぶりだ。
久しぶりに来るためモール内の雰囲気が変わって見える。というか、前に来た時にはなかった店や逆に無くなった店もある。
「春はなんか欲しいものあるのか?」
「いや、特にねぇな。行きたいところって言われて思いついたのがたまたまここだっただけだし。適当に遊ぶか」
「ならゲームセンターとか行かないか?」
というわけで俺とはモール内のゲームセンターに来た。入り口付近は主にクレーンゲームで溢れていてその少し奥にメダルゲームや小さい子供向けのゲーム。ニチアサでやってる特撮や少女向けのアニメのアーケードゲームが設置してあり子供や老人が遊んでいて和やかな感じだ。しかし、その奥は格ゲー台や音ゲー、人気ゲームのアーケード台、シューティングゲームや麻雀、ドライブゲームなどが設置されておりこっちは玄人やガチ勢たちの領域といった感じである。
太鼓叩いたりドライブゲームやったりダンスしたりする音ゲーやったり格ゲーで玄人にボコボコに打ちのめされたりひとしきり遊んで入り口付近まで戻って来ていた。最後にクレーンゲームでもするかということになったからだ。
「ん?おい、春あれ見ろよ」
「どした?」
クレーンゲームゾーンまで戻ってきたときに一に突然あそこを見ろと言われて見た視線の先にはなんか見覚えのある三人組がいた。
「なぁ一、あれって扇藤、南那星、島崎だよな?」
「愚問だな、あんな美人が扇藤さんの他にいるか?」
「いや、早々いないと思う。てか、島崎はとまもかくあの二人が学校帰りにこういう場所に来るのって以外だな」
「そうか?でも楽しそうだしいんじゃね?声かけようぜ?」
「楽しんでるところに俺たちが声かけるのはどうかと思うぞ?」
春楽たちが向こうの存在に気づいたように扇藤もまたこのタイミングでまた春楽たちの存在に気づいていた。
思わぬ場所で会ってしまい……いや、見かけてしまい思わず彼女はやや頰を赤らめて体ごと顔を晒してしまった。
当然緒にいた南那星は突然の大袈裟な彼女の反応を何事かと見る。島崎は気づいていないようだ。
……うそ、なんでこんなところに相模君がいるの?緒にいる舞鶴君と遊びに来ているからだと思うけど偶然私たちが来ている時に相模君も来ているなんて……。どうしよう。昨日のことが気まずいよ。でも、まだ向こうがこっちの存在に気づいているわけじゃないし今は関わらなくても。でも、楽しそうだなぁ。
「狐々実?どうしたの?」
「え?ううん、なんでもない」
どうしよう声が上ずっちゃった。絶対煌梨ちゃん怪しむよ、今の。
「……そう。でも、さっきもいきなり体ごと顔を晒したり今も何か考えていたりそれを聞いたら声が上ずっていたりしていてそれでもなんでもないのかしら?」
どうしよう。煌梨ちゃんがこんな風に詰めて来たら逃げられないよ。こういう時の煌梨ちゃん妙に迫力あるし。
「あっ!あっち楽しそー!行こ、二人とも!」
「!待ちなさい。仕方ないわね、行くわよ。けど、さっきの件は後で聞かせてもらおうかしら?」
……助かった、のかな?後で聞くって言ってたし先延ばしになっただけかも。あれからは逃れられる気がしないよ。
「あー、どっか行っちゃった。春が話しかけるの渋るからじゃん」
「俺のせいかよ。いや、俺のせいだけど」
「仕方ない、またどっか行くか」
一的には別に本気で話しかけたかったわけでもないらしく話しかけられなかったからといって特に何があるわけでもない。
一がどうしても話しかけたかったとしたらあの三人の中の誰かが好きなんじゃね?ってなる。と俺は思う。
女子にはよく近づくが特に誰が好きとかそういうのは聞いたことがないからな。よく近づくはなんか誤解を招きそうだ。絡みに行くといった方がいいか。……あんまり変わった気がしないな。
とにかく、そんな一がどうしてもと執着を見せるとはそういうことなんじゃないかなって思うわけだ。まぁ、実際そんな執着はなかったからそういうことではなかったようだ。
そのあとも適当にモール内をぶらついていた。
ここのモールはかなり広いので日では回りきれないだろう。まして今は放課後というそう長くはない時間なのだ。
とはいえ来るのは久しぶりだからモール内の変化に興味を惹かれなくはない。
早速前来た時にはなかった店を見つけてしまった。
「ペットショップなんてできてたのか」
「そうみたいだな。春、動物とか興味あったのか?」
へー意外という感じて聞いてくる。
「いや、特に興味があるわけじゃないけどなんか和むよな」
「それわかるわ。なら、寄ってくか?」
「そうだな、普段ペットショップなんて行かないし、いいかもな」
そういってペットショップに足を向けたときふと見覚えのある三人組がそのペットショップの中に見えた。見覚えのあるというより見覚えしかない。要するにあの三人組は先ほどゲームセンターのクレーンゲーム台で見かけた扇藤、南那星、島崎なのだ。
今回はまだ気づいていない。気づいたところで一なら喜々として向かうだろう。かといっていきなり「やっぱいいわ」というのも不自然な気がする。扇藤とのことは一は知らないがそれでも突然行くのをやめようとするのはそこに何か都合が悪くなることがありますよ、というのを教えるようなもので一なら多分それに気づく。あまり知られたいことではないので知られないにこしたことはない。
だから、まぁ、多少は気まずいがそれを抑えて普通にしていよう。もしかしたら向こうも一もお互いに気づかないかもしれないしな。
店内では島崎が子犬を愛でておりそれを呆れた感じで見ている南那星、微笑ましく見ている扇藤。あの様子なら大丈夫か。
そう思って店内に足を踏み入れた瞬間だった。理由はわからないが偶然振り向いた扇藤と目があった。
「あ」と思わずお互いの口から声が漏れた。
それに伴い一、南那星、島崎がお互いの存在に気が付く。
一は「おお!」と喜びの声を上げそれを見た南那星は率直に嫌悪の視線を一に向け島崎は「わぁ、偶然」といたって普通のリアクションをした。
それまでの間俺と扇藤は目があっていたのだがここでお互いにわかりやすく目をそむけた。
「な・ん・であんたがここにいるの?」
わかりやすく怒りをあらわにする南那星が一に詰め寄る。
それに対して一が剽軽な態度で「なんでだと思う?」とか言い出すものだから火に油を注いだようなものでより一層南那星の怒りのボルテージが上がっていくのがわかる。
二人ともここはお店なのでそういうのは控えてもらいたい。
てか、なんでこの二人はこんなに相性が悪いんだ。まぁ、だいたい一が原因なんだけど。
なんなんだまさか南那星が好きなのか?仮にそうだとしたら悪手すぎるだろ。それ続けてたら絶対に結ばれないぞ?多分もう手遅れだけど。
それは別によくないけどいいとしてそれよりも重要な別の問題が目の前にある。
この状況どうしたらいいんだ?気兼ねなく話したほうがいいのか?そんなことできたらとっくにやってる。
落ち着け俺は別段、扇藤のことが好きなわけじゃない。……そう断言すると嘘になるな。恋愛感情的な意味では、という意味でだ。
勿論そうなれるのであればそうなりたいとは思う。おそらくこの世で彼女に惹かれない男性はいないだろう。
報われないとわかっていてその恋に身を投じたりはしない。中にはそれでもという人もいるだろうが俺はそうではない。
いや、これは己の保身だ。あのとき扇藤の放った言葉に対して俺が言った言葉は「俺のことよく見てんだな」何勘違いしてんだ?ってなるよな。
なんかこう、もしかしてって期待してる感じで聞いたと取られたに違いない。そうでなければあの時扇藤は言葉に詰まり顔を赤らめたりはしなかっただろう。赤くなったのはちょっとわからなかったが、言葉に詰まるそのあとなんか気まずくなる、以上のことから扇藤に対して俺がなにか勘違いしているという印象を与えてしまった。
別に恋慕するのは悪いことではないと思うがなにか勘違いをしているというのはちょっと引かれるだろう。
どうしたものかと考えあぐねていたところに口を開いたのは扇藤だった。
「えっと、相模君ってその、動物に興味あるの?」
「まぁ、興味あるって程じゃないけどなんか和むから嫌いじゃないな。やっぱり、扇藤は好きなのか?」
なんかこのタイミングで好きだの嫌いだの言うのは自分で言っておいてなんだが微妙な感じになる。
「うん、好きだよ。可愛いし、見てて和むってところは相模君と同じかな」
……なんだろう。さっき勘違いすのはどうのこうのと思っていたのに今の言葉は勘違いしてしまいそうだ。もちろん動物の話をしていることはわかっている。
「そういえば、さっきゲームセンターにいなかったか?」
せっかく扇藤が話を切り出してくれたのだからもう少し話を広げてもいいかもしれない。
これであの気まずさが和らいでくれればいいが。まぁ、気休めだな。
「え!?気づいてた、の?」
「ああ、まぁな。クレーンゲームのところで」
「そう、なんだ」
どうしよう、また相模君のこと見てたのバレたのかな?昨日はそれで気まずくなっちゃったし折角それを払拭できそうだったのにこれじゃ昨日の二の舞を演じることになっちゃう。今後のためにも攻めた方がいいのかな。
「もし、よかったらなんだけどこの後一緒に回らない?せっかくだし、ね」
この発言が自分への好意によるものだと気づかない。そもそも扇藤狐々実のような完璧美人が自分のことを好いてくれているとは思っていない。そのため今の彼女が勇気を振り絞って放った言葉も昨日のことに気を使っての発言だと受け取るのが普通だった。彼女の大天使と称される普段の優しさが仇となってしまったのだ。
「……えっと、逆にいい、のか?」
「ちょっと、狐々実、この二人抑えるの手伝ってよぉ。二人っていうか煌梨だけど」
雰囲気をぶち壊すようにポンコツ委員長の声が入る。
で、見てみると南那星が一を一方的になじっていた。これには流石の一も何もできず困ったような表情を浮かべている。何故そうなったからは知らないが最初のやりとりから発展して今に至るのだろう。ギャラリーがいないのが幸いか。
けど、これは放置できないな。てか、本当にこの二人水と油すぎるだろ。残念だがこの様子だと扇藤の案には承認できない。一、お前南那星に何したんだよ?南那星の男嫌いはうちのクラスなら誰でも知ってるけど一への嫌い方は尋常じゃないぞ。
とりあえず二人を強引に引き離すことで事態は収集した。
そのまま別れたので結局扇藤の案はうやむやになった。
「いや〜、助かったぜ。あのままだったら俺どうなってたんだろうな?考えるとゾッとしないわ」
「……南那星になにやったの?」
「ちょっとからかっただけ」
「何回も言ってるが南那星にそれはもうやめとけ」
「うーん、ま、そうだな。あの反応見るとしばらくはやめといた方がいいかもな」
「……しばらくはって時間置いたらまたやるつもりかよ」
こいつ反省してないんじゃないか?それたも本気で南那星が好きなのか?けどそれじゃ余計に嫌われるだけで絶対成功しないのは一もわかるはず。やっぱその線はないな。
そのあとも適当にモール内を歩いた。
ごちゃついた雑貨屋にいったりCDショップに寄ったりと色々な店に行ったがやはり数時間で回れるようなところではなく歩き回って喉も渇いたのでなんか飲んで帰ろうということになり世界規模で展開している人気のコーヒーのチェーン店ムーンバックスコーヒーに寄ることにした。
ちなみにこの店の名前は略したりはしない。略すといい感じにダサくなるからだ。
人気店だけあって中々の人数が並んでいるがすっかりムーンバックスの人気メニュー、カプチーノのフワフワとしたホイップクリームとフラッペの砕いた氷とを掛け合わせたメニューだ。名はそのままカプチーノフラッペ。もうちょいなんかなかったのかと思ったが名前はともかく美味しいので時たま飲みたくなる。それが今でその口になっていたので並ぶ。
並ぶと店員から待っている間にメニュー表を渡される。この間に選んでおくのだ。回転を良くするための一つの工夫だ。
このカプチーノフラッペはフラッペが元々カクテルに砕いた氷をつめてストローで飲むものでカクテル以外にも果汁やシロップを上から注いだものもあったりするのでコーヒー以外にも相性がいい。抹茶やストロベリー、マンゴーにダーティなラテ・モカ、キャラメルやその他季節限定メニューが存在する。今日は抹茶の気分だな。
「なぁ、一は何に……」
一は何を選ぶのか聞こうと後ろを振り返った時だった。
またしても扇藤狐々実、南那星煌梨、島崎岬の三人が後ろにいた。なぜ今日はこんなにもいく先々で出会うのだろうか。
運命かなんかなのか?違いますね、はい。
ムーンバックスなんて高校生ならよく来る。
「あの、今日はよく会うね」
そういって少しだけ横に顔を傾けて笑う扇藤はこれまでにないくらい可愛かった。
後ろでは少し機嫌が悪そうな南那星、多分一がいるからだろう。島崎はさっきと同じようなリアクションだ。流石に少しは驚いているが。
とりあえず一には小声でからかったり茶化したりするなよと釘を刺しておいた。
さっきので懲りたのか同じく小声で「分かってるって」と返ってきた。
「確かによく会うな。ゲームセンターもカウントしたら3回目だしな」
「やっぱり気づいてたんだ」
「ああ、まぁ、いるなーって。あんまりこういうところくるイメージなかったからちょっと以外だったけど。やっぱり気づいてたって、扇藤も俺たちが見えたのか?」
「うん、似てる人がいるなぁって感じだったけどやっぱりそうだったんだね」
意外と気まずくないんだな。そりゃ最初は気まずかったけどこうして改まってはないけど話してみたら割と普通に話せた。
と思ったのも束の間、後ろから一がほほぉーといった感じで見ていた。
こいつに誤解されると面倒だ。
「おい、勘違いするなよ?」
「いやいや〜勘違いなんてしてないよ〜?」
ならなんでニヤニヤしてんだ?はたから見たらだいぶ気持ち悪いぞ?完全にサフィアのことがバレた時と同じ面白いもの見っけ、って感じだぞ。
なんか扇藤の方もそんな感じだ。
南那星が一みたいな感じになっている。
流石に一みたいにはたから見たら気持ち悪い笑みを浮かべてはいないがそれを除けば同じようなものだ。それに対し扇藤は慌てている。可愛い。
そんなこんなで順番が回ってきてオーダーをする。俺は決めていた通り抹茶カプチーノフラッペ。一はモカ・ラテカプチーノフラッペ。ラテなのかカプチーノなのかはっきりしてくれ。美味しいけど。
続く扇藤、南那星、島崎はそれぞれ
抹茶カプチーノフラッペ、ストロベリーカプチーノフラッペ、キャラメルカプチーノフラッペ。
抹茶カプチーノフラッペ被ったな。でもなんとなく抹茶似合うな。
そう思ったのは扇藤も同じらしく
「あっ、相模君も抹茶、なんだね」
「ってことは扇藤も?」
「うん、お揃いだね」
なんで今日はやたらとこう押してくるんだ?
「へぇ、煌梨ちゃん、ストロベリーカプチーノフラッペなんだ。案外可愛いね」
あの野郎、さっきからかうなって言ったばっかなのにもうからかってやがる。
「……狐々実、岬、もう行きましょうか。それじゃあね相模君」
もう、無視というかいないものとして扱うことにしたのか。まぁ妥当だな。
扇藤、島崎も「じゃあね」と言って控え目に手を振って行ってしまった。軽く手を振り返して俺たちもその場を後にした。
カプチーノフラッペを飲み干し少しだけ回って帰ることにした。時刻は七時四十五分。一応早く帰らないとサフィアたちが何事かと心配するかもしれないのでそろそろ帰ることになった。
今日はよく扇藤たちと会うのでひょっとしたら帰りの電車でも会うかと思ったがそれはなく電車に揺られること三分。駅に着いた。
「今日はやたらと扇藤さんたちに会ったり煌梨ちゃんの逆鱗に触れたりと色々あった。いや、ホントもう大変だったよ」
「南那星の件に関してはお前が全面的に悪いだろ」
「まぁ、そこはいいんだよ。最初の目的だった春が元気出してくれたから。元々は春の元気がなかったから行くことにしたわけだしな。あとちょっと面白いことも分かったし」
「まぁ、そうだな。朝に比べれば元気は出たかもな。あとその面白いことってのは違うからな。誤解してるだけだぞ」
それも一が気にかけて遊びに行ったこと半分その先で偶然扇藤に会って悩んでいたことが案外そんなでもなかったからだけどそもそも一が言い出さなければそれにありつくことはできなかったわけだから素直に感謝はしている。が、最後のは違う。本当にそうならそれは悪いことでもないが違うなら自分は元よりその相手にも迷惑がかかってしまう。だからその誤解は解いておく必要がある。だいたいなんでオーダーしたメニューが同じでそれで話してただけでそう受け取るんだ?
「いや〜誤解も何も、ねぇ」
「分かったからそれで楽しむのはお前の中だけにしとけよ。じゃあな」
家に着いたので釘を刺して別れる。
不安だ。
春楽と別れた舞鶴一は一人満足そうな表情を顔に浮かべ歩いていた。
誤解も何も、ねぇ。春にとっては誤解というか俺の思い違いじゃない方がいいと思うぜぇ?
根拠はないけどなんとなく扇藤狐々実は春、お前のことが好きだぜ。……多分。まぁ春には言わねぇけど。勿論他の人にもな。これは俺だけの秘密だ。
「ただいま」
ドアを開けて家に入る。なんのことはないいつもしていることだ。家に着いたのは八時を少し過ぎたぐらい。
「お帰りなさい」という母さんの声が聞こえて「ちょうど晩御飯準備ができたから食べましょ」
という言葉が続く。
荷物を置いて手を洗い言われた通り食卓へ足を運んだ。
テーブルには既にサフィアがついていてユリアが料理を運んだりと手伝っている。
俺も席に座るがどうにもサフィアがムスっとしている。
「サフィア、なんか機嫌悪そうだけど、どうかしたのか?」
「いえ、特に何もありません!」
「……その様子で何もないことはないだろ」
分かりやすく頰を膨らませてたりしてるし、こっちも見ない。
すると全て運び終えたユリアが「後で話す」とだけ言って夕食が始まった。
その後もサフィアはユリアや母さんとは話すが俺とはまともに口を聞いてくれなかった。
俺、何かしたっけ?
ちなみに親父がいないのは今日は帰りが遅くなるからだとか。あの茶番が繰り広げられなくて済みそうだ。
夕食を終えた後は風呂に入り部屋に戻るといつも通りユリアがいた。あと今日は顔を背けているサフィアもいる。
今日はといってもだいたいサフィアもいるのだがいない時もある。ユリアはほぼほぼ毎日いる。
恐らく夕食の前にユリアが後で話すと言っていたことだろう。
風呂に入っているとき内容はだいたい予想できた。多分、俺がサフィアに何も言わず一と遊びに行ったことだろう。普段なら一緒に帰るかサフィアたちが帰ったら俺は既に家にいるのに今日はいなかった。それにいつまで経っても帰ってこないから心配してくれたんだろうな。
「やっと戻ってきたか。貴様というやつは今日は私を怒らせる気しかないのか?朝は一緒に寝ているし午後はサフィア様を心配させる。何か言うことはないのか?」
朝のは不可抗力だろと言いたかったがユリアが怖かったのでその言葉は喉の奥に引っ込めて謝罪する。
「や、その、なにも言わずにどっか行って心配させて悪かった」
それを言うとサフィアは背けていた顔を少しだけこちらに向けて
「反省してくれればいいのです。それにサフィアが怒っていたのはあの後ユリアに春楽を探してもらったら楽しそうに遊んでいるではないですか。サフィアが心配していたのにそれをこんな……。しかし、きちんと謝って反省してくれたのならばもういいです。許してあげます」
「ああ、悪かったよ。次からはちゃんと伝える」
「言いたいことはあるがサフィア様がよしとするならいいだろう」
それでもサフィアはまだ何か含んだ表情をしているな。もしかしたら……。
「サフィア、そのお詫びと言っちゃなんだが今週末俺が今日行ったところに遊びに行くか?勿論ユリアも」
「ほ、本当ですか?」
「ああ」
「では、明日楽しみにしていますね!」
「ああ、明日な」
明日か。明日!?忘れていたが今日は金曜日か。
二日連続であそこに行くのか。しかも明日は土曜日だから今日より人が多い。疲れるな。行くと言った手前行くけど。電車のこととか色々言っとかないとな。
「あ、そういやサフィアとユリアって携帯持ってるのか?あれがあれば今日みたいなことがあっても連絡できるんだけど」
「携帯か。春楽が使っているその薄い箱みたいなもののことだな。……確かにあれば便利そうだな。よし、似たようなものを今夜魔界から持ってこよう、安心しろ、こちらの環境に合うように少し改造してくる」
「魔界にもそんなのがあるんだな」
「まぁ、一応な。あまり使われないがあるにはある。基本魔界の住民は自由なのでそういった機器は必要ないのだがな。……改造する必要もあるし早めに動いた方がいいか。今から私は魔界に帰って準備をしてくる。早い方がいいだろう。明日の朝までには戻る」
そう短い言葉を淡々と言うといつも通り窓から出て行ってしまった。
寝る前にサフィアに軽く電車のことを教えてやって寝た。
早めに寝た方がいいだろう。多分明日の朝はいつもよりも早くサフィアが起こしに来るはずだ。
相模春楽が眠った数時間前、春楽と扇藤狐々実たちが別れてすぐ扇藤、南那星、島崎の三人は帰りの電車に乗っていた。
「狐々実が元気ないから元気づけるためとか言いながら私が一番楽しんじゃった感があるなぁ。なんかごめんね」
「確かに岬が一番楽しんでたわね。でも、狐々実も心なしか元気が戻ったように見えるわよ?」
「うん、ありがとね。おかげで悩んでたことも少し解消されたから」
「ならよかったー」
次の駅に間も無く到着すると言うアナウンスが流れ三人は降りる準備をする。
ドアの前に立つとちょうど着いたようで電車が停止する。慣性の法則で三人の体がそのまま前に傾き扇藤、南那星はこけそうになったが陸上部員の島崎は持ち前の体幹でそれに耐えた。
電車から降り駅の改札をくぐり少し行ったところで島崎と別れそこからは扇藤と南那星の二人となった。
「狐々実、一つ聞きたいことがあるのだけど、いいかしら?」
「うん、なに?」
二人になるや否や南那星煌梨は少しだけ厳粛な雰囲気を醸し出し尋ねてきた。
「狐々実、あなた、相模君のこと好きでしょ?」
「へ?」
声が若干裏返り自分の顔をが真っ赤になって行くのがわかる。
突然友人に誰それのことが好きなのかと聞かれしかもその人物が正解なのだ。
分かりやすすぎる反応をしてしまった今もはや誤魔化すことは出来ない。
「う、うん。なんで、分かったの?」
正直に認めることにした。
自分でもわかるほど分かりやすい反応をしてしまったし誤魔化しは効かない。ましてや相手が南那星煌梨ではそれをするのがどれだけ無駄な行為かも彼女は知っていたからだ。
今まで散々島崎岬がそれをして通用しなかったのを見てきている。島崎岬の誤魔化し方に問題があるのは毎回のことだがそれを差し引いても通用しないだろう。そう思えるだけの凄みがその時の南那星煌梨にはある。
「そうね、端的に言えばあなた、分かりやすすぎるわ。それでも多分自分に好意を持っていることは彼に伝わってなさそうだけれど。鈍感ね彼は」
恐らく舞鶴一、あの非常に腹立たしい男にはバレてしまっているでしょうけれどね。それは言わないでおきましょう。
「そ、そんなに分かりやすかったの?」
「さっきの図星を突かれてしたあからさまな反応には少し劣るけれどそれに準ずるくらいの分かりやすさよ。それに気づかない彼も彼だけど。分かりやすい女にそれすらも気づかない鈍感な男。面白くなりそうね」
「うぅ〜。そんなに分かりやすかったんだ私。全然面白くないよ」
「安心しなさい、狐々実。私がしっかりサポートしてあげるわ」
煌梨ちゃんなら頼りになるから頼もしい限りだけどそれよりそんなに分かりやすかったんだ、私。
ただそのことにショックを受ける彼女であった。