ああ女神様、僕を趣味で女の子に転生させるのやめてください!
僕は今日も溜め息をつく。
吐いた息はキラキラと煌めき、天空へと舞い上がっていく。空気が冷たいから煌めいているという訳ではない。手を伸ばしても届かない蒼空。目の前に広がる雲海。そんな雲海に浮かぶ孤高の神殿にて、僕が煌めく息を吐いている理由……それは……。
「ティンクルーー! さ、仕事よーー。今日はこの転生記録用紙の記入をお願い!」
「ああ女神様……。僕はいつまでこの格好なんですか?」
再び煌めきを含む吐息を空へと放ちつつ、羽根ペンと転生記録用紙を受け取る僕。当面の僕に立ちはだかる問題……それは諸悪の根源であるこの女神様だ。
「あら、ティンクル。今日もとっても可愛いわよ? 素敵な幼さが残る天使の姿にしてあげたんだから、むしろ感謝しなさい」
「ひとつ言っていいですか?」
背中の翼をぱたぱたさせて僕は女神へ訴える。
「なぁに?」
「僕を趣味で女の子に転生させるのやめてください!」
*****
「え、ちょっと待てよ!? どうして俺、女になってんだよ!」
「だって、貴方イケメンじゃない? 貴方みたいなイケメンは、町娘がお似合いよ?」
ブロンドヘアーの可愛らしい町娘姿に驚く元青年。イケメン姿のままでも格好よかった気もするが、完全に女神様の趣味だな。
「はい、という訳で、女の子がいっぱいのリリィフィールの街へ、行ってらっしゃーい!」
「ちょ、ちょ、待てよ!」
女口調への変換も女神様の御力だろう。ちなみに僕の発言も勝手に幼女っぽく変換されている事がよくある。また今日も被害者が出てしまった。転生記録用紙に記入しつつ、幼い表情の僕は女神様へ話しかける。
「女神様、このままじゃあ女だらけの世界になってしまいますよ?」
「そんな事はないわよ? 元々貴女達が住んでいた世界から、ここ異世界への転生者なんて世界人口の二割程度なんだから。それに慣れると楽しいものよ? ほら、ティンクルもあの子達みたいに早く慣れなさい」
そう言うと、転生の間の向こう、柱の陰に隠れてイチャイチャしているメイド服姿の女の子を指差した。手と手を取り合い、身体を密着させる乙女。果実と果実の間にもし仔猫が居ようものならばきっと、美しいメイドによる『ねこちちはさみ』が完成していた事であろう。
「リンダぁーー私もう夜まで我慢出来ない……」
「うちもよー、ミランダぁーー。このまま一緒に天上の階段を昇りましょう」
頬を赤らめ抱き合うメイド服の乙女達。顔と顔を近づけ、完全に二人の世界へ入り込んでしまっている。箒が地面に落ちている時点で、掃除中だったのであろう。もう仕事そっちのけだ……。
「あれ……いいんですか?」
「ええ。むしろあれを見たくて女の子にしたんだから」
「え? もしかして……」
「あの子達二人共、元男よ」
な、なんだってーー! 僕はあんな風に絶対ならないぞ……絶対にだ……。でも、前世は元々二十歳の男だった僕。女の子に興味がない訳がない。リンダとミランダ。二人の唇と唇から伸びる細く美しい糸に、僕は思わず生唾を飲み込む。
「リンダーーミランダーー! 愛するなら女神の居ないところでやりなさーい!」
ビクっと肩を震わせた二人のメイドは、慌ててお辞儀をし、転生の間を出ていくのであった。女神様……せめて言葉を選んで下さい。
ここは、転生の神殿。前世で不幸にも亡くなってしまった人へ新たな生を与える神聖な場。転生の女神は何名か在籍しているが、僕が仕えているこの女神様に当たった転生者は、残念ながら、新たな性を与えられる事が多いのである。ちなみに僕も被害者の一人だ。
ただし、例外もある。興味ない相手は適当に男の子は男の子、女の子は女の子というパターンもある。女神様が六連勤で疲れていたのであろう。村人ラッシュ事件が勃発した際は、性別はそのままに、村人Aから始まり、村人AAA、村人AKB37と元居た世界に存在する歌手のような者達が誕生した。尚、転生した後ユニットを組むかどうかは彼等次第だ。
そんな駄女神も、たまにはちゃんと仕事をする事がある。たまにね。そんなこんなで、次の転生者がやって来る。
「え? マジで!? これ死んじゃったやつ、俺? ヤベーよ、これ転生ってやつだろ!? 女神様、俺を勇者にしてくれよ。チートで魔王倒すからよ。んで、巨乳のエルフとか賢者とかさ、ビキニアーマーの女戦士とか囲んでハーレム築きたいんで、ヨロシク!」
マジ卍と大きく書かれた白いTシャツ。最近の流行はよく分からない。それに何言ってるんだ、この青年。死んだという事実に驚かない点も不思議だ。最近の若者はよく分からない。まぁロリ姿の僕が考える事じゃあないんだけどね。
「あのさ、君。勇者を何だと思ってるの?」
「そりゃあ世界を救うヒーローだろ? んで、チート能力でハーレム築いてエロフと……あっれ?」
真っ白いTシャツ姿の青年が光に包まれたかと思うと、だんだんと姿が変わっていく……。その姿は勇者でも巨乳の女子でもなく……。
「今年に入って勇者希望は既に5423人目。残念だけど、今の女勇者は八代魔王の一人、色欲の魔王レディアタンと和解し、百合百合しているから、しばらく勇者は間に合っているわ。貴方はその格好がお似合いよ?」
「!? リーン、リリリリーーン!?」
目の前の昆虫が哀しそうな表情でこちらを見ている気がした。
「女神様……昆虫はあんまりじゃ……」
「何言ってるの!? 最近では転生したいキャラクターランキングTOP50にスライムや蜘蛛までランクインする時代よ? ティンクル、これは流行を先取りした結果よ?」
「はぁ……」
「そういう訳だから! 貴方は今日からリン太として生まれ変わるがよい!」
「リーーン!?」
昆虫は光と共に消えていった……。
「山本勇太 享年23歳 無職 死因:ヒキニートでオンラインゲームのしすぎによる栄養失調
前世カルマ値:5 転生先:プリムラの森 個体:エアスズムシ 能力:共鳴LV1、空気振動LV1、低空飛行LV1 恩恵:飢餓耐性 B+ ……と」
転生記録用紙へ今の転生結果を記述していく僕。
「だいたい勇者なんて、前世カルマ値が1000超えていないと候補にもあがらないわよ?」
「そうなんですか?」
カルマ値とは前世で良い行いをしたかどうかの数値となる。例えば、犯罪を犯した場合はマイナスとなるが、代わりに奉仕活動や、お年寄りへ席を譲る、募金をする等、日頃の行いによりポイントが改善される事もある。
「ま、候補にあがったとしても、さっきの彼は適正がなかったから無理だったんだけどね」
「他にも色々条件があるんですね」
まぁ、彼のような人物が勇者になってしまっては、この世界が駄目になってしまいそうだったから、女神様は正しい仕事をしたという事にしておこう。
「おいおいおいおいおい。ここはどこだ? 私はどうなったんだ? この後重大な会議があるんだ。誰だ、私を誘拐したのは!?」
続いて、なんだか偉そうなおっさんがやって来た。髪の毛が若干ずれている点が気になるが置いておこう。スーツが汗ばんでいて体臭がキツそう……。
「誘拐なんてしてませんよ? 残念ですが、貴方は死にました。ここは転生を行う女神の神殿です」
「転生だと……? 何を馬鹿げた事を! 私が居ないと会社は大変な事になるんだぞ! それとも何か? お前はこの数百万の損失を補填してくれるというのかね? まぁ、お前がその身体で払うというなら、考えてやってもいいがな」
自身の髭を触りつつ、おっさんが女神様を凝視する。女神様のふくよかな二つの果実に若干視線が釘付けになっている。ただのエロ親父のようだ。
「貴方は通勤中、トラックに撥ねられて死にました。今時トラックに撥ねられて死ぬなんて、小説でも飽き飽きする展開です。ましてや貴方のような誰からも必要とされていないおっさんに需要はありません」
プププ……とわざとらしくほくそ笑む女神様の姿に怒りを露わにするエロ親父。
「な、なんだと!? 貴様! 私は五百人の社員を持つ会社の部長だぞ! 今頃会社は私が居ないと大騒ぎに……」
「じゃあ、視ますか?」
あ、女神様が悪い顔をしているぞ? 女神様が手を翳すと、突然会議室のような場所の映像が空中に映し出された。
『いやぁーー、部長が居ない会議は捗りますなぁー』
『あの部長ワンマンすぎるんだよ。部下の不満なんてこれっぽっちも聞いちゃいない』
『今日もどうせ、サボってパチンコにでも行ってるんだろうよ?』
『部長が不倫してるの、奥さん知ってて黙ってるらしいよ? 別れたら保険金が手に入らないからだってさ』
『うわー、マジで? それヤベーじゃん』
僕はおてての皺と皺を合わせて合掌した。なーむー。あ、天使がやる仕草じゃないですね。
「な……なんだ……これは……」
怒りにより噴出した汗により、頭に乗っていた黒い物体がズルリと地面に落ちた。
「これが真実ですよ。社員に仕事をさせて部下の平均残業時間は80時間越え。毎日罵倒の繰り返し。営業に出ると外出してはパチンコへ行く日々。夜は愛人の所へ行き、奥さんと中学生の子供には出張で毎日帰らないと伝えている。誰も知らないと思っていたのですか?」
全てを見透かすように女神様が淡々と言葉を紡ぐ。開いた口が塞がらないとはこの事だ。エロ親父はワナワナと震えていた。
「馬鹿な……こんな事が……あってたまるか……」
突然おっさんが女神様に殴りかかろうとするが、そのまま擦り抜けてしまう。
「言ったでしょう? 貴方は死んだの。今は実体がないんだから、私に触れる事なんて出来ないわよ?」
すると、おっさんは急に膝をつき、なんと泣き出してしまった。
「くそ……くそ……私はな……会社をここまで大きくしたんだよ……当時一緒に仕事をしていた彼女と結婚し、子供も授かったんだ……。私は……私は……」
冷たく鋭い瞳で見据える女神様。すると、僕の方を見てウインクをした。この合図は……。
「ティンクル」
「上級天使、ティンクルの名に於いて、汝の魂を浄化します。天使の吐息!」
キラキラとした吐息がおっさんを包む。泣いていたおっさんが顔をあげ、天使姿の僕を見た。
「転生の間に来て居なかったら、きっと地獄逝きだったんでしょうけどね。過去を思い出し、反省した姿を鑑みて、ティンクルの力でカルマ値をリセットしました。生まれ変わった姿でもう一度真面目に生きてみなさい。そうすれば、正しい未来が待っているわ」
「私は……やり直せるのか……ありがとう……。女神様、天使様……」
おっさんは光に包まれ、そのまま消えていった……。
「大山田忠邦 享年60歳 会社員 死因:トラックと衝突による内臓破裂
前世カルマ値:マイナス201 (上級天使ティンクルによるカルマリセット執行) 転生先:イーストパールの村 個体:村人AAAとハイエルフの赤子(雌) 恩恵:魔力 E 毒耐性 A ……赤子!? 雌!?」
赤子(雌)の文字に気づき、思わず見返した僕です。
「女神様?」
「ん、なぁに?」
「おっさんまで女の子にする趣味をお持ちだったんですか?」
「何言ってるの? 人生やり直しさせるためよ?」
話を聞くと、貧乏ながらに一生懸命生き、キノコ狩りをしていた際に鍬でオークを倒し、ハイエルフを助けたAAAの子供らしく、よっぽどの事がない限りは悪事を働く事はないだろう……との事だった。
「ちなみにゲス不倫の罰として、前途多難な道が彼女には待っているわ。何せあのハイエロフには、物凄い趣味が……」
含み笑いをする女神が時折怖く見えてきた。何が待っているのか……深くは聞かないでおこう。
「これで、今日の転生者は全部かしら? あ、そうそう、ティンクル。上級天使として貴女も力がついて来たところで、次の仕事を命じるわ! 地上での仕事よ!」
「え? 天使って地上での仕事もあるんですか!?」
天界から見下ろすこの不思議な世界に興味はあった。でもまさか、天使が地上に降りる事が許されるなんて思わなかった。
「もちろんその姿じゃ目立つから、聖者として降りてもらうわ。ちょっと堕落しかけている転生者を天使として正しく導く仕事よ? どう? 面白そうでしょう?」
なるほど、天使は、転生した後の現世での行いも時に監視していると前聞いた事があった。その仕事という訳か。女神様の趣味に付き合うのも飽きて来たところだし、ちょうどいいかも。僕はそう思い、女神様の提案を受け入れる。
「僕で出来る仕事ならやりますよ? 女神様の転生業務と付き合う毎日から解放される事ですし」
「何か読み仮名がおかしい気がしたんだけど?」
「気のせいですよ? で、対象者は誰ですか?」
「あ、そうそう。その子。三年前に転生したんだけど、最近本来の業務も忘れて堕落しちゃってるのよねぇー。女の子同士で毎日相思相愛している子を正しく導いて欲しいの」
それは女神様が意図的に行わせているとしか思えないんですけど……。
「はいはい、分かりました」
「じゃあティンクル。勇者ナツメをよろしくねー」
「え? 今何て言いました?」
「ん? 勇者ナツメって言ったわよ。前世の姿はなかなかの純朴青年だったわよー」
嗚呼……さっき聞き流していたよ……そうだった。勇者も百合百合してるって言ってたっけ。確か魔王と……。
「あの、ひとついいですか?」
「どうぞ」
「誰でも彼でも趣味で女の子に転生させるのやめてください!」
僕は今日も溜め息をつく。
勢いで書きました。特に意味はありません(苦笑)。
TS(Transsexual)×百合要素有な短編をちょっと書きたかっただけですので、完全に趣味全開な内容となっております。
続話が書けそうな中途半端な終わり方ですが、まぁ、息抜きの短編という事で。楽しんでいただけたなら幸いです。