Charly Chaplin
Gimlet (ギムレット)。
蒸留酒であるジンをベースとしたカクテルの一つで、ジン、ライムジュースを3:1の分量でシェイクすることで完成する。
ギムレットとは錐を意味し、その名の通り、辛口で爽やかな酸味がキリッと引き締まった味わいが特徴的だ。
アルコール度数は約30パーセント。食前に好まれる、さっぱりとしたカクテルである。
ライムジュースの代わりにライムを絞る場合もあるが、その場合、よりライムの香りが引き立つ半面、甘みが無くなるため、シロップ、または砂糖を使って甘みを調整する。
しかしこの男、Citrus Gimlet (シトラス・ギムレット)は、専ら、ジン、ライム果汁を4:1という甘味の全くないレシピを好む。
彼曰く、『辛口と酸味のコントラストに、甘味という水を差してはならない』だそうだ。
そんな彼は、実は、探偵だったりする。
孤高にして一匹狼、ハードボイルド名探偵。そんな異名を持った彼は、今日も難事件を解決する。
とは言ったものの、探偵稼業とは本来、
『他人の依頼を受け、特定人の所在、または行動についての情報を、依頼に基づき収集することを目的として、面接による聞き込み、尾行、張り込み、その他これらに類する方法により実地の調査を行い、その調査の結果を当該依頼者に報告する業務の事』
だ。
つまり、いわゆる推理は、探偵の仕事ではないのだ。
今日、4月28日の依頼もまた、推理とはかけ離れたものだった。
「浮気調査を、してほしいんです」
水色のニットセーターに、膝下までの長さの紺のプリーツスカートとブーツ、胸元には銀のネックレス。
ショートボブのその女性は、この四月、交際中の男性の最近の行動が不信だと感じ、浮気の可能性を考え、シトラスに依頼した。
「お名前は」
「Emily April (エミリー・エイプリル)です」
「失礼ですが、ご年齢は」
「21ですが、明日で22歳になります」
「では、これに必要事項を記入し、サインをお願いします」
「わかりました」
シトラスは、机に契約書を出して彼女にそう言った。
長方形のテーブルと、それを挟むようにして置かれたソファー。
二人は今、向かい合わせに座っている。
部屋の様子はというと調度の殆どが黒を基調としているため、全体的にシックな雰囲気がある。
女性が契約書を書き終えた。
「これでよろしいでしょうか」
「・・・はい、結構です。では、これから詳細をお聞きします。必ず答えなければいけない訳ではありませんが、嘘はつかないようにお願いします」
「わかりました」
こうして、彼の仕事が始まった。
「では、まず初めに、依頼に至るまでの経緯を教えてください」
「はい。
私が彼の浮気を疑い始めたのは今月の中旬辺りからです。
元々あまり活発的でない彼が今月は妙に外に出る回数が多くて、今月は何かと忙しい時期でもあるので、きっと仕事が忙しいのだろうと、最初は思いました。
しかしある日、何気なく何処に行くか聞いてみたら『ちょっと用事』とだけ言って慌てた様子で家を出ていきました。
彼は今まで私に隠し事をする事は無かったので、私は不審に思い、友人に相談しました。
すると友人は、『浮気かもしれない』と私に言いました。
しかし、彼を信じたいあまり踏ん切りが付かず、今日まで一人で悩んでいました」
「わかりました、では次の質問です。
彼がどこに行っているのか、知っていますか?」
「いいえ、わかりません。
あっ、でも、彼は外出するときは決まってメモ帳を持っていました」
「それは、どうやって知りましたか?」
「それはある日、いつものように外出する時に、彼の服の胸ポケットにメモ帳が入っているのを見たので、それでそう思ったのですが」
「わかりました、では次の質問です。
あなたの恋人に、女性の友人はいますか?」
「はい、いますよ。
私も元は、その友人のうちの一人でしたから。
あ、でも、たぶん浮気相手はその子たちではないと思いますよ」
「それはどうして」
「私、彼の女友達とは全員連絡が取れるので、試しに全員に相談してみたんです。
そしたら全員に、ほぼ同じ反応で『浮気じゃない?』と言われました、だから・・・」
「友達の中に浮気相手はいない、と」
「はい」
「そうですか・・・わかりました」
「調査してくださいますか?」
「勿論、それは契約ですので。
しかし私としましては、調査の方は“必要ない”と思います」
「え?」
「今のところ、私からお伝えできることは『明日が終わるまで待ってみては?』ということだけです」
「それはどういう事ですか?」
「それは私の口から述べることは許されないことです」
「は、はぁ」
「では、次は明後日、問題無いようでしたら恋人と共にお越し下さい」
「わかりました・・・」
こうして依頼人は家へと帰った。
さて、請負人としての彼、シトラス・ギムレットは、一体何を思ったのか。
彼はソファーから立ち上がり、本棚へと向かった。
それは白い本棚。
全体的に黒いこの部屋で、存在感を放つ白。
上から3段目、右から二番目の本を手に取り、それを持ってワークデスクに向かう。
彼は座ると、本を傍らに置き、タイプライターに向かった。
彼がキーを押すたびに、バチンッ、バチンッ、カチッ、バチンッ、バチンッ、っと音が鳴り、セットされた紙は文字を打たれながら、少しずつ左へずれてゆく。
時折、チンッ、っと音が鳴り、そのたびに紙は、右へと追いやられる。
そんな作業を繰り返し、活動記録を書き終え、最後にこう綴った。
『When in doubt, maybe it is surprise.』
と。
二日後、約束通り依頼人が彼のもとへやってきた。
後ろには男性がいた。
「私の恋人です」
依頼人は説明した。
「どうも、お騒がせしてすいませんでした」
男性は、恥ずかしそうに頭を下げた。
この様子だと、やはり浮気ではないようだった。
シトラスは二人をソファーに促し、その後の事を聞いた。
一通り話を聞いたシトラスは、「やはりそうでしたか」と言った。
「やっぱりあなたには分かっていたのですね、探偵さん。それならそうと言ってくれれば良かったのに」
「言ってしまったら、僕が秘密していた意味が無くなるだろう?」
「あ、それもそうね」
「探偵さん、お世話になりました」
「私の早とちりのせいでお手を煩わせてしまって申し訳ありませんでした」
シトラスは、「お構いなく、仕事ですので」と言った。
こうして今回の依頼は解決した。
彼にとって、この程度の依頼は何でもなかったようだった。
特に疲れた様子もなく、彼はワークデスクに向かい、昨日の読みかけの本を手に取った。
その時、彼はこうつぶやいた。
「懐かしい記憶だった」
彼は栞の挟まれたページを開き、静かに読書を始めたのだった。
チャーリーチャップリンの酒言葉は、信じる恋。