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魔法使いの国で無能だった少年は、魔物使いとして世界を救う旅に出る  作者: ムーン
第四十八章 正義を滅ぼす魔性の王とその下僕
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取り込む度に変わる心

・正義の国




白い翼に雷属性の魔力を溜めて輝かせ、その魔力を全て鉄片に流し込み、ガブリエルを狙って構える。充電は完了だ、いつでも辺り一帯を吹っ飛ばせる荷電粒子砲を撃てる。


『神様! やって!』


ルシフェルが光を溜めた黒翼でガブリエルを包み込むように捕まえた。水で人間の肉体を型どっているだけのガブリエルはすぐに逃げるかと思われたが、普通の人間のようにじたばたと暴れるだけだった。


『無駄だよガブリエル。私の抱擁から逃れられる天使はいない』


どうやら物理的な拘束ではないようだ。ルシフェルなら彼女ごと撃ち抜いても罪悪感はさほどない、お言葉に甘えて撃つとしよう。


『さぁ……その魂喰わせろよっ!』


眩い光が放たれ、次いで大破壊と熱に襲われる。視覚を再生させた頃には周囲に生き物の姿はなく、建物も跡形がなくなっていた。


『やった……! かな?』


もう僕以外に人影はない。魂はどこだ? 魂まで消してしまったか? 天界に戻ったか? しまったな……ここで取り込みたかったのに。


『よっ……と、神様、どう? 倒した?』


影からルシフェルが這い出てくる。どうやら寸前で影に潜って躱していたらしい、流石と言うべきだな。


『多分倒したんだけど、魂がどこにあるのか……? けほっ……な、何、なんかっ……息が……』


『……神様?』


肺が膨らむような感覚がある。腕や顔に火傷が現れる。


『やばいっ、肺が……』


咳き込むと地面に血が撒かれた。痛覚を消しているせいで気付くのが遅れたが、もう肺は破壊されたようだ。酸素が体に回らず、頭がぼうっとして手足の動きも鈍る。


『あっ……! 神様! ガブリエルは水で体を作ってたんだ、放射能がばらまかれても熱線に曝されても、物質が消滅する訳じゃない、気化しただけなんだ! 高熱の気体が神様を覆ってる……!』


何が言いたいのか上手く働かない頭では理解出来ず、ただルシフェルを睨んだ。


『……ガブリエルは神様の体内に入り込んで内側から破壊する気だ! 外側からも……かもしれないけど』


『ここに、居るんだね? 僕に……触れてる』


『ぁ、あぁ! それは間違いないよ。どうしよう神様、神様ごと……なんて私にはできないよ』


破裂してしまったのかもしれない肺を掴むように服の上から胸を掻き毟り、願う。


『ガブリエルっ……自分についてっ、全部忘れろ!』


そう叫んだ瞬間、気道から水が噴き出た。吐き出した水は僕の目の前でスライムのように形を変えてはいるが、攻撃してくる様子はない。僕はその水の中に手を突っ込み、水の中に浮かんでいた透明の真球を奪い、丸呑みにした。


『……っ、く…………ふぅっ、取り込めた』


地面にシミを残すことすらなく水は消え、自分を再生させた僕はルシフェルの手を借りて立ち上がった。


『やったね神様! 四大天使のうち一人を倒したよ!』


『…………よし、力の使い方は忘れてない。僕が消した記憶は霊体に記録されてたみたい……って言うか、そっか、体を水にできる訳じゃないのか……』


雨雲から滴るのを待たなければならないザフィエルの力より容易に水を生成できるが、その水を操ることしかできない。自力で氷や水蒸気に変えられる訳でもない、しかしそれでも汎用性は抜群だ。


『水で分身を作るくらいはできるんじゃないかな?』


『作っても今のところは目の届く範囲でしか動かせそうにないよ……それもかなり集中しないと崩れちゃう。にいさまみたいなのは無理。テレパシー系の力があればいいんだけどね』


期待が高過ぎただけで十二分に便利かつ強力な能力だ。


『さ、て……悪魔達はまだかな……うーん…………まぁいいや、先に始めちゃおう。ルシフェル、お願い』


ルシフェルが王城の上空に上がると足首に繋がる鎖が引っ張られ、僕も着いていく選択肢を迫られる。仕方なくルシフェルを負って彼女の隣で完全に透過し、彼女の攻撃の巻き添えを防ぐ。


『ふ……ふふっ、あっははははははっ! きもちいっ……これ最高だよ神様! 私がずっと嫌いだった人間共が、蒸発してくっ……! これだよ、神様、私がずっとやりたかったのはこれなんだ!』


禍々しい黒の翼から光が放たれ、地上に降り注ぐ。

ルシフェルの首輪と僕の足枷を繋ぐ鎖を拾い、この国だけだぞと命令を込めた魔力を送る。


『分かってるってー……ん? 来たね……人間好きの偽善者様が!』


十二枚の黒翼からの光が消え、雲よりもなお高くから突っ込んできた天使を蹴り飛ばす。


『ルシフェルっ! あなたは何も分かっていない、あなたは天使の役割を分かっていない! 私達は人間を守るために存在している、神様がそう望まれたんだ!』


僕とルシフェルによって破壊された王城だった瓦礫の山にめり込み、即座に立ち上がり、大きな翼を広げて叫ぶ。その水色の髪は非常に長く、優しげな黄色の瞳は敵意に満ちてルシフェルを射抜いている。

見覚えがある──あぁ、そうだ、ラファエルだ。僕は透過を解いてルシフェルの隣に浮かんだ。


『ふふ……私の神様が望んだのは敵の虐殺さ』


『魔物使い……君…………私は、君を信じたかった。君の良心を、君の愛を……君も人間だったなら私が救ったのに……どうしてそんな!』


『……人間だったら救った? バカ言うなよ……虐待からも、虐殺からも、お前らは救ってくれなかった。魔物使いだからって殺そうとしてきただけだ!』


まだ人間だった頃、既に消えてしまった時間、僕を兄の虐待から救ってくれる人は現れなかった。魔法の国を滅ぼした虐殺から僕を救ってくれたのは──!


『僕のアルの存在を否定するお前らなんかの存在は僕が否定してやる、この魔性の王はアルの幸せの邪魔になるモノ全て潰す! 次は……お前だ!』


合成魔獣だからと、生き物の腹から生まれていないからと、アルの感情も意思も無視して禁忌だと決めつける創造神の一派など消えるべきだ。


『ルシフェル、やって』


鎖が邪魔にならないよう、彼女の翼を掴んで振り回されてやる。そうすればルシフェルの素早い動きを追いかけなくてもいいし、彼女の攻撃を阻害してしまう事故の可能性が低くなる。


『……あっはははっ! ラファエル、ラファエルっ、お前は戦闘特化じゃない……私には絶対適わない!』


『だと、しても……人間を殺すあなたは見過ごせない!』


ラファエルの力は確か『癒し』だった。ラビエルと被るが──ラビエルの力は欠損は治せないが、ラファエルの力は欠損も再生させられたはずだ。今もルシフェルの手に引きちぎられる腕や剥がされる皮を再生させ続け、何とか立っている。まぁルシフェルが遊んでいるというのが一番の原因だけれど、この再生速度はバカにできない。なかなか便利そうだ、欲しいな。


『ほ、ら、ほっ……らぁっ! ねぇねぇどうしたのぉラファエルぅ、そんなんで君の偽善は通せるのかなぁ? 戦えない訳でもないのに、どうして反撃しないのかな? そんなじゃ盾にもなりゃしない!』


ルシフェルがわざと反撃の隙を与えてもラファエルは何もしない。


『ラファエル……? 君、風とか使えなかったっけ? 水もちょっと行けたよね? 何してるの?』


『…………堕天使と話すことなんてない』


『あ、そう……私も天使と話すようなことはない!』


激昴したルシフェルはラファエルの側頭部を殴打する。瓦礫の山に叩きつけられた彼は頭部を失っていた。ルシフェルは興味を失ってしまったようなので魂を取ってしまおう。

頭部再生中のラファエルの傍に屈み、胸元に手を沈ませて魂を探る。ラファエルの腕が持ち上がったので反撃を警戒したが、彼は僕の頬を撫でた。


『私の、半分は……既に君の元にありますね』


『…………半分?』


『私は滅多に下界に降りられない……だから、人間を癒すため……分けた。天界に送られた人間の魂を使って、人界で人格を育てたせいで……金の亡者となってしまいましたが、それでも……多くの人を救えた』


『……ラビエルのこと?』


弱々しい微笑みは肯定の意なのだろうか。顕現を分ける神なら見たことがあるが、天使が似たようなことをするなんて。

しかしラビエルとラファエルに能力以外の関連性はない、分身だなんて信じられない。


『子供のようなものですよ。まっさらな天使をゼルクに預け、まっとうに育てるよう言って……ああなってしまった。けれど……還ることができたなら、きっと幸せだったのでしょう』


彼女は同意して僕に取り込まれた訳ではない。

ラファエルの胸元に沈ませた手に何かが触れて、手を引き上げると真球が握られていた。


『魔物使い……私達は、全ての人類を救えなかった。悪人は生まれてしまうし、別の神を信仰する者を許す訳にはいかないし……私はとても苦しかった』


『そう、じゃあ、よかったですね。僕に取り込まれれば何も考えなくてよくなりますよ』


『…………頼む、魔物使い……どうか、正しく……あって』


魂を僕に飲み込まれて消える寸前まで僕の頬や頭を撫で、何かを懇願していた。彼が完全に消えるまで彼の要求が分からなかったけれど、消えた瞬間に全て理解した。


『ぁ、あっ……ぁあっ…………僕、何してっ……』


『神様? どうかしたかい?』


『さ、さっき……何人、殺し…………え? なんでっ、なんで僕、人を殺してっ……違う、僕は、平和な世界を作りたくて、違うっ、アルに笑ってて欲しくて……なんで、なんで人殺してんだよ僕っ!』


『神様……? どうしたんだい急に……敵なんだから消して当然さ』


きっとラファエルを取り込むべきではなかったのだろう、彼の最期の反抗だったのだろう、僕は彼の慈愛まで取り込んでしまった。

今までに殺した全ての人を想いながら、心のどこか冷静な部分がため息をつく。

アルの恐れていたことはこれだ。ただ一つの魂でこれだけ考えが変わる──僕はもうアルが愛したヘルシャフト・ルーラーではないのだ。

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