神の雷光、蜘蛛の剣光
・竜の里
エレクトリック・ギターの音色なんて獣人も亜種人類も吸鬼も竜も聞いたことがなかった。当然だ、科学の国でしか生産されていないのだから。
『……へへ、集まってきた集まってきた』
ラミエルは速弾きを披露して更に観衆を引きつける。天使が敵だとよく分かっていない竜達がどんどんと前に出る。だが、獣人と亜種人類、それに吸鬼は天使が敵だとよく理解していた。ある者は悲鳴を上げ、またある者は逃げ、またある者は魔物使いへ知らせに走った。
「何してるのグズなトカゲね! 早くその喧しい音を止めなさい!」
観衆の最後尾で台に昇っていたオオルリアゲハの亜種人類──瑠璃がそう叫びながら竜の尾を踏みつけた。
『きゅるっ? きゅぅ?』
竜は違和感を覚えはしたが振り返ることなく軽く尻尾を振り、瑠璃を転ばせた。
「瑠璃様! 瑠璃様、ご無事ですか」
「瑠璃様、頭を打ってはいませんか」
「平気よ! 全く……どいつもこいつも…………逃げるわよ、どうせあの天使も私達を狙ってるに違いないわ」
瑠璃はラミエルが自分達を商品にするためにやってきたと確信し、お付きの同種族達を数人引き連れてその場を離れた。
『会場もあったまってきたなぁオイ! さーて、この俗界の磁場やらも解析できたことだし……へへっ、見せてやんよ、俺様の奥義をなぁっ!』
演奏が佳境に入るとラミエルは大きく翼を広げ、全身を輝かせた。ギターに聞き入っていた竜達もバチバチと弾けるような音には怯え、僅かに後ずさる。
『ドデカトカゲ共……荷電粒子砲って知ってるか?』
近場にあった岩石を踏み壊し、目にも見えないような破片に電気を帯びさせ、自身の周囲に浮かばせる。
『てめぇらを原子崩壊で消しちまって、電磁波だの放射線だのばらまいて、辺り一体の空気を爆発させちまうコエーもんだよ。科学の国じゃあ直進させんのムヂュカシーって泣いてたが、神力で調整すりゃ思うままよ。ま、神力使い過ぎるから滅多打ちはできねぇのが難点かな』
高音の締めと共にラミエルの翼から無数のビーム状の破壊の光が放たれる。竜を筆頭に観衆を狙い四方八方に撃たれた光は突如として曲がり、反転し、一本に収束して打ち消された。
「……っ、げほっ、ごぼ…………はぁっ、はぁっ……あ、あっぶな……」
目を閉じている間に更地になると確信していたラミエルは目を見開いて驚いた。彼の技を収束させて打ち消したのは趣味の悪い装飾がなされた盾だった。
『…………何モンだてめぇ』
蛇と女の顔が彫刻された盾の影から現れたのは、フラフラと立ち上がったのは、血まみれの青年だった。
「神降の国……第二、王子…………げほっ、げほっ、……ふぅ。俺は……ヘルメス。神具使い……だ」
『……なんでこんなに竜以外のんが居るかと思ったが……なるほどな、魔物使いは既に竜の里に入って、ここでコソコソ軍備整えてたって訳か、魔界より天界の目が届かねぇからなぁ、そりゃいい選択肢だ。しかし神具使いとの連合となると……面倒臭ぇことになるぞオイ』
原則、天界と魔界のパワーバランスは同等で、だからこそ人界が人界のまま保たれている。しかし別世界の神々に力を与えられた人間である神具使いがどちらか一方につけば、当然バランスは崩れる。
『神具使いが何人居るのか知らねぇが……ま、何もしなくても一匹は減りそうだな?』
口と鼻からボタボタと血を流し、血の涙が目に染みて顔を顰め、肩で息をしているヘルメスは、誰がどう見ても瀕死だった。
「どうやって入ったか、は……知らない、けど……みんなに危害を加える奴は、容赦、しない……」
攻撃を防いだことで最初は歓声を上げた観衆だったが、ヘルメスの様子を見ると希望を捨ててしまった。しかしヘルメスは盾と剣を引きずり、ラミエルの元へと歩んだ。
『……へっ』
ジャン、と短い和音が鳴るとラミエルの翼から一筋の紫電が走り、ヘルメスの方は向かったが、彼の体の横に引きずられる盾の中心に吸い込まれて消えていった。
「アイギスの盾……そのまま、ペタトス……本領、発揮っ……!」
どんな物だろうと豆腐のように切ってしまえる剣の神具、ペタトス。よろよろとそれを振り上げ、ラミエルへ振り下ろす。しかし剣はラミエルの指二本で防がれてしまった。刃の部分を当てなければどんな切れ味も無意味だ。
「ぁ、あっ……? あれ……?」
とうとう立っていることもできずに膝を折って座ったヘルメスは、剣を持ってはいたがラミエルの指二本に勝てずに剣を離してしまった方の手を目に当てた。彼の目にはもう光がなかった。
「な、何……? なんで、急にこんな暗く……」
『…………失明したのか? カーイソーに……よぉっ!』
ラミエルはヘルメスの叫び声を聞こうと、弱い攻撃を繰り返して嬲り殺そうと蹴りを放った。しかしラミエルの身体は彼の意思ではなくぐりんと回転し、盾を蹴った。
「……剣も、持てなくて……げほっ……はぁ、はぁっ……目も見えないなら……アイギスの盾に、全てを注ぐ。お前の攻撃は誰に向けたものでも必ず、この盾と僕が負う……がはっ、ぁ、はぁっ、はぁ……」
『ご丁寧に説明どうも!』
ラミエルは思いっきり盾を蹴ったが、足の爪が割れたのを感じて足を休めた。
「みんなは、今のうちに……」
守った観衆が生き残らなければ守った意味がない。守った観衆が生き残らなけれは英霊になれない。
ヘルメスはそう考えて観衆に向かって逃げろと呟いた。しかし──
『……っ!? ぶねっ……っと、わ、ちょっ……!』
ヘルメスの耳には複数人が剣を振っているのだろう剣戟が聞こえてきた。
「な、何して……げほっ、げほ……は、早くっ、逃げろって! 俺、いつまで持つか……ぅ、ぉえっ……」
咳き込んで口を押えたヘルメスは自分の手に乗った粘っこい血を払い、盾をぎゅっと掴んだ。
『逃げんなちくしょぉおっ! クソっ、どけっ……あぁもう!』
ラミエルは逃げていく観衆を追おうとするが、素早い十本の剣を避けるのがやっとでろくに動けない。反撃は全てアイギスの盾に吸い込まれてしまうし、ラミエルには避けることしか許されなかった。
「安心しろ神降の国の王子、民は皆逃げている」
「君もっ、げほっ……に、げ……」
「その盾には逃亡を阻止することもできるのか? 攻撃を無効化する力の射程距離は? 逃げる民を追われたらあなたに対応できるのか?」
「……でも」
「私への攻撃はあなたが無効化してくれる。私も王として民を守る使命がある。共闘しよう、王子」
ヘルメスは彼の声に聞き覚えはなかった。明らかに数人の剣戟の響きにも関わらず、話しかけてきているのが一人だということに疑問を抱いていた。ヘルメスはラミエルと対峙している男が十刀流だと想像できなかったのだ。
『んっ……の、蜘蛛男っ! 武芸の国でもてめぇには手こずらされた! あん時の恨みだ、てめぇだけはぶっ殺してやる!』
冷静さを失ったラミエルの雷撃は盾に吸い込まれる。ラミエルと対峙する男──ウェナトリアは身体を捻って二本の腕と八本の蜘蛛の脚に持った剣でラミエルを切った。
「……浅い」
『いってぇなぁクソムシがっ!』
「…………私は蜘蛛だ、虫ではない」
『蜘蛛は虫だろうが!』
「……学のない天使様だな」
八個の瞳の下、ウェナトリアの口が三日月形に歪む。激昴したラミエルは彼に向かってギターを振り上げる。ギターによる打撃を吸収するために盾がラミエルの体ごと回転させる。盾の性質をこの数分で理解していたウェナトリアはそれを狙っていた。
「足高蜘蛛十刀流……荒舞!」
体を回転させられてバランスを崩したラミエルを十本の剣で滅多切りにし、辛うじて人型を保った血まみれの肉塊を見下ろす。
「え……? て、天使倒したの……? やば……強いね、誰か知らないけど……はは、技名なんか叫んじゃってさ、ノリノリじゃん……」
盾を使う必要がなくなり、呼吸が落ち着き始めたヘルメスは途端に饒舌になる。そんな彼とは真逆にウェナトリアはどんどんと呼吸を荒くしていた。
「…………大丈夫?」
ヘルメスには見えていないが、ウェナトリアの口は三日月形に大きく裂け、唾液を溢れさせていた。




