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番外編 征服者たる兄

魔法使いの国で神童と謳われた青年は、故郷を見限って知を究める旅に出た

・魔法の国




魔法の国が滅びる二十年以上前、とある家に男の子が生まれた。

慎ましく生活していた女と男は、念願の子供にとても喜んだ。

男の子はすくすくと成長し、学校に行く歳に。

だが、男の子は学校を一年と経たずに辞めてしまった。

男の子は、こう言った。


「あんな馬鹿共とダラダラ……やってらんない」


誰にも聞こえないように呟いた。



神童だとか天才だとか、そんな言葉では表せないほどに男の子は素晴らしい才能を持っていた。

だというのに男の子は謙虚で、誰に対しても分け隔てなく、優しく、微笑んで接した。



完璧の言葉が似合った。

そう、男の子は完璧に自分の本性を隠していた。



自分よりも優れた者はいない、幼くして悟ったこの世の真理。

両親が自分に劣っているというのは子供心にショックでもあった、だが同時に自らの素晴らしさを確信した。

様々な本を読み漁り、魔法の研究を続けた。

古代魔法は解読不可能と言われているだけあって読み応えがある、なんて楽しみながら。


男の子が六歳になった頃、家にもう一人子供が生まれた。

その子供も異常な量の魔力を持っており、男の子と同じく天才だろうと言われた。



男の子も期待した。



生まれて初めて自分と同格の人間を見つけた、ましてやそれが弟だなんて! なんて素晴らしい!

弟として、相棒として、好敵手として、生涯をかけて愛し抜いてやろう。そう決めた。


「話せるようになってー、文字が読めるようになってー、魔法を使えるようになったら、お兄ちゃんがいーっぱい教えてあげるからね」


あぁでも、自分と同じなら教授なんて必要ないかな。

楽しみだった、待ち遠しかった。

弟の成長を何よりも誰よりも喜んでいた。

それが全て裏切られるなんて誰が予想出来たのだろうか。


「…………嘘。やだなぁ、冗談キツイよ」


学校を一日で辞めさせられた弟が、ベッドの上でシーツにくるまって泣いていた。


「僕の弟なんだよ? 魔法が使えない訳ないじゃないか、何かの間違いだって、ね?」


柔らかい絹を通して、震えが伝わった。

両親は「何度もそう上手くは行かない」と言って弟を諦めた。

「兄が出来た子だから大丈夫」そう言って弟を閉じ込めた。

確かに弟は何もしなくても生きていけるだろう、一生家から──部屋から出なくたって生きていける。

兄である僕は天才なのだから、いくらでも養える。

……そういう問題じゃない、そういう問題じゃないんだ。


「ね、顔見せてよ。僕が見てあげるから」


眼球に魔法陣の刺青を施して、魔力を目で見えるようにした。

視力は下がっただろう、だがこれは弟のためだ。


「……やっぱり、ほら、魔力はたっくさんあるよ。凄いよ、僕と同じくらい」


「…………ホント?」


「ほんとほんと、僕が嘘ついたことある?」


「ない……と、思う」


潤んだ瞳で縋るように僕を見つめた弟は、何よりも愛おしく思えた。

弟にかけた言葉は嘘ではない、本当に僕と同等の魔力を持っていた。

ただ、少し、なんというか──色? が違うような。


まぁ、とにかく、魔力があるのだから問題ない。

魔法を使えないなんてのは、やはりただの間違いだ。

きっと無能教師共の教え方が悪かったのだ、完璧な僕が教えればすぐに覚える、すぐに使える。


そう思っていた。


「これも、ダメ。こっちもダメ、これは……っと、一昨日試したね」


弟は一つも魔法を使えなかった。

こうなれば……と、弟に直接魔法をかけて体を操り、無理矢理使わせようとした。

だが、それも上手くいかない。

弟の体を操った感触は、気持ち悪いの一言だ。

魔力があるのに外に出せない、出し方が分からない。

もどかしい、気持ち悪い、あるのに使えないなんて。


「なんでだよっ! なんで、なんで……ありえない、こんなのありえない!」


弟に試して意味のなかった魔法を載せた本を燃やす。

弟に試して意味のなかった秘薬を粉々に砕いて消す。

それらを売った店を、人を──いや、何もしていない。

"完璧な"僕がそんなことする訳ないだろう。

何も、していない。

そう装ったら、誰も気づけないはずだ。


「ありえない、僕の弟なのに、出来損ないなんてありえない」


部屋から物が消えた、消した。

目に入る物全てを壊して、僕はようやく落ち着いた。

そして自分の言った言葉を反芻した。

出来損ない? 誰が? 弟が?


「……にいさま? あ、僕……ごめん、なさい」


僕によく似た顔で、部屋の隅で泣いているこの子は出来損ないなのか。

少なくとも両親は──この子を知る僕以外の人間は皆そう言っている。


「僕、僕は、なにも……できない、ごめんなさい」


やめろ、言うな。

何も出来ないはずがないんだ、僕の弟なんだから。


「ごめ……うっとおしい、ね、僕。ごめんなさい、にいさま。にいさまみたいになれなくて、ごめんなさい」


謝り続けるこの子は僕のようになれないのか。

兄様と呼べと、生まれた時から教えてきた。

初めての言葉は「にいさま」だった、教えたから出来たんだ。

そんな弟が、出来損ない? 違う、教えれば出来るんだ。

今だって呼んでいる、「にいさま」と、それは僕が教えたからだ。

教えたから出来ているんだ、この年まで反抗期もなく僕に懐いているんだ。


「やれば、出来る子。そうだよね?」


最後の希望をかけてそう尋ねた。

弟は涙を溢れさせて、首を横に振る。

震える声で言葉を紡ぐ。


「できない、できないんだよ、僕、にいさまみたいにできない。やってもできない、なんにもできない、もう……やめてよ。僕にはできないんだ」


もうやめて? 何を? 魔法を教えるのを? 期待するのを?

出来ない、弟は何度も何度もそう言った。

ずっと伝えていた、ずっと泣きながら僕に訴えかけていた。

理解が遅かったのは僕の方だ。


「…………そう、分かった」


ずっと前に言うべきだった言葉を聞いた弟は、涙を拭って微笑んだ。

何度も「にいさま」と呼んで、僕に抱きついた。

きっと嬉しかったのだろう、ようやく自分自身を見てくれたと勘違いしたのだろう。

僕の重すぎる期待は弟をずっと苦しめてきた、見捨てられるのも嫌なくせに期待されるのも嫌だったなんて……なんて、勝手な奴。


そっと頭に手を置くと、撫でられると信じて僕を見上げた。

これからは無茶な教育や過度な期待は消えて、普通の兄弟みたいに暮らせると思っているのだろう。



普通に、遊んで、普通に、笑って?



僕は普通じゃないのに、弟もこの国では普通じゃないのに。

馬鹿なことを考えるんだな。


「何笑ってんだよ、この出来損ない」


両極端な兄弟が、普通の兄弟みたいに暮らせる訳ないじゃないか。


「……にいさま?」


「離せよ! このっ、無能! ふざけるな! 僕の弟のくせに!」


頭に置いた手は撫でるための手ではなく、髪を掴んで痛めつけるための手だ。

手も、足も、魔法まで使って弟を''教育''してあげた。

騒ぎを聞きつけた両親は僕を止めようとしたけれど、無駄だった。

少し気を失わせて、少し記憶を奪ってしまえば、元通り。

僕は出来損ないの弟にも優しく接する出来たお兄ちゃんだ。


「いたい……いたい、よ。やめてよ、にいさ……やだ、やだぁ!」


「……僕の言うこと聞いたらやめてあげる」


「きく! なんでもきくからぁ!」


「……じゃ、静かにして」


さっきまで痛い痛いって喚いていたくせに、僕の言葉で途端に泣き止む。

無理矢理止めようと擦った目は後で真っ赤に腫れ上がるだろう。


「ふふ、よく出来ました。やっぱり出来る子じゃないか、言えば出来るんだ」


少し頭を撫でてやれば、嬉しそうにする。

さっきまで自分を殴っていた手だと理解出来ているのか?

いや、出来ているわけないか、馬鹿だもんね。


「……魔法はもういいよ。僕の言うこと聞くならね」


「ちゃんと、きく」


しゃくりあげながらもはっきりと答えた。


「そう、いい子。僕の言うこと聞くなら弟として可愛がってあげる。ちゃーんと僕の言うこと聞くんだよ? 君みたいな出来損ないが誰かに愛される訳ないんだから」


「………うん」


「そう、君みたいな出来損ない、誰も愛さない。でも僕の言うこと聞くなら僕だけは君を愛してあげるよ? なら……どうすればいいか、分かるよね?」


「にいさまのいうこと、きく」


怯えた目で僕を見つめる、その目には期待も混じっていた。

当然だ、唯一の愛情が手に入るかどうかの瀬戸際なのだから。


「あぁ……そう、そうだよ。僕の言うこと聞くんだ。なんでも僕の言う通りにするんだ」


弟を愛して、時々しつけて、もちろん魔法の研究も忘れなかった。

そして十八歳になった時、魔法の国で手に入る知識はなくなった。

魔法を全て修めた僕は、魔法以外の術を知りたくなった。

魔法以外の術の知識は魔法の国ではほとんど手に入らない。

だから僕は魔法の国を出た。

元々一生をこの国で過ごす気もなかった、こんな進歩をやめた国、緩やかな滅亡を待つだけの国。

大嫌いだ。


「……いい? 僕が帰ってくるまで家で、ううん、部屋で待ってるんだよ」


「わかった、にいさま」


弟が十五歳になったら迎えに来よう。

そう決めた。

十五歳、そう十五歳になれば親の許可なしで外国に行ける、身分証が作れる。

それまではこの腐った国に弟を隠しておこう。

長くなる約束にも二つ返事をする弟は、本当に愛しい。


「ふふ、いい子だね、ヘル」


そう言って弟の頭を撫でて、国を出た。

三年後の誕生日に迎えに来ると約束して。





その時は来なかった。

三年後、僕は約束を破って誕生日前に国に戻った──といっても数ヶ月しか変わらないのだが──そう、丁度くだらない収穫祭だかをやっている頃だ。


何故か? 待ち切れなかったなんてそんな理由じゃない。


滅びたと聞いたからだ。

魔物に滅ぼされたと聞いて、すぐに戻って、弟を探して──血溜まりの中に両親を見つけて。

両親の残骸を見ても僕の心は動かない。

それには少し、自分自身に失望に似た感情を抱いた。

だが、当然とも思えた。

僕の両親は僕が生まれた時から、僕以下の力しか持っていなかったのだから。

そんな人間のために裂く心なんてない。


僕が何よりも心を痛めたのは、死体の欠片たちの中に弟がいなかったこと。

きっと、頭からつま先まで丸ごと喰われてしまったのだろう。


「……僕の、なのに。僕の弟なのに。僕の物なのに! 勝手に、喰いやがって!」


行き場のない怒りは魔法となって残骸と焼け跡を壊した。

家と人の残骸も、あらゆる痕跡が消滅した。


ちょっとヤバめなお兄ちゃんの本編登場はかなり後です、お楽しみに!

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