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銅獅子の解決策

・お菓子の国




お菓子の国の国土は広い。だが、その広い国土全てに人が住んでいる訳ではない。よほどの理由がない限り、港の近くや川沿いなど水源の近くにしか人は住まない。

ヘルが宿をとった港町から少し離れた岩山、その洞窟の奥にアルは居た。夜までに帰るという約束を反故にし、飴でできた岩壁にその身を預けていた。

あるモノを待っている。それが来るのは昨日の昼過ぎだった筈だと腹を立て、焼け焦げた尾が壁を砕く。


『よぉ、兄弟! 元気か! 違うな! ハハハッ!』


赤銅色の翼を生やし、同じ色の鬣を自慢げに揺らす獅子──カルコスが明るい声とともに洞窟の外に降り立つ。


『遅い』


『そう言うな兄弟、色々と面倒でな』


飴でできた岩に食いつき、乱雑に噛み砕きながらため息をついた。


『不味いな、まぁ所詮は岩という事だ』


『……よくそんなものを喰うな。いや、それより……分かったのか?』


『ん? んー、ああ、完璧だ』


そう言うとカルコスは長い尾に絡ませていた本をアルに投げ渡した。


『書物の国の本か……なんだ、随分真面目にやったんだな』


『ああ、褒めろ』


『ああ、褒める。よくやったなカルコス』


気持ちの入っていない褒め言葉にも自慢げに鼻を鳴らし、赤銅色の翼を広げる。アルはそんなカルコスに呆れた目を向けつつ洞窟から這い出した。

その本は書物の国に置かれたお菓子の国の歴史書。アルは前足で器用にページを捲り、『お菓子の国の成り立ち』の項を探す。



元々この大陸は菓子で作られてなどいなかった。なら何故こうなったのか。答えは単純明快、呪いだ。


とある悪魔の呪い、『暴食の呪』。


大陸を覆うこの呪いを解くことは不可能、この呪いの存在を知っているのは人間では国連の上層部だけ。混乱を避けるためだとか言って、呪いについては国民には知らされない。

何故そんな呪いがかけられているのか? それは悪魔の短絡的な思考ゆえ。


ある悪魔は考えた、腹が減ったが人を捕まえるのは面倒だと。

ある悪魔は考えた、人から来てくれればいいのにと。


そして思いついた、この大陸を全てお菓子にしてしまえば人は集まるし、良く肥えるのではと。

そして実行し、成功した。悪魔はよく太った人間を選り好みして喰い始めた、今もなおそれは続いている。


『なるほど、頭良いなぁ』


『カルコス……?』


『冗談だ。しかし……腹が減ったな』


カルコスは周囲に生えたチョコの木を尻尾で巻き取り、口に運んでいる。そしてその度に味が薄いだの苦すぎるだのと文句を言っている。


『それには同意だ。ここに来てから腹が減って仕方がない、肉が喰いたい』


『ここの菓子はやめといた方がいい。呪いの産物だ、余計に腹が減る』


『分かっているなら何故喰う?』


『我には呪いは効かん、そういう造りだ』


『……効いているだろう』


異常とも言える飢餓も呪いだ。

人間を肥らせる為には飢えてもらわねば、という考えから出来たモノ。海水と砂糖水の境界からその呪いは始まる。


『それよりもだ、兄弟。その尾、もう少し気をつけた方がいいな』


『………尾?』


尾の黒蛇に彫られた愛しい主の名(Herrschaft)が赤く輝く、焦げる匂いが辺りに漂う。傷痕からはドロリと赤黒い液体が垂れ、地に落ちて煙を上げた。アルはあまりの痛みに尾を岩壁に叩きつけるが、そんな事で解決する訳もない。


『契約違反だ、アルギュロス』


『違反……? 私が何をした!』


昨日も同じ事が起きた。だがアレの原因は分かりきっている。空腹に負けてヘルを襲った、だが今は何も──!


『知らん、あのガキが原因だろ』


『……ヘルに、何かあったと?』


『我が知る訳あるか』


焼ける痛みに耐えきれず尾は地に落ちる。

痛みに呻くアルを見下して、カルコスは上機嫌に尻尾を揺らすと、踵を返して飛び去った。


『……薄情者め』


舌打ちと悪態を捨てて、ゆっくりと這いながら港町へ向かう。ヘルに何かあったのなら今すぐに向かわねばならない。だが、アルの翼は水を垂らした綿飴のように崩れ始めており、飛ぶことは出来なかった。




砂糖水のシャワーを浴びて、朝食のお菓子を食べて、ベッドに寝転がって外を眺めた。予定と違い牧場の仕事は昨日で終わってしまった。今日は何もやることがないし、やる気もない。

アルが居ない。帰ってこない。昨日の夜には帰ると言っていたのに。水飴の窓は開け放してある、アルが空を飛んででも帰ってこれるように。でも、まだ、窓枠は軋まない。アルと会うまではずっと独りだったのに、独りが酷く寂しい。


「……アルの嘘吐き」


広いベッドの上で胎児のように丸まり、堪えきれずに涙を流す。その時だ、ガシャンッ! と窓の方から大きな音がして、アルが帰ってきたと思い、慌てて振り返った。そこには窓枠に嵌る獅子の姿があった。


『狭いっ、狭過ぎるぞ! 翼がっ……狭い!』


あの獅子には見覚えがある。

魔法の国を出た後、僕を喰おうとしたあのキマイラだ。確か……カルコスだったか。


『おい! ガキ! なんとかしろ! 翼が引っかかって入れん!』


「い、嫌だよっ……僕を食べる気だろ!」


『…………ああ、そうだとも! 兄弟の居ない今が好機だと睨んでなぁ……しかし、抜けん! 鬣も引っかかったぞ、進むことも退くことも叶わん! 何とかしろ!』


「嫌だ、アル……! 助けて……」


部屋を飛び出し、階段を転がり落ちる。宿の客に変な目で見られたが、今は人目を気にしている場合ではない。

宿の外から、二階の角部屋……僕の泊まっていた部屋を見る。赤銅色の巨大な翼がもがくように揺れている。その様はお菓子の国の人々をパニックに陥れるには十分過ぎた。逃げ惑う人波に揉まれて転び、踏まれた。人の群れが行き過ぎ、体の痛みを堪えて起き上がると、目の前に牙が迫っていた。


「ひっ……や、や め ろ!」


『……ほぅ? 前よりも成長したな』


不服そうな目で僕を睨みながらも、カルコスは前足を揃えて行儀よく座り込む、翼の前にはまった窓枠が間抜けだ。


「……アルは何処? 知ってるよね……君なら、分 か る よ ね」


『ふん! 我が知る訳……ある!』


「知ってるの? どこ? 無事なの?」


無理矢理返答を引き出されたことにかなり苛立った様子で一声吼えた。そして次の問いには答えずに立ち上がり、襟首を咥えた。


「ちょ、ちょっと! 首、絞まっ……」


そのまま翼を広げ、勢いよく飛び立つ。アルとは違う乱暴な飛び方に目を回す。何度か屋根にぶつけられながらも高度をあげ、港町を離れていく。

ビリ、と頭の後ろで嫌な音。咥えられた服が悲鳴をあげ始めた。カルコスがそれに気付いた様子はない。


「ねぇ、ちょっと……これマズいんじゃ」


話しかけるために僅かに上を向いた、これがまずかった。服は一気に破れ、僕の体は宙に投げ出された。カルコスはその様を一瞥し、旋回しつつ高度を下げる。僕を助けようとはしていない。

後ろ向きに落ちているせいで正確には分からないが、かなりの高度のはずだ。下はなんだ? 川や湖なら助かるかもしれないが、地面なら? もし岩があれば?

僕はここで死ぬのか。反射的に固く目を閉じる、体が強ばって一瞬が何時間にも感じられた。背中に強い衝撃が走る……が、生きている。地面が柔らかい、いや違う、これは。


「……アル?」


痛む体に鞭を打ち、アルの背から降りる。僕が落ちた真下に居たらしい。僕が落ちるのを見たアルが走ってきたのだろうか。何にせよ僕はまたアルに助けられた。


「アル、ありがとう……アル? 大丈夫?」


頭を撫でて礼を言う。だが、返事はない。様子がおかしい、口を開くどころか目も開けない。呼吸は荒く、耳を近付ければ微かに悲痛な鳴き声が届いた。


「アル! どうしたの? 苦しいの? なんで……なに、これ」


尾が、いや、尾に刻んだ僕の名が、焼けている。


『考えもなしにそんな契約をするからだ! 効力も意味も知らずにな!』


「なに、それ。何か知ってるなら…… 教 え て、アルは大丈夫なんだよね?」


カルコスは僕の腕を尻尾で持ち上げると、アルの口元まで引っ張った。


「なに、するの?」


不機嫌そうに、どこか嘲るように笑うカルコスに不安を覚える。


『この犬を治したいのなら黙って腕を出せ』


「何でもする! 何でもするから……!」


『腕を出せ。それだけでいい。あぁ! 利き腕はやめておけ』


引っ張られた右腕を引っ込めて、左腕を差し出す。


『右利きか、まぁどうでもいいがな』


袖を捲り上げると、カルコスは相変わらず不機嫌そうではあったが嫌な笑みが深くなった気がした。


『あの鬱陶しい声をあげるなよ、ガキ』


腕に焼けるような激痛が走る。

カルコスはその太く鋭い牙を僕の腕に突き立てた。

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