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狡猾な豚に飽き性の天使

・牢獄の国




街で少女達と合流した、あの八百屋に行っていたらしい。

林檎を受け取り、近くの公園で話をする。


「やっぱり、王様は許せませんよ!」


「落ち着けって、誰かに聞かれちゃマズいんだからよ」


雪華は八百屋の男性から留守にしていた間の暴政を聞いたそうだ。

そういえば……あの神父は何もしなかったのだろうか。

彼ならどうにか出来そうなものだが。

熱くなっている雪華に話しかけるのもはばかられ、そっとアルに耳打ちした。


『あの男は外に出んのだろう? 知らないのかもしれん』


そうなのかもしれないと納得し、教会に帰ったら聞いてみようとアルと相談する。

そんな時だ。

僕達の目の前に2メートルを優に超す巨漢が現れた。

巨漢は鉄製の鎧を纏い、槍を持っている。

胸元のマークはこの国の紋章だ。

人に化けた王兵とは目の前の巨漢のことだろう。


「な、なんでふか!」


「落ち着け雪華! 噛んでるぞ!」


「な、何の用ですか!」


王兵は雪華の言葉に答えず、槍を振り上げる。

それを見たセレナは槍が振り下ろさせるよりも早く大剣を振るった。

金属同士の擦れ合う嫌な音が短く響く。


「セレナさん!」


「下がれ雪華、コイツ人間じゃねぇ!」


大剣を受け僅かに後ずさった王兵は、再び槍を構える。

顔の皮が剥がれ、ぶよっとした肌が地に落ちる。

長い間洗っていない風呂桶のような色の豚の顔が現れた。


『オークか、人型の中級魔獣……確かに、兵士としては良い働きをするかもな』


「ハッ、こんな豚敵じゃねぇっての!」


『……ヘル、下がっていろ。一般的には知能が低いと言われているが、実際は違う。非常に知能が高く残虐な奴だ、何を仕掛けてくるか分からん』


アルは僕を木の後ろに隠し、翼を広げて威嚇する。

公園にはどんどんとオークが集まり、少女達とアルを囲った。

オークは僕に気がついていない、カバンから銀弓を引っ張り出し、木の陰から体を半分ほど覗かせる。

銀の光が集まり、矢と変わる。

この矢は鉄兜ぐらいなら貫通する、僕はそう確信していた。

そしてそれは間違ってはいなかった。

断末魔の叫びもなく一際大きなオークは倒れた。





大剣を振るう、オーク達は体をくの字に曲げて吹っ飛ぶ。

アルが尾を振るった際にも同じように飛んだ。

楽勝、セレナはそう確信していた。

そんなセレナとは対照的にアルの顔は暗い、この魔獣の恐ろしさはその体格や残虐性だけではない。


不意に、中心にいたオークが叫ぶ。

兜の形が違う、彼奴がこの兵達の長だ。

何の意味も読み取れないその叫びは、地面に描かれた呪術陣を呼び出した。


「お、おい! なんだよコレ!」


『……魔封じの呪だ、やられたな』


「力が抜けて、立っていられません」


魔封じの呪、その名の通り魔力を封じ込める呪術だ。

魔力が封じられると人も魔獣も体を動かすことすら出来なくなる。

人間なら命に関わる呪いではないが、魔物は長時間この呪いに晒されると命に危険が及ぶ。


「アタシは、魔術なんかに頼ってねぇぞ」


大剣は地に落ち、セレナは膝をつく。

筋力だけで年端もいかない少女が鉄の塊である大剣を振るえる訳がない。

血に混じる魔力がそれを可能にしていた。


オーク達は下卑た笑みを浮かべ、太い鎖を少女達に巻きつけていく。

その時、中心に立っていたオークの長が倒れた。

頭を貫通した銀の矢、オーク達はそれを射った者を容易に見つける。



三つの人間と一つの魔獣を手に入れて、オーク達は気を良くして城に戻る。

彼等にとって長が倒れた事は自分が長になるチャンスでしかなく、悲しみなどないただの幸運であった。





何故、自分を色で呼ぶのか。

作り出した二人にはちゃんとした名前を与えた、役割にあった分かりやすい名を。

リベルタ、無邪気で自由奔放な飽き知らずの人間の子。

ヴォロンタ、自分の意思を何よりも大切にする感情的な鬼の女。

なら、僕は何だっけ。天使、なんて呼ばれたっけ。

……ナカに、何かいるような。顔の無い何かが。


「おや、天使様? こんにちは」


ヘルにした頼み事の進捗を見ようかと牢獄の国に足を運んだ。

街に入れば魔王に勘づかれるかと街外れの教会に侵入し祭壇に腰掛けた、天使なんだから問題無いだろう?


『良く分かるね』


翼も光輪も隠しているのに。

水煙色スプレイグリーンの髪と目をした若い男は僕を天使と見破った。

神父だからこそ成せる技なのか、それともただ単に勘が鋭いだけなのか、はたまた加護受者がゆえか。


「何かあったのかなぁ、単なる暇つぶしってわけじゃないよねぇ」


『派手な見た目の気の優しい少年にした頼み事が気になってね』


「へぇ、天使様って人間に頼み事なんてするんだねぇ」


『僕はちゃんとした天使じゃないからね』


祭壇から降り、裸足を剥き出しのコンクリートに接触させる。

感覚があれば冷たいと言うのだろう、人間にしては神父の力は異常なのだから。


「寒くないかなぁ?」


『生憎そんなものはとうに消えてるよ』


「へぇ、天使様には零の力も効かないんだねぇ」


『その力が通用するのは実体を持った人間と獣だけだよ、覚えておいた方がいいね』


「うんうん、しっかり覚えた」


どこか幼いような、甘ったるい喋り方をする神父の膝の上に腰掛ける。

特に抵抗も嫌悪も見られない、残り少なくなった食パンを少しずつ食んでいる。


『僕みたいな美少女が膝に乗ってるっていうのに……もう少し反応を見せて欲しいものだね』


天使の見た目は人間にとっての美の頂点とも言える。

そういうふうに作られているのだ。

信仰を集める為でもある、美しくもないモノを人は崇めない。


「天使様、女の子だったんだねぇ」


『天使は無性ってのが基本だけどね、見た目はどっちかに寄せてるよ。僕は中間に近いけど今はちゃんと女の子のつもり』


「うんうん、可愛い可愛い、光栄だなぁ」


『調子狂うね、君』


食パン最後の一欠片を飲み込むと神父はナプキンで手を拭き、僕の頭を撫でる。

久しぶりに感覚を蘇らせても、そう面白くはない。

冷たい空気の中、神父に触れている箇所だけに体温が伝わる。

髪を梳くように動かされる手のひらは温かく優しい。


…………つまらない。

もっと欲を露わにすると思っていた。

人間は誰も彼もがそうだから。

美しいモノは自分の物にしたがるから。

その争いを見るのには何百年前に飽きたんだっけ。

予想外の行動は飽きで心を殺しはしなかったが、愉しさを蘇らせてはくれない。


『つまらない、依頼が達成されるまで消えとくよ』


「ばいば〜い、またねぇ」


神父はゆるゆると手を振り、『黒』は霧に溶けるように消えていった。

無音の時間は長く続かない。

教会の扉が勢いよく開き、八百屋の店主が転がり込む。


「おや、こんな所までよく来たねぇ」


「さ、さみぃ……いや、んな事言ってる場合じゃねぇんだよ神父さん!

雪華ちゃんが王兵に連れてかれちまった、夜には処刑されちまうよ!」


「……王、兵?」


「あんたは知らねぇかも知らねぇが、王様に逆らったら死刑なんだよ! 俺にゃあどうにも出来ねぇが、あんたなら雪華ちゃんを助けて国を出るくらい出来るだろ!? だから……」


神父は店主の話を最後まで聞かずに、地下室へ向かった。

あの服は何も能力を押さえつけるだけではない、呪いを逆流させれば能力は増幅される。

一刻を争う事態だろうと、備えを怠ってはならない。


ファンタジー世界のレギュラーとも呼べるオークさん!

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