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才能の使い道

・お菓子の国




お菓子の国。それは広い海にポツリと浮かんだ島国で、その独特な雰囲気が観光地として人気だ。なによりの特徴は全てがお菓子で出来ているということ。

嘘みたいな話だが現実だ。お菓子の国周辺の海は甘い砂糖水で、陸地はスポンジケーキ。海水と砂糖水の分かれ目は不明。何故お菓子で出来ているのかも不明。だがその特殊な土地故に食料問題は起こらず、ここまで発展してきたという。


関所を越えた僕達は近場の港から定期船に乗り、お菓子の国までやって来た。短い手続きを終えれば後は自由、取り敢えずは宿を取らねば。そして短期の仕事を探して、ある程度稼いだら観光を楽しもう。


「うっわぁ……すっごい甘い匂いだね。あれ、アル? どうかしたの?」


『……肉が喰いたい』


アルは眉間に皺を寄せて唸っていた。大型肉食獣のその顔と晒される牙には被食の恐怖を感じてしまう。


「無理、朝から晩までお菓子しか食べられないよ。取り寄せ品は高いし」


『私に甘ったるい物を喰えと言うのか?』


「甘いの嫌いなの?」


『甘い物が好きな肉食動物をどう思う?』


この国に来る前からこうだったが、来てからもその態度は変わらない。しかしこの国に来たからには甘い物が嫌いでもお菓子を食べてもらわねばならない。

船着場からほど近くの宿屋に辿り着き、クッキーで作られた扉を開ける。水飴で出来た窓は少し溶けて外の風景が歪んで見えた。


「いらっしゃい、一人と、一匹だね」


宿屋の主人がにこやかだと緊張がほぐれてまともな受け答えができるようになる。


「はい、取り敢えず一週間でお願いします」


「あいよ」


『一週間!? 一週間も肉が喰えないのか!?』


「うるさいよアル、お菓子も美味しいから食べてご覧よ」


『肉……肉が喰いたい』


宿帳に名前を記したら部屋の鍵を貰う。二階の角部屋だ、悪くない。鍵も扉も堅く焼かれたクッキーだったが、割れることなく役目を果たした。ベッドは綿飴で、寝転がれば髪と服が砂糖まみれでベタベタになってしまう。いくら何でもこれは困る。


『ヘル! このシャワー砂糖水だぞ!』


風呂場の方向から悲鳴が聞こえる、部屋に入ってすぐにシャワーを浴びるとは、よほど潮風……もとい砂糖風が気に入らなかったらしい。

砂糖で張り付いた毛を飴細工で出来た櫛で梳かすのに意味がない気がするのはきっと気のせいだ。


「さ、お仕事探さなきゃ。アルも来る? 待ってる?」


船で配られたパンフレットとこの国の地図を見ながら、ベッドに寝転がる。仕事といっても大抵はお菓子の収穫の手伝い程度しか募集がないのだが。

……お菓子って収穫するものだったかな。


「あ、これ楽しそう。マシュマロうさぎの毛刈りと綿飴羊の毛刈り、給料も良いし」


ベッドの脇で毛繕いをするアルに仕事案内の冊子を見せる。アルは興味なさげに一瞥するとベッドの上に飛び乗ってきた。


「アル? どうしたの?」


僕をゆっくりと押し倒し、腕を抑えるように前足を肩に乗せた。


「やっ……ぁ、アル……! ちょっと、離れて!」


アルは僕の顔を舐め、それから首筋に舌を這わせた。そして牙を突き立て……られかけた瞬間、焦げるような匂いがし始める。アルは尾を壁に叩きつけ、悲痛な鳴き声を上げた。


「あ、アル…?」


『…………平気だ』


「平気って……ねぇアル、今、何しようとしたの」


焦げるような匂いの元はアルの尾だった。

僕が名前を彫った痕が真っ赤に光り、尾を中から焼いていた。何故そんな事になるのか、その理由は一つ、契約違反。 なら違反とみなされた行為とは何だ?


『……この国は少しおかしい。早く出るべきだ』


「ねぇ、アル、答えて。今僕を……」


『出かけてくる、夜には戻る』


アルは僕の言葉を遮り、部屋を出ていった。

僕は仕方なく先程まで見ていた冊子を持って牧場に行くことにした。



牧場では羊を飼っていた。


「いやー、坊ちゃん凄いね、こいつらいつも逃げ回るのに」


「い、いえ、そんな」


メェ、と僕の足の間で鳴き声をあげる羊の毛はベタベタと手に引っ付く。この羊の毛は全て綿飴だ、それを専用の器具で剃るのが僕の仕事。

この仕事はあまり人気ではないようで、僕以外に希望者はいなかった。


「あっコラ! 待てっ……ぐわっ」


走り回る羊に頭突きされ、牧場主が柵の外まで飛ばされた。不人気の理由が分かった気がした。この牧場の羊は家畜用とはいえ魔獣、人など簡単に吹き飛ばせる。


「 お い で ー!」


そんな羊も僕が一声かければ集まってくる。

これは今後の仕事選びに役立つ発見だ。『魔物使い』も悪くないな。


「うぐ……次、うさぎも頼めるかい」


「は、はい、おじさんは大丈夫ですか?」


「ヒビで済めばいいが……な。ははっ」


担架で運ばれていく牧場主を尻目にうさぎ小屋へ。

カラフルなパステルカラーの毛玉が動いている……のではなく、うさぎ。

このうさぎの毛はマシュマロらしい。両手で抱える程の大きさだったうさぎは、毛刈りを終えると手のひらほどの大きさになった。


「どうしよ……あ、並 ん で ! 」


二つの柵の間に腰掛け、毛刈りを終えたうさぎを分けていく。


「君、経験者かい?」


「いえ……初めてですけど」


「何年もやってる私でもこうは……ぐはっ!」


「……大丈夫ですか?」


牧場主の息子だという彼はうさぎを抱えあげては蹴られ、他のうさぎにも集られ……今は柵の中で倒れている。そして集中攻撃をくらっている。



腕と頭に包帯を巻いた青年に封筒を手渡される。

歩合給だと書かれていたが随分と多い。

「……今日の給料だ」


「あ、ありがとうございます。大丈夫ですか?」


「もう今月はやる事ないからね。僕は療養かな、父さんも……ははは」


自嘲気味に笑う彼に少し戸惑う。

いつもこうだと言っていたが、魔獣の牧場というのはどこもこんなものなのだろうか。

魔法の国では国内に魔物を入れる事は禁止されていた。その代わりな自分達で改造した魔法生物をペットにしている家庭は多かったな、僕の家にはいなかったけれど。


……昔を思い出しす。雑誌でペット特集を見て、兄に生き物に興味は無いかと遠回しにペットを飼いたいとアピールした時の事だ。

「これ以上は要らないかな」兄はそう言って僕の頭を撫でた。

一点の曇りもない瞳と笑顔が怖くて、それ以降兄にペットの話を振ったことはない。


牧場から宿までの帰り道。

夕飯の菓子を買った、もちろんアルの分も。

だが夜になっても朝になっても、アルは帰ってこなかった。

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