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魔法使いの国で無能だった少年は、魔物使いとして世界を救う旅に出る  作者: ムーン
第三十八章 怠惰の悪魔と鬼喰らいの神虫
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剣術指導

・植物の国




能動的に神虫を殺す気はウェナトリアにもカルディナールにもない。だから僕達も手を出さない。だが、魔性を喰らうというのは長年観察をした訳でもない酒呑からの情報だ、もしかしたら亜種人類達を喰うかもしれない。自分から漏れ出た神力を取り込んで異形化した人間だ、兎が食糞をするようなものだろう。亜種人類が襲われる可能性がある以上、僕はそそくさと出て行くなんて真似はしない。


『もう用事ないやろ? まだ帰らへんのか?』


亜種人類を喰う可能性というのは僕の妄想であって、他の誰も魔物以外は喰われないと思っている。不安を煽るか呆れられるか、どちらにしても黙っておくべきだろう。


『……まだ、ちょっと。ウェナトリアさんに頼み事が』


「私に? 何かな。恩人である君の頼み事なら喜んできくよ」


『じゃあ、遠慮なく。ウェナトリアさん、僕に剣を教えてくれませんか?』


以前植物の国を訪れた時、ウェナトリアは剣の扱いを教えようかと言ってくれた。アルが勝手に断わってしまったし、僕も自分が鉄塊を振るえるとは思わなかったから、無かった誘いになっていた。


『ヘル……』


『せっかく刀持ってるんだし、少しくらいいいでしょ? ね、別に前線に出て戦っていくって言ってる訳じゃないんだからそんな可愛い顔しないで、耳はむはむしたい』


『本音ダダ漏れやぞ』


ウェナトリアは意外だと驚きつつも快く引き受けてくれた。彼自身教えるのが好きなのかもしれない。


『魔物使い君刀なんて持ってたっけ?』


『ええ、ほら』


アルメーの兵士達が訓練の時に使っているという広間を貸してもらえた。

僕は木刀を選ぶウェナトリアの傍ら、影から刀を引きずり出してセネカに見せた。


『へー……綺麗、なんか見たことない形だね』


「訓練は模擬刀だぞ、ほら」


『あ、はい。ありがとうございます』


『こっちちょっと持たせてよ』


『別にいいですけど……』


セネカが武器に興味を示すなんて意外だ。いや、彼女は戦闘時に血を剣の形にして振るっていた、その参考にでもするつもりなのだろう。


『切れ味良さそー……あれ、茨木君どうかした?』


『……どうもせぇへんよ?』


『じゃあ、なんで酒呑君の背に隠れてるのさ』


『ひっ……きっ、気のせいちゃう?』


あの刀は『黒』が盗んだ物だ、そういえば茨木はあの時も怯えていた。鈍感なセネカは酒呑を盾にする茨木を刀を持ったまま追い回している。


『セネカさん! 遊ぶなら返してください』


『ご、ごめん……ありがとうね』


「……少し見せてくれないか?」


セネカから取り返した刀はウェナトリアに掠め取られる。


「…………何だこれ」


普段の彼からは想像も出来ないようなぶっきらぼうな呟きを聞いた。


「え……すごい純度の……いや何回折ってるんだこれ…………嘘だろ……」


『……ウェナトリアさん?』


「魔物使い君! この剣はどこで!?」


『よ、妖鬼の国……ですけど』


「…………国の宝でも盗んだのか?」


『盗みはしましたけど僕じゃないですし、別に国の宝ってわけでもないと思いますよ』


国の宝なら玉藻の屋敷で眠らされているはずもない。


「うーん……武術の国は純度の高い鉄が手に入らなかったし職人も少なかった。私の基準が低いのか……? まぁ、いい。これは両手持ちかな?」


『一つしかありませんし』


「そうか、じゃあまず持ち方から。これは返すよ」


戻ってきた刀を影の中に落とし、渡された木刀を握る。荒く削られた真っ直ぐの木の棒はささくれだっていて、手のひらが痛い。形も長さも違うこれで練習になるのだろうか。


「君が持っているのは片刃だったね、私が普段使う物は両刃だから……えぇと、難しいな。とりあえずしっかり握って、まず真っ直ぐ振ってくれ」


木とはいえ結構な重量がある。元々の僕の力では持ち上げるので限界だが、鬼の力なら片手でも触れる。


「魔物使い君、その角は……」


『……ちょっと強くなりました』


「…………そうか。えっと……君は体軸がブレてるな。背も曲がってる。それに注意散漫だ。持つ前にその矯正が必要だな」


今まで適当に刀を振るっていたけれど、当たれば切れる便利な品物だと思っていたけれど、しっかり学ぶと面倒だな。

姿勢矯正と素振りが続いてしばらく、ウェナトリアが手を叩く。


「本来なら何ヶ月もかけて整えるし、修行となれば何年何十年……そんなに居るつもりはないんだろう? 付け焼き刃でいいなら実戦でのコツを先に教えようか」


『すいません……お願いします』


「よし。振り方はある程度分かったな。じゃあ……かかってこい」


口元が楽しそうに歪み、目隠しが床に落ちる。服が捲れ上がり八本の脚が現れる。


『えっ、えっと……あの』


「速攻習得なら実戦あるのみ。木で殴られた程度なら私は何ともない、遠慮無く打ち込んでこい。まぁ、当てられるとは思えないがね」


当てられるとは思えない、そんなふうに舐められるとやる気が出る……なんて便利な性格はしていない。ギョロギョロと動く八つの目に、十本の木刀に、たじろぐだけだ。


『……えいっ!』


とりあえず振らなければと何の考えもなく真っ直ぐ木刀を振り上げ、下ろす。パァンと乾いた音が響いて、カランと木刀が背後に落ちる。しっかりと木刀を握っていたはずの手は痺れていた。


「もう少し手加減が必要かな? 私が本当の敵なら君の首は飛んでいたよ」


そう言われて初めて首に木刀が添えられているのに気が付く。


『はっやい! すごいねあの王様! ボク見えなかったよー』


『俺は見えたな』


『我も!』


『……私も』


『えっ……見えなかったのボクだけ?』


見物人の声がよく聞こえるのは早業に混乱しているからだろうか。僕も見えなかったよとセネカに伝えたい。


「……拾いなさい。次は止めないよ」


『…………分かりました』


透過すればいいのだから怪我を負うことはない。そう思っていたけれど、そもそも攻撃を視認出来なければ透過を意識することは出来ない。僕は『黒』と違って常に透けている訳にはいかないのだ、アルを庇わなければいけない状況だってある。


『しょーねーん、頑張れー』


ウェナトリアは両手に木刀を持っている。振り下ろされる右手の方を止められても左手の方に脇腹を突かれ、それで体勢を崩せば八本の脚に握られた木刀に滅多打ちにされる。


『……ヘルっ!』


『練習だ、落ち着け雌犬』


『…………だが』


『木で殴られた程度で死にはせん』


人間なら死ぬだろうな、そう思えるくらいに痛い。彼の一撃は重く、速く、鋭い。真剣なら一撃一撃が致命傷だろう。


「ほらっ、魔物使い君! 好きな女の子の前で格好付けたくないのか! 今の君は……頼りない!」


鳩尾を突かれ、嗚咽と共に膝をつく。ウェナトリアは一歩距離を取って構え直した。ふとアルを見れば心配そうな目をして、飛び出しそうになってはクリューソスに抑えられていた。


『本当、頼りない……よね。なっさけない……』


痛覚だけでも消しておこうと思ったが、やめた。

咳き込みながら木刀を握り直し、震える足で立ち上がる。


「……情けなくはないよ。立ち上がったんだからね」


『お気遣い、どうも』


思い切り床を蹴り、懐を狙って飛び込む。当然のことながら十本の木刀に迎え撃たれる。僕はあえて全ての木刀を頭で受けた。


「……っ! しまった」


ウェナトリアの一撃は重い。鬼の力を表に出した僕の身体は頑丈。真正面からぶつかり合えばただの木の棒は砕け散る。そうならないよう加減していただろうウェナトリアも僕が頭から突っ込んでくるとは思わなかっただろう。

捨て身なんて実戦で使えない? いや、僕が血を流せば仲間が強くなる。僕はどうせ死なない。捨て身の攻撃には何の問題も無いのだ。


『取った!』


下に構えていた木刀を振り上げれば、砕け散った木屑の中を抜け、ウェナトリアの顎を的確に捉えた僕の一撃が彼に入る──はずだった。

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