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魔法使いの国で無能だった少年は、魔物使いとして世界を救う旅に出る  作者: ムーン
第三十八章 怠惰の悪魔と鬼喰らいの神虫
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異形の種族

・植物の国




赤子全員に行き渡る量の果物を渡し終えるとカルディナールは僕達を書庫に案内した。書庫と言っても保管されているのは装丁された物ではなく、石版や紙束だ。


「あなたが見たのはこれね? 前にも言ったけれど入室を許可した覚えはなくてよ」


「すまない……君の家はどうも迷うんだ」


化け物のデッサン……いや、これが本来の亜種人類の姿なのか。シュメッターリング族だと書かれている。蝶の翅は今と同じだが、ロウと同じく腕は四本あり、目は顔の半分以上もあって僅かに飛び出し、口からは何か管のようなものが伸びていた。


「…………私達は一体何なんだ?」


「……ただの伝承よ──太古、この島に悪魔がやって来た。本来この島に住んでいた虫の姿をした神性は悪魔に追い出され、中心の大穴……巣穴も奪われた。ある時悪魔が長い眠りにつくと神性は舞い戻り、再び巣穴を這い回るようになった。その時に亜種人類は生まれた──人の身体が変質したのよ、その神様の神力が満ちた物ばかりを食べていたからね、きっと」


「……なら、私達は悪魔の末裔ではなく……神の子なのか?」


『どっちにしても正義の国にとっては敵に違いありませんよ』


「………………そうだな」


厳しい言い方になってしまったか。だが、信心深いウェナトリアに創造神に対する希望を抱かせてはいけない。


『……なぁ、その神さんが居らんかった時期っていつなん』


「悪魔が起きる度に出て行ったりしてるみたいだから……」


『えっマジ? どおりで知らないわけだー』


ベルフェゴールが目を覚ますのは数十年に一度、生贄を喰らう時だけ。つまり神性は数十年に一度島を出る。


『この島の人達、ベルフェゴールとその神様ごっちゃになってるんじゃないの?』


「…………ありえるわね。他の種族の伝承も漁ってみないと分からないけど」


なら神娘と呼ばれ木や虫に愛される存在の姫子は神虫の影響を強く受けて生まれるということ。ベルフェゴールが眠って戻ってきた神虫の神力が満ちて強い力を持つ者が産まれるのに数十年かかり、それを察知したベルフェゴールが起きて、また神虫が去る……といったところか。


『……なんやややこい話やけど、俺らんとこにおったんと同じ奴やっちゅうことやな』


『神虫……ぁ、そうそう酒呑、アレと因縁あったりするの?』


『何十年かにいっぺん鬼がよーさん喰われよるんや。まぁそいつらと俺は同じ鬼でも産まれ方も鍛え方もちゃう、そないに気にはしてへんかってんけど……いざ腹減ったいう気ぃぶつけられたらビビるわ』


相対した訳ではなく食事風景を眉を顰めて眺めていたといったところか。


『茨木は知らないの?』


『うちは知らんよ?』


『あいつ見たんは茨木と会う前の話や。せやけど知らん言うことないわ、あいつもお前もうろちょろしとってんから会うとるやろ』


『んー……知らんわぁ』


数十年ごとにベルフェゴールが起きている間だけ──いや、寝てすぐに戻るということもないだろうけど──神虫が妖鬼の国を去った後に茨木が生まれた、という訳でもないのだろうか。


『茨木生まれてなかったんじゃない?』


『んなアホな、おったやろ』


『……うち、はなっから鬼やったわけとちゃいますし、酒呑様よりは若いですし』


『せやったっけ……あかんわ、隠れ屋敷作っとったせいで日にちの感覚あらへん』


隠れ屋敷は時間もズレるんだったか。茨木が生まれながらの鬼ではないという話も気になるが、今している暇はない。今度晩酌に付き合わされた時にでも聞いておこう。


「……君のところの伝承も教えてもらえないか?」


『そないあれへんで。鬼やら化生のもん喰っとった言うだけや』


「魔性を狙うのか? それなら国民に害はないか……」


『えーじゃああたしだけヤバいの? 守って守ってかぁいい少年!』


背に喜ばしい弾力を感じながら思考を巡らせる。

魔性を喰らう神なら亜種人類にとっては神虫は危険ではない、むしろ守り神に近い。ベルフェゴールを引き抜いてライアーに結界を張らせようとしていたし、これはちょうど良さそうだ。


『あの、ウェナトリアさん。僕達もちょっと戦力が欲しくてベルフェゴールを誘おうか考えてたんです』


『少年のお誘いなら乗る乗るー』


『代わりに兄さんに結界を張ってもらおうかと。ベルフェゴールの呪いより心強いと思うんです。魔法の結界は悪魔や天使にはまず破れませんし、あなた達の出入りに制約もかかりません』


『魔法使える奴なら解けるけどね。イカれショゴスも邪神もここを狙うとは思えないし』


ライアーの言う通り、兄もナイも植物の国を狙う意味は無い。いや、ナイの考えを読むのは不可能だけれど……ナイに目を付けられればベルフェゴールの呪いも意味が無いかもしれない、どちらにせよ結界の方が有用だ。


「悪魔様が出て行けば神虫様は無害か……なるほどな、ならそれで──」


そもそも神虫はまだ生きているのだろうか。セネカがかなりの深手を負わせて大穴に落としたが。


「待って国王様、あの神が居続ければ奇形児が増えるのよ?」


「……本来の姿なのだろう?」


「…………アレで止まると思う? あの神と同じような巨大な虫の姿にならないと言える? 人間でいられると思うの? 分からないじゃない、数十年毎に出て行っていたくせにどうして留まって悪魔を襲ったのかも、影響の強さも打ち止めも、何も分からない……即断即決は国王として正しいと言える?」


彼女が起きる時期に出ていくのなら神虫はベルフェゴールを自分より強いと思っていたということ、だが今回はそのベルフェゴールを襲った。寝込みなら……という考えなら今までにあってもおかしくない。何か、今の今までなかった変化が起こったのだ。それによって神虫は強さ、もしくは自信を手に入れた。


「……人間になりたいのなら神を殺すべきよ。人の時代は神の死によってもたらされるの。どこの国でもそうだった、神が死んで干渉を弱めて初めて人は人として繁栄するのよ」


「君の考えは野蛮で冒涜的だ」


「じゃあ、何? このまま変異を続けて化け物になるの? あなたは子供が居ないからそんなことが言えるのよ、子々孫々の為って考えがないの。これだから独身の男は……」


「独り身以前に私は国王だ、後の世のこともしっかり考えている。その上で、だ。人間は人間だけで生きていけるなんて驕り高ぶってはいけない、上位存在の恩恵を受けなければ平和は──」


パァン、と破裂音にも似た音が響く。カルディナールがウェナトリアの頬を叩いたのだ。突然の行動にその場に居た者は皆身を強ばらせた。


「……いつまで創造神の信者でいる気なの? あなたがそんなだからあなたの想い人は死んだのよ?」


『ぁ、あの、カルディナールさん……』


「黙りなさい」


『…………すいませんでした』


言動ではなく、彼女が纏う雰囲気が反論を許さない。まさに女王──いや、負けるな、僕は魔性の王なのだ。


『カ、カルディナールさんっ! いきなり叩くなんてよくないですし、昔の話は関係ないと思いま…………くっ、口答えしてごめんなさいぃ……』


無理だ。怖い。僕の負けだ。

僕は黒い複眼に睨まれ容易く降伏した。


「……創造神を崇めることなどとうにやめた」


「教えは身に付くものなのよ。驕るな、神に感謝しろ、人類は罪深きものなのだから──あなたが言ってるのはそういうことでしょ?」


「…………君は傲慢だ」


「……これだから男は」


カルディナールの触角の揺れが段々と激しくなってきているように見える。不機嫌の証拠なのだろうか。


「男だとか今は関係ないだろう」


「あるわ。あなた達は何もしない、何も出来ない」


「……それは君の種族の話だろう」


「あら、そうかしら? だとしたらごめんなさい。でもね、私には今あなたが何かを成し遂げられるようには見えないの」


ふとウェナトリアの背を見れば服の奇妙な膨らみが蠢いていることに気が付く。あの蜘蛛の足が貧乏揺すりのように動いているのだろう。


「……そもそも単独行動が主な種族が国王だなんて、土台無理な話だったのよ」


「君やモナルヒのような独裁気質な者に任せられると思うか?」


「少しくらいは独裁の方がいいのよ。ろくに文明も発達してないんだから」


これは相談ではなく口喧嘩だ。止めるべきだろう、喧嘩している暇はない……のか? 神虫が今どういう状況かすら分からない。必要な喧嘩もある。部外者である僕が口を挟んでいいのだろうか。

混乱した僕はとりあえず二人にはしばらく喧嘩してもらうことにして、自分の仲間を集めて彼らから少し離れた。

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