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方向音痴と狼と蝙蝠

・砂漠の国




砂漠の国。

国土の約九割が砂漠地帯、慢性的な水不足に悩まされており、飲料水の輸入額は他国に圧倒的な差をつけるという。


空港を出てから一時間は歩いた筈なのだが、一向に建物が見えてこない。

どこまでもどこまでも続く砂の大地、黄色混じりの土と抜けるような青い空の地平線が見渡す限り続いている。


『ヘル、方向は合っているんだろうな?』


「空港を出て真っ直ぐ北、合ってるよ。このコンパスが壊れてなければね」


手のひらに乗せた方位磁針は、ゆらゆら揺れながらも一定の方向を指している。

壊れてはいないはずだ、空港で買ったばかりなのだから。


『……ヘルは方向音痴だからな』


「コンパス持ってるってば! 方向音痴じゃないし!」


『優れた磁針を持っていようと針の指す方向が分からなければ意味は無いぞ? ヘル、言ってみろ。赤い針が示す方向は北か? 南か?』


「何言ってるの、南に決まってるだろ?」


方位磁針をアルに見せながら、苛立ち紛れに言う。

僕を子供扱いしすぎだろう、ここでしっかりとしている所を見せなければ。

アルは方位磁針を見つめ、それから僕の顔をじっと見る。


『ヘル、このNというのはどういう意味だ?』


「南だよ、だからこっちに街がある」


アルは深いため息をつき、その場に座り込む。


『ヘル、逆だ』


「へ?」


『……北がNだ。何故間違う?』


「嘘……だよね、僕ちゃんと確認したよ? 機内で説明書読んだよ?」


『反対方向に向かっていたんだよ、ヘル。すぐに戻ろう、夜までには街に着かなければならない。砂漠の夜は冷える』


太陽は既に中天を過ぎ、傾いている。

方位磁針をアルに預け、僕は後ろを歩く。

カバンから説明書を引っ張り出し、もう一度よく読んでみた。


「Nは、えっと……NordのNか、ホントに北だ」


気を張りすぎた。

自分の迂闊さを噛み締めて、説明書をカバンに入れる……入らない。

少し詰め込みすぎたのだろうか、歩きながらカバンを開き、中を整理する。

中に見覚えのないものが入っている、ピンクの、毛の、塊?


「アル、何か入れた?」


アルが振り向くのを待たずに、その塊を引っ張り出す。

コウモリだ。

黒い翼が二枚、黒と薄桃色の羽が四枚の、羊のような角が二本と、真っ直ぐな短い四本の角が生えたコウモリ。


『元居た場所に返してきなさい』


「僕は何も拾ってないよ! なにこれ!? アルが非常食にでもするつもりで入れたんじゃないの?」


『そんな得体の知れんモノを喰うわけがなかろう』


「コウモリの魔獣じゃないの?」


『見たこともないな、魔力はかなり強いようだ、下級……ではないな』


コウモリの翼はぐったりと垂れ、目は閉ざされたままだ。

死んでいる訳ではない、眠っているのだろう。

だが、随分と息が荒い。


「なんか苦しそう」


『この気温でカバンに詰められていれば熱中症にもなるだろう』


「そっか……よしよし、気がつかなくてごめんね」


『連れていく気か。捨ててしまえばまいいのに』


アルの辛辣な言葉を無視して、カバンからハンカチを取り出した。

カバンを肩にかけ、コウモリをそっと抱く。

直射日光を避ける為にハンカチを被せる。

コウモリとは思えない丸さに、毛の長さ。

本当にコウモリなのか疑いつつも、そのふわふわくるくるのピンクの毛は愛らしい。


「……可愛い」


『ヘル、街についたら捨てろよ。そんなピンク毛玉を養う余裕はないぞ』


「可愛いのに。もふもふしてるのに」


『……私が居るだろう』


「アル大きいし……喋るし、なんか違うんだよ。僕がこのコウモリに求めているものとアルに求めているものは違うんだよ」


大きな舌打ちをし、僅かに足が速くなる。

アルの機嫌を損ねたらしい。

あからさまな嫉妬を見せるアルを可愛らしく思いながら、腕の中のコウモリを撫でる。


空港を通り過ぎ、更に一時間は歩いた頃だろうか。

砂漠の真ん中にぽつんと木が生えている場所を見つけた。

一本ではない、背の低い草もある。

オアシスだ。


『急ぎたいが……どうする? 休むか?』


「もう水筒空っぽだし、ちょっと休もうよ」


太陽はもう沈みかけている、街はまだ見えない。

ここで休もうと休むまいと結果は同じだ、街に着く頃にはどうせ夜になる。


『水浴びをする、ヘルもどうだ?』


「やめておく、夜冷えるなら濡れない方がいいだろうし」


バシャン、と大きな水飛沫を飛ばしながらアルは楽しそうに水浴びをしている。

気持ちよさそうだ、僕も思わず飛び込んでしまいそうになる。

水を汲み終え、ふとコウモリを見やる。


「アルが熱中症だとか言ってたし……冷やした方がいいよね」


口や鼻が浸かってしまわないように、そっと体の下半分だけを水に浸す。

この真ん丸な体ではどこからが顔なのか分からない。

水に濡れた羽の飛膜は更に薄くなったように感じる。

向こうが透けて見えるほどに薄い羽は、触れていると破ってしまわないか怖くなる。

くるくると巻いた毛に絡まった砂を洗い落とし、ゆっくりと膝の上に乗せる。


パシャ、と音がして顔を上げると、アルが水浴びを終えて隣に上がってきていた。

僕に水飛沫がかかることなど気にせずに体を震わし、翼を振るう。


『そろそろ行くか?』


「うん。あっ、ちょっと待って」


ハンカチを水に浸し、再びコウモリに被せる。

これなら少しは涼しくなるだろうか。


『もうここに捨てていけ』


「ダメ!」


そんな会話を交わしながら、再び北を目指して歩く。

腕の中のコウモリはまだ目を覚まさないが、呼吸は穏やかになった気がする。




すっかり陽は沈み、明かりのない砂漠は真っ暗だ。

その上酷く寒い。

アルの尾が腕に絡んでいるお陰ではぐれることはないが、寒さは柔がない。

微かに震え始めたコウモリを抱きしめ、湿ったハンカチをカバンに仕舞う。


『聞こえる、もうすぐだな』


「何が?」


『街だ、人の声やら何やら聞こえてくるだろう』


こういう時にいつも思う、アルと僕の五感にはとてつもない差があるのだから同意を求めないで欲しい、と。

街がすぐ近くにあるとは僕には感じられないが、アルが言うならばそうなのだろう。

痛む足を期待で誤魔化して動かしていく。

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