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飛行船

・神降の国




雲の下を往く船。それは到底空を飛べるような見た目はしていない。海を進む船と全く同じ見た目をしていて、何本ものオールが動いて方向を微調整していた。


「あのオオカミがねちっこいタイプの女だってのは分かってたし、アンタに変な感情寄せてるのも知ってた。でも……アンタがそれを受け入れるなんてね」


アルテミスは船に気が付いていないようで、僕に嫌味を言ってくる。どうやら前回会った時のわだかまりがまだ残っているらしい。


「ねぇ! ねぇってば! ヤバいってアレ!」


兵器の狙いをつけるための双眼鏡を覗いていたヘルメスが大声を上げる。


「ねぇ、見える? ヤバいって……アレ砂漠の国にあった船だよ、呪術部隊が持ってたやつ。まさか空用なんて……アレねぇの矢で落とせる?」


双眼鏡を受け取ったアルテミスはすぐに船を見つけ、驚きながらも双眼鏡をヘルメスに投げ返し弓を構えた。手の中に生成されていく銀色の弓、弦、矢、三つが揃い輝きが増すと、分厚い黒雲を貫くように一筋の閃光が船に向かった。


「命中! した……けど」


「落ちてない? まぁ、物に対しては別に強くないし……そんなものよね」


今度は真上に向かって弓を引く。生成されていく矢は先程よりも太い──いや、何本もの束になっている。


「船を壊せないなら……船の中に疫病をばらまけばいいのよ!」


放たれた矢は上空で分かれ、雨のように落ちていく。


「ちょっ……山ヤバくない? 野生動物とか魔獣もだけど獣人の国とかあるし、別の問題が……」


「この雨でいつまでも山のド真ん中に居るわけないでしょ! ただでさえあの辺り最近土砂崩れ多いんだから」


あの船が呪術部隊のものなら、弓矢や兵器で攻撃できるのなら、僕が来る必要も兄に協力させる必要もなかったのかもしれない。

弓の強さに感心してそんな思いが浮かび始めた。


「アルテミス! ヘルメス! 悪い、遅くなった、王がどうにもな……」


走ると滑るという兵士達の制止も聞かずアポロンが走ってきた。今は雨は結界に防がれているとはいえ濡れた壁の上面は酷く滑りやすい、よく走る気になるな。


「にぃ! にぃも弓出しなさい!」


息を切らしたアポロンを怒鳴りつけながらアルテミスは再び弓を引く。船は矢を受けてもその速度を緩めなかったが、山の真上辺りで減速を始めた。


「向こうも砲撃か何かを行う気か?」


「矢はほとんど命中してるはずよ、乗組員は全員感染したはず……」


「陽動という可能性も……」


船はゆっくりと船体を回転させ、オールを引き上げて代わりに砲台を露出させた。


「撃ってくる……! ちょっとクズ男! この結界本当に大丈夫なんでしょうね!」


『当たり前だろ、君にだけ当たるように微調整も出来るけど?』


軽口を叩く二人をよそに轟音と共に大きな弾が発射された。

眼前に迫った黒い球に思わず身を引いたが、城壁の数メートル先で半透明の壁に阻まれ爆発し、こちらには爆風すらなかった。兵士達はそれに歓声を上げ、次はこちらの番だと対空砲に弾を込めた。


「……にぃ! これなら!」


「あぁ、無傷で勝てる!」


「…………そう上手くいけばいいけどなー」


弓を引く兄妹に水を差す発言は背後から聞こえた。振り向く間に腰に手が回される。


「……王様、お久しぶりです」


金髪の中年男性、この国の王。今日は縁のない眼鏡をかけてシャツを乱している。


「ん? なんだ男か……」


するっと腰に回された腕が引かれる。まさか女だと思われていたのか? 後ろ姿なら見間違えられても仕方ないか。髪は長いし、背は低いし……


「王様、何か不安要素あるんですか? 向こうの攻撃は効かないし、こっちの攻撃は全部命中してますよ」


「命中してても効いてるかどうかは別だ、疫病なんか効くかどうか」


「生き物なら毒とか病気は必ず効くと思いますけど……」


そう言いながら僕の頭には騒がしい獅子の姿が浮かんでいた。いや、アレは例外だ。カルコスの姿を振り切ると別のものが浮かぶ。生き物なら効く──それなら、生き物でないものなら? 砂漠の国は呪術が盛んで、古代呪術は屍体を動かすものも多くて──そんな僕の予想は当たって、大砲を撃ち尽くしたのか今度は船からバラバラと骸骨が無数に落ちていった。山に落ちた骨共はこちらに向かってくるのだろう。


『あれが心配事? あんなのに僕の結界は破れないから安心しなよ』


兄は王に馬鹿にしたような笑みを向ける。


「……負けはしないが、勝ちもしないな」


王はそんな兄の態度を気にすることなく僕の後ろ髪を撫でる。


「…………あの、すいません。僕男です、忘れないでください」


「喋らないでくれ、薄目で見ればイケるかもしれないんだ」


「どういう方向性の試行錯誤なんですか!」


「ここには可愛い女の子がいない。アルテミスは娘だそうだし……対空砲兵は全員男で………………はぁ、やる気が出ない。髪以外は触らないから疑似体験させてくれ」


女好きなんて言葉では表し切れない。やはりアルを帰したのはいい判断だった、僕を薄目で見て誤魔化そうとするような奴なら狼でも大丈夫かもしれない。


「王! 馬鹿なことを言ってないで船を落とす方法を考えてください!」


「あぁ……船、船なぁ、お前らあの程度も落とせないのか、情けない……」


王は深いため息をつき、じっと空を眺める。その途端黒雲が急速に収束を始め、バチバチと紫電を走らせ始めた。


「……全能神の雷霆」


王の呟きが聞こえたかと思えば視界が閃光に支配される、失明したのではないかと思えるほど強い光だった。城壁から落ちてしまわないようにと屈もうとすると閉じた瞼を粘液にまみれた触手が撫で、視界が戻った。


「ぁ……にいさま、ありがと」


兄に礼を言って船を探すと焼け焦げた山の一角とそこに落ちた木と骨の破片、灰などを見つけた。

雷霆と言っていたか、王の神具は雷を落とせるものなのか? 恐ろしい威力だ。


『……ああいう攻撃の前には一言言うのが礼儀ってものじゃないの?』


「あー、そうだな、今度使う機会があれば、覚えていれば、そうしよう。まさか使うとは思ってなかったな、息子共に任せられると思っていたんだが……」


「……悪かったですね! 王の神具と違って威力が低くて!」


「対人性能は高いのに残念だよなー」


アポロンを軽くあしらい、持っていた紙袋からパンを出して食べ始める。奔放というかなんというか……


「殿下! 緊急のご報告が……」


「おぅ、内容だけ話せ」


パンを食べながら城壁に上がってきた兵士の方を向く。


「はっ! 門前に獣人と思われる集団が集っております!」


「んー……? 獣人、なぁ……仕方ない、一旦降りるか」


天使に庇護される存在である獣人の扱いは非常に慎重になるべきことだ。正義の国が裏に見え隠れしていても、今戦争をしているのは砂漠の国なのだから。

滑車を使った専用の器械で素早く城壁の下に降り、王は門を開く許可を出した。アルテミス達三人は城壁の上に待機、僕達は特に何も言われなかったので、壊れた船を見ていても仕方ないかと王に付き添った。


『……ん、結界の設定変えたよ』


兄が結界に入る許可を与え、城壁の門が開くと獣人達は我先にとなだれ込んだ。


「あー、ごゆっくり願いまーす。代表者の方いらっしゃいませんかー?」


間の抜けた声だが恐慌に陥った者達に対しては効果的かもしれない。王の呼びかけによろよろと高齢の男性が手を挙げる。


「……村長、です」


「はい、初めまして。トリニテート・ハイリッヒと申します。これは……大雨による土砂崩れからの避難、という認識で構いませんか?」


「表向きは……」


村長は腰が曲がっているのか非常に小柄だ。髪から覗いた小さな茶色っぽい耳がぴくぴくと揺れている。何の動物だろう……


「船を、見ましたか? アレから、死者が、大勢……それから逃げてきました。どうか、受け入れを」


「ええ、ええ、もちろん。受け入れさせていただきます。しかし、我が国はあなた方にとって完璧に安全とは言い難い、しばらくは兵舎の近くを閉鎖しそこに居てもらうことになりますが──」


「ありがとうございます……」


村長と王が平和に話し合っているのを見て……と言うより聞いて、他の村人達も落ち着いたのか兵士達の誘導に従うようになった。

門の脇で王は村長の隣に膝をつき、その体を労わっている。僕はその隣で城壁に背を預けて山に落ちた骸骨が──雷に砕かれた骸骨達が再生し、向かってくるのを見つめていた。




村長は草原の支配者(カピバラ)

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