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同族殺し

・妖鬼の国




聴覚共有を切り、アルに気になる音の方へ向かうよう言った。

アルはどこか覚束無い足取りで浜辺に向かう。そのうちに僕の耳にも歌声が聞こえてくる。人間のものとは思えないほど美しい人間の声帯から発せられる歌声……その主は男らしい。


「アル、止まって…………アル? 止 ま れ 」


その声に引き寄せられるようになっていたアルを魔物使いの力を使って止め、背から降りて顔を覗いた。


「……アル? 大丈夫?」


『ん……あぁ、大丈夫、大丈夫だ……』


アルは一瞬僕にも気が付かなかった。この歌声には催眠や洗脳の力があるのだろうか。

気になった僕はアルをその場に残し、裸足で砂浜を進んだ。アルは歌声でぼうっとしているからか僕を心配することなく見送った。


「……また死体」


砂浜に倒れる真新しい死体を見つけた。不自然な骨や大きさの理由がやっと分かった。あの村で死んでいたのも、たった今ここで殺されたのも、ただの魚ではなく半魚人だったのだ。深きものどもとかいう、ライアーに出会ったあの街で見かけたあの化け物だ。


「──我等が主よ、死せる主よ……」


美しい歌声の主が殺人鬼、いや殺魚鬼、殺半魚人鬼……殺人鬼でいいか。歌いながら殺しているらしい、兄を上回る異常性が伺えた。


「──夢見るままに……」


発砲音が砂浜に響き渡る。殺人鬼の得物は猟銃らしい。撃ち尽くしたのか、殺し尽くしたのか、その銃は砂浜に捨てられた。


「…………死ね、死ね、死ね……早く、死ね」


最後に撃った者を一心不乱に踏みつけている。歌声は止み、ぐちゃぐちゃという気持ち悪い音が波音をかき消して僕の耳に届いている。


『ヘル! 一人で行くな!』


どん、と背に体当たりされ、尾を巻き付けて額を押し付けるアルを愛らしく思う──そんな癒しの時間は振り向いた殺人鬼によって終わらされる。


「じっ、自由意志の名の元に──この者に加護を与える!』


咄嗟にアルに触れ、そう叫んだ。視界の端に白い翼がチラつく。


「あぁ……天使様、ええ日和やねぇ、そう思わん?」


神父服を血で汚した殺人鬼が僕に迫る。僕はアルを背後に押し、彼のギョロっとした目を睨んだ。


『ツヅラさん……?』


「え……? あぁ、会ったことありはった? そらすんません」


『あっ、いや、会ったことはない……えっと、ほら、名簿……みたいな』


「そーなん? ふぅん……」


歌声の主は、殺人鬼は、ツヅラだった。僕と同じく剥き出しの足は血に塗れている。

このまま天使として振る舞えば神父である彼とは問題無く話せるはずだ。


『……何、してたの?』


「里帰りも兼ねた出張や、行ってええ言わはったん天使様方やで?」


『そうじゃなくてっ……この死体、何?』


「…………創造神の信徒とちゃうんやから、天使様は気にせんでええやろ」


『……なんで殺したの?』


「さぁ……? なんでやろ」


彼は零ほどではなくても温和な神父だと思っていた、善人だろうと思い込んでいた。しかし、目の前でくつくつと笑っている彼には底知れぬ不気味さを覚える。


『無意味な殺生は……その、神父として、どうかと思うよ。理由を言いなさい』


天使らしく注意するように理由を聞き出そう。


「嫌やわぁ天使様……異種族と邪教徒は好きに殺してええんやろ?」


『えっ……? いや、ダメだよ?』


「へぇ……? 学校の教えとちゃうなぁ……」


正義の国の教育はどうなっているんだ。いや、亜種人類を売買しようと海賊を率いた天使が居たくらいだ、あの国や創造神とはそういうものなのだろう。


「ところで天使様、アンタえらい変わった天使様やねぇ。角生えとるし、魔獣連れとるし、魔力扱うにしても魔性の匂いが濃いし……言ってることもおかしい」


『ぁ……いや、僕はちょっと特殊なアレで』


「…………学校で教わったわ、天使様。天使様に化ける不届き者は……問答無用で殺せてなぁっ!」


ツヅラは腕を振るい、袖に隠していたらしいナイフを僕に向ける。刃渡りは長く返しも付いている殺傷能力の高い物だ。


『アル、下 が れ !』


そう叫びつつ喉を狙ったナイフを避ける。

見える、躱せる、身体能力が想像より高い。


『……これは、鬼の力なのかな』


額に手を添えると角が皮膚を裂きながら伸びていくのを感じた。爪も鋭く長く丈夫なものが生え揃う。


『攻撃はすり抜けるだろうし、最悪痛覚は消せるし傷も治る……ふふっ…………アル、もっと 下 が っ て て !』


酒呑や茨木のように動けるのなら、他者を腕力で圧倒出来るなら、それほど愉しいことは他にない。


「おーぉー……えらい興奮しはって……」


ツヅラはニタニタと笑みを浮かべたままながらも後ろに跳び、僕から距離を取る。


『……いける、やれる、一人で出来るっ! アルっ……僕、君を守れる!』


「──天高く穹を仰ぎ給う、我が同胞よ。創造神の、天使の、人類の天下は終わる。此星の支配者は彼奴等に非ず……」


再び美しい歌声が響き始める。


『そんなの、僕には効かないっ……!?』


胴に黒蛇が巻き付き、僕を引き倒す。


『ぁ、アルっ!? 止まれ! 下がってろって言ったろ!』


アルにはこういった攻撃の耐性が無い、僕と真逆だ。しかし、それは僕にとっても利点だ、アルなら簡単に力が効く。


『……そういう他人を操る系の能力、大っ嫌いなんだよね!』


影に手を翳すと手のひらに何かが吸い付き、僕はそれを引っ張り出した。


『……刀? これ、まさか……』


『黒』が玉藻の屋敷から盗み出した刀だ。けれどそれはこの時空の話ではない。僕は初めてここに来たし、既に『黒』が盗んでいたとしても僕が取り出せるのはおかしい。


『まさか、『黒』って時空の干渉もある程度誤魔化せるんじゃ……』


「──海より来たれ、此処に来たれ、我等が怨敵を喰らう為!」


『……それは後! 今はツヅラ!』


自分を叱り付け、刀を構える。扱いは全く分からないが鬼の力か重さは苦にならない。刃物なのだから蹴り倒して刺せばいい。


『殺しはしないから、大人しくしろっ!』


翼も使って踏み込み、刀を振り下ろす。驚く程容易に、手応え軽くツヅラの腕は落ちた。


『すっごい切れ味……』


ツヅラは残った手で峰側から刀を掴み──自分の腹に誘導した。


『……えっ』


刀はずぶっと腹に沈み、それでもツヅラは笑みを深くした。


「なぁ、天使様」


『な、何してるの……離せよっ! こんなに刺したら死んじゃうっ……』


ツヅラの手が僕の首に触れる、鋭い爪と水掻きのある手だ。ツヅラの手は刀を掴んでいるのに──


『こっち、さっき、切った……はず』


腹から流れる血は刀が刺さったままとはいえ少な過ぎる。切り飛ばした腕は砂浜に落ちているのに、その手は問題無く生えている。


「大事なモンから目ぇ離したあかんよ」


海面から巨大な海蛇が立ち上がる。もう僕の理解の範疇を超えている。ツヅラの傷の再生が異常に速くて、刀が掴まれてしまって、レヴィアタンが何故かここに来て──


『……アルっ!』


──大口を開けてアルに向かっている。


『ぁ、アル…………あぁ、そう、そうだった……』


アルが立っていた地面ごと飲み込み、レヴィアタンはずるずると海に引き返す。アルは抉れた砂の上にぽつんと立っていた。


『……自由意志の加護は干渉を遮断出来る』


僕が科学の国で襲われた時、『黒』は一時的に僕に加護を与えた。あの時ベルゼブブの攻撃は僕の身体をすり抜けた。


『アル、来い!』


ツヅラの喉元にアルが喰らい付き、刀を掴んだ手の力が緩む。僕はその隙を逃さず刀を引き抜いた。


『……勝ち誇ったくせに負けた気分はどう? 僕は悪くないからね、話を聞きたかっただけなのに先に仕掛けたのはそっちだから』


倒れたツヅラに勝ち誇り、擦り寄るアルの頭を撫でる。


『ヘル、この男は一体……』


『ちょっと待ってね。ツヅラさん、改めて聞きますけど……なんで殺してたのか教えてもらえますよね?』


喉と腹の傷はもう塞がっている。けれどツヅラの目は先程までと違って冷たく、表情も冷静なものになっていた。


「……誰やアンタ。悪いけど……何も覚えてへん。殺したって……俺がか?」


『下手な言い訳やめてくださいよ、そこの死体はみんなツヅラさんが作ったんでしょ』


「…………さよか。ほんなら復讐や、昔ここに住んどって……酷い目遭ってな。たまぁに帰って来るけど……いっつも記憶無いし血塗れなっとるし……ま、天使様が気にすることちゃうやろ?」


僕が偽物の天使だと言ったことも忘れているのか? 記憶がよく飛ぶというのはイミタシオンだけの話ではなかったのか?


『……別に、僕がツヅラさんをどうこうするっていうのはありませんけど。こんなに殺して……記憶が無いとか異種族だからとかで罪は消えませんからね』


「せやねぇ。まぁ、どうせ俺にはろくな未来待ってへんからそれで勘弁してぇな」


『僕に言われても仕方ないですよ』


「…………さよか。ほんなら……俺、もう帰るわ。記憶飛んだんやったら日付確認せんと。ほな天使様、また今度」


『あっ、ちょっと…………まさか、このための言い訳じゃ……あぁもう……』


足を魚の尾に変え、ツヅラは海の中に消える。その素早さに僕の思考は対応出来なかった。


『動体視力や身体能力が良くなっても、鈍臭いのはどうにもなんないのかなぁ……」


どっと疲れが出てその場に座り込む。砂浜に倒れ込む前にアルが身を滑らせ、自ら枕になってくれた。


「ありがと、アル。さて……レヴィアタン! まだ居るんだろ、おいで!」


海面には出ていないが巨大な影は見える。

思いの外素直に海蛇の頭が砂浜にずるずると這い上がって来た。

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