透け羽
・酒色の国
腕にはめた角飾りから元気な少女の声が響く。
近頃更に力が強くなり、角飾りを通した念話が出来るようになったと話された。
その話を聞いて、僕はあることを思いつく。
「ねぇ、メルはセネカさんの体調の事知ってたの?」
『うん、昔っから体弱いの、彼女』
「そっちの……その、お菓子って、どうかな」
我ながら伝わりにくい質問をしたと後悔する。
お菓子の国のお菓子は強い魔力が込められており、それを食べればメルのようにセネカも魔力を吸収出来るのでは、そう言いたかったのだ。
『セネカはワタシと種族が違うの、インキュバスは吸精以外で栄養摂取が出来ないのよ。
でもセネカは生まれつき生気を吸い取れない体質なの、だから生まれ持った魔力を節約して、安定させて、何とか生きてるのよ』
「え? そうだったの? てっきり人が苦手すぎて吸精出来ないんだと思ってた」
『……そんな馬鹿みたいな理由で死にかける奴いるわけないじゃない。ボケないでよね、だーりん。
確かにセネカはワタシと違って異性の目も見れないタイプだけど』
僕の思いつきは無知ゆえの馬鹿な提案に終わった。
その上に彼の体質まで勘違いして、本当に恥ずかしい限りだ。
「っていうか種族が違うって? メルは淫魔じゃないの? アルがそう言ってたんだけど」
『ワタシの種族はリリム! 淫魔に分類されてるけどサキュバスとかとは違うの!』
角飾りの振動が増す、怒っているのだろうか。
『だーりんのばかぁ! ワタシは人間と大して変わらないって言ったじゃない! ワタシの話なんてだーりんは興味無いんだ!』
「ご、ごめん、ちょっと勘違いしてて」
『悪魔呼ばわりされるの嫌いって言った!』
「それは覚えてるよ……ごめんね」
『それはって何!?』
間違いなくドツボにはまっている。
僕の発する言葉は全てメルの逆鱗に触れる。
それを察した僕は、角飾りから聞こえてくる涙混じりの怒声に対してただただ謝った。
ようやくメルの気が収まり念話を終える、時計の長針は何周したのだろうか。
自分の無知を責める。
精神の疲れからベッドに倒れ込むと、アルがニヤニヤと笑いながら僕の顔を覗き込んできた。
『随分と長かったな?』
「聞いてただろ」
『貴方はもう少し女心を理解する努力をした方がいい』
「そういう問題だったのかな……分かんないよ。そういえば、セネカさんは? お風呂?」
部屋を見回すも青年の姿も少女の姿も見当たらない。
水音も聞こえない。
外は真っ暗で細い月だけが空に浮かんでいた。
『用事があると言っていたぞ、日付が変わるまでには戻ると』
「大丈夫かなぁ、道端で倒れたりしない?」
『心配し過ぎだ。今まで一人で外出してこなかったわけでもあるまい』
それよりも、とアルはベッドに飛び乗り顔を擦り寄せる。
『久しぶりに二人きりだな』
「そんなに久しぶりでもないだろ? だからって何かあるわけじゃないし」
『つれないな、だがそこがいい』
アルは僕の胸の上に頭を置き、しばらくすると寝息を立て始めた。
動くこともできず、話す相手もいないので僕も寝ることにした。
用事を済ませ、宿に戻る途中。
出来れば二度と会いたくないと思っていた人物が現れる。
「よぉ、セネカ。元気か? あのガキは一緒じゃねぇな。今日は女か? まぁどっちでもいいけどよ」
『アンテールさん……通してください』
ダン! という音とともにアンテールの長い足が狭い路地を塞ぐ。
足がついたコンクリートの壁にはヒビが入った。
自分とは比べものにならないその力に寒気を覚えつつ、それでも負けじとアンテールを睨む。
「相変わらずだなぁ……そんなに俺が嫌いか」
『通してください』
「店にいた時もそうだったな? 俺が何言っても素っ気なくしてよ」
ニヤニヤと笑っていたアンテールの眉間に皺が寄る。
不機嫌そうに乱暴に羽を掴みあげる。
「あぁー……やっぱこれ欲しいわ」
アンテールは右手で羽を掴み左手で肩を掴む、恐ろしい力だ。
『痛い! やだっ、やめて…ちぎれちゃう!』
「ちぎるんだよ、欲しいのコレだけだから」
みし、と骨の軋む音が響いた。
今この男は何と言った? 羽をちぎる? そんなこと。流石に本気なわけがない。
そんな甘い考えは羽と繋がった骨とともに壊される。
「うおっ……何今の音、骨あんの? この羽」
『うぁっ……痛い、やめてよ、アンテールさん!』
そう声をあげるとアンテールの力が緩んだ、分かってくれたのか…そんなことを考えるボクはやはり甘い。
ボクを蹴り倒し、頭を踏みつけると羽の付け根に出来た裂け目に指をねじ込む。
ぶちぶちと筋肉の繊維がちぎれていき、簡単に骨が露出する。
アンテールは花を植えるために地面に穴を掘っているかのように、鼻歌を歌いながら肉を裂いていく。
「へぇー……すげぇ、こうなってんだ」
アンテールの声は無邪気だ、知的好奇心を満たす子供のように。
そう、子供なのだ。
子供が悪戯に虫を殺し、解体していくのと同じ。
ボクは彼にとって虫と同じ。
「まぁいいや、別に骨いらねぇし」
そう言うとアンテールは立ち上がり、肩と頭を踏みつける。
両手で羽の付け根を掴み、引く。
骨の折れる、肉のちぎれる音が体中を通して伝わる。
不意に背中にかかっていた重さが消え、男の足もどかされる。
「よし! 綺麗に取れた。じゃあなセネカ! 残りはいいわ」
最後に軽く頭を蹴り、足音が遠のいていく。
今、何と言った? 綺麗に取れた? 何が?
激痛に耐えながら背中に腕を回す。
右側の羽は……二枚、ちゃんとある。
左側の羽は……一枚? 上の方は?
羽の感覚がない、他の羽も上手く動かない。
体の感覚も薄くなり、立つことも出来ない。
寒気がしてきた、体の底から凍えている。
うつ伏せに倒れたままの景色は赤い。
少し前まではコンクリートの灰色だったはずなのに。
ぬるいお湯に浸かっているような気分だ、それでもどんどん体は冷えていく。
『キルシェ?』
聞き覚えのある声だ。
ああ、そう、レリエルの声。
『……すごく寒いんだ。何とかしてくれないかな』
『キルシェ、その傷は、羽はどうした』
『寒い、寒いよ、ねぇ、そこに居るの?』
『キルシェ、羽はどうした』
何を言っているのかよく聞き取れない。
目も耳も曖昧になってきた、なんだかすごく……眠い。




