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魔法使いの国で無能だった少年は、魔物使いとして世界を救う旅に出る  作者: ムーン
第三十三章 過去全ての魔物使いを凌駕せよ
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アカシックレコード

・書物の国




アルは受け付け横の椅子でヘルが本を読む様をじっと眺めていた。ロキの愛の言葉も、それを無視し続けるマルコシアスも、何も目に入っていない。

それはヘルも同じだ、ぶつぶつと何かを呟きながら、本に集中している。


『…………ヘル』


人間の耳には拾えない声で名前を囁き、膝に顎を乗せる。本とヘルの腹の隙間から真剣な表情を覗き、うっとりと眺める。

アルは先程の懇願がヘルに届いていないことは察していたが、それを嘆くよりも先に今は愛おしい人の真剣な顔を眺めていたかった。

虹よりも鮮やかに多くの色を重ね、変化し続けるヘルの瞳。瞳孔らしきものは見当たらず、魔法陣や魔術陣にも見える不思議な模様が浮かんではその模様も変化し続けている。


『ふふ……ヘル、ヘル……ヘル……愛してる、ヘル……』


瞳だけを見上げ、腹に耳を寄せて体内の音を聞く。

アルはそんな幸せに浸っていたから気が付かなかった。首に下げた移身石の中心に黒いモヤが浮かび、それが少しずつ広がっているなんて──



貸出や返却の対応を終え、アガリアレプトはマルコシアスがヘルに渡した本が何か確認するため表紙を覗く。


『いや、本当に……一人称が俺様な人は無理』


『えっ……いやいやいや、俺は別に一人称俺様って訳じゃ……』


『俺に変えてくるところも気持ち悪いね』


『違うって! 俺様は気分乗ってきた時にノリで出すやつで、普段は俺なんだよ!』


どうでもいい言い争いをしているマルコシアスの腕を引き、アガリアレプトは人差し指を立てて唇に当てる。図書館だから静かにしろ、と。


『あはは、ごめんごめん』


『いい加減ルールを覚えてください。ところで、あの本は禁書棚に入れてあったはずですが……』


『いくら呪いとかの耐性低いって言っても本を触るくらい大丈夫だよ?』


『そうではなく。彼は昔来た時に禁書を数行読んで倒れました、それなのに今は何ページも読んでいるのに顔色一つ変わらない』


そう言われてマルコシアスはヘルの顔を確かめる。何一つ異常は見当たらない。


『そりゃあれだけ魔物使いとして成長すればね……魔物使いって呪いは効かないんだろ?』


『魔力によって影響を及ぼすものは基本効きませんよ』


『あ、ベルゼブブ様……ありがとうございます』


突然顔を上げ会話に混ざってきたベルゼブブに二人は身を強ばらせる。


『あれ何の本なんですか? 私の位置からでは表紙も中身も覗けないんですよ』


『ネクロノミコンの写本です』


『ふぅん……聞いたことない名前ですね。呪われてるんですか?』


『いえ、内容が危険なものなので禁書とさせていただいております。常人が読めば正気を保てない代物かと』


ベルゼブブはじっとヘルを観察する。どんなに微細なものであろうと動きには敏感な彼女の瞳にも、ヘルの異常は拾えなかった。


『なんともなさそうですね』


『ええ、ところでマルコシアス。どうしてあの本を?』


『勘なんだって……んー、でも、なんかもう一個ある気がするんだよねぇ。あかし……? いや、このくらいの……細長ーい、何か?』


マルコシアスはジェスチャーで十数センチの細長い何かを示す。


『……失礼しますマルコシアス。暴かせていただきます』


『えっ? ちょっと待って心の準備が……』


アガリアレプトはマルコシアスの返事を待たず、彼女の眼前に手のひらを広げた。


『…………アカシックレコード、ですか?』


『何それ?』


『マルコシアスの頭の中に浮かんでいた「あかし……?」ですよ』


マルコシアスは前髪を整え、首を傾げる。


『世界の全てが記録されている書物、でしたっけ? 確かにそれなら何を求めていても情報は手に入りますね。でも……実在するんですか?』


『この世の全て……天界の書物ではないんですか?』


『違いますね。アレには創造神の創造物だけが記されています。他の神は天使に調べられた分しか記せていないはずですよ、神性なら千里眼も完全には効かないでしょうし』


マルコシアスも受付の中に回り、使われていない椅子に腰掛けた。その膝の上にベルゼブブが何の遠慮もなく座り、マルコシアスは移動はおろか足を組むことも出来なくなった。


『アカシックレコードなんざ架空のもんだろ? 本って感じじゃなくて概念的なアレらしいしさー? 親父はあるなら欲しいっつてたけどよー』


『……貴方も知らないなら存在しませんね』


『おっ、ベルさん俺信用する?』


『ええ、まぁ。貴方は何かと──って待ってください何ですかベルさんって首捻りますよ』


ロキは受付台に腰掛け、アガリアレプトに引き摺り下ろされ二つの椅子の間の床で脚を開いて座った。


『でも思いついたってことはそれに似たものはあるってことだよねぇ』


『あの本は一応目を通したはずですが……見落としましたかね。翻訳が不十分なところは飛ばしてしまいましたし……』


『おーい姫さん、後で俺に読ましてー』


ロキは突然立ち上がると受付台を軽々と飛び越えヘルの肩に顎を置いた。アルに睨まれウインクを返し、ヘルが読み込んでいるページを共に眺める。


『……なんて書いてんだこれ、何語だよ……』


「…………門…………鍵を……」


『おいお姫様よ、読めてんのかお前』


ヘルは文章の中、強調されるように太く書かれた一文を指差す。


『……なんだ?』


「…………これが、呪文」


『呪文? 何の?』


「門を開くための」


『……なんだそりゃ?』


「…………別に宇宙の秘密なんて知りたくない。ただ、『黒』の名前が分かれば……でも、門は全ての時空に……」


ロキは本に目を奪われているヘルの顎を掴み、無理矢理上を向かせ、その瞳を覗いた。


『……お前、本当にヘルシャフトか?』


「…………僕が僕じゃなかったら誰だって言うの?」


ヘルはその手を払い、本を押し付けてアルの頭を抱き締める。アルは不安に思いながらもその腕に甘えた。


「僕は僕だ、これからも……ずっと。そうだろ? アル」


『……ああ、私の愛しいご主人様』


『…………いい子』


軽く頭を撫で、立ち上がる。本を持ったままヘルを観察しているロキを押しのけ、マルコシアスを呼んだ。


「銀の鍵ちょうだい。あるんだろ?」


『……銀の鍵? ああ! それだ、さっきから細長ーいこのくらいのが頭に浮かんでて……で、何? その……鍵?』


『宝書庫にあるものです』


『へぇ……そんなのあったんだ。書物じゃないのに宝書庫なの?』


『……ずっと昔、正義の国に対抗出来るかもしれないとどこかから持ち込まれたものです。しかし、使い道が分からずずっと眠っていました』


アガリアレプトは他の司書を呼んで受け付けを任せるとヘル達を連れて宝書庫に向かう。だんだんと人気(ひとけ)がなくなり、ゴリゴリと石が擦れ合うような音が聞こえてくる。


『正義の国に対抗出来るかもしれない物を天使が警備してる宝書庫に入れてあるなんてね』


『パラシエルは人界には中立ですし、アレは分霊ですから』


物音にロキは「気味が悪いな」と軽口を叩く。ヘルが怯えているだろうから、からかいを込めた和ませのつもりだった。しかし、ヘルは誰の声も聞こえていないかのように振る舞っている。


『アガリアレプト、2863年8ヶ月24日89秒ぶりだ。何用だ』


ごっ、ご……と大きな岩同士がぶつかるような音を立て、パラシエルは皆を順に観察する。宝玉の瞳はぐりぐりと動き、光の角度で七色に輝く髪は髪同士でシャラシャラと音を鳴らす。


『部屋の最奥に置いてある香木の箱を頂きたいのですが……』


『香木の箱……あのグロテスクな彫刻の? ようやく取りに来たのか、あんな宝石でも貴重書物でもないものを宝書庫に入れて……』


パラシエルは珍しくも感情を見せ、愚痴を呟きながら宝書庫の扉を開き、ゴツゴツと音を立てながら中に入っていった。

しばらくすると木の箱を持って帰ってきて、それを押し付けて再び扉にもたれかかる。輝く翼にキイキイと金属音を鳴らして。


『……それが銀の鍵ですか?』


『気持ち悪ぃ彫り物だなー……中にあんの?』


箱を開けるのは司書達の休憩室でということになり、アガリアレプトを先頭にそこに向かっていた。ヘルは何も言わず最後尾に、ロキとベルゼブブは箱を興味深そうに見つめていた。


『……どうぞ、少年。持って行ってください』


「…………ありがと」


ヘルはぼそっと呟いて箱を開け、羊皮紙に包まれた十数センチの大きな鍵をその手に握った。そして安堵からくる笑みを浮かべる。


「兄さん、お願い」


安心しきった表情のままヘルは姿を消した。

空間転移にしても予備動作が無く、また誰も魔力の揺らぎを察知出来なかった。

悪魔に神性、魔獣。感知出来るはずの自分達が感知出来なかったことで彼らはしばらくの間混乱して身動きが取れなかった。

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