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ぼやけた愛し仔

・???




ライアーへの連絡を終えたと兄が僕達の隣に座る。何で連絡したのだろう、魔法は無いみたいだし、鳩か何かだろうか。


「今日は焼肉するってさ」


「来て良かった……!」


少女はぎゅっと拳を握り締める。そんなに肉が好きなのか。


「あ……お姉さん来てたの」


静かに扉を開け、フェルが現れる。フェルは少女を「お姉さん」と呼んでいるのか。近所の幼馴染みだったりするのか? それとも僕の恋人だから?


「フェル、その服どうしたの」


兄の言葉を聞いてようやく気が付く。フェルの服は砂埃で汚れて、破れている場所もあった。


「えっと……その、公園で、ね」


「遊んでたの? 全く……早く着替えなよ、後で兄さんに叱られると思うよ」


「…………うん、ごめんなさい」


フェルが公園で服を破くほど遊ぶだろうか。その疑問は僕にフェルを観察させ、去っていく背中に靴の跡を見つけさせた。

誰かに蹴られた、いや、踏まれた? 服の汚れや破れも誰かにやられたものなのか。


「そうそう、今日体育あったんだよね、何やったの?」


気が付いていないのか、気が付いた上で無反応なのか、どちらかは分からないが兄は話題を変えた。


「長距離走だ。私は一位だったぞ、弟君は最下位だ」


「情けないねぇ……」


「前、ヘルも最下位を取ったが……」


「少しくらい運動出来ない方が可愛いよ」


最下位は少し出来ないの範囲に入らないと思う。

兄は僕とフェルであからさまに態度を変える……この空間では本当に双子なのに。フェルも人間なのに。兄も人間なのだろうか。そういえば眼の魔法陣がない、真っ黒だ。そんな差異に気が付いても、僕の頭はそれ以上進まずに空間の不可解さが増すだけだ。


「……足、速いんだね」


とりあえずは情報収集、有用無用問わず集めなければ。


「ああ、貴方を抱いてでも並の者より速く走る自信がある」


「二年前だっけ、借り物競争でやってたよねそれ」


借り物競争……? は分からないが、二年も前の記憶も用意されているのか。まぁ当然と言えば当然だけれど。

ぼうっとこの謎の空間について考えていると不意に足に重みを感じた。少女が乗ってきたのだ、それを認識すると同時に首に腕が巻き付き、頬に唇が触れた。

突き放してしまおうかとも思ったが、この空間における僕の行動としてはおかしいだろうし何より彼女は可愛らしい。いや、可愛らしいからと言って……でも、本当に可愛い。僕の好みには掠りもしていないのに、何故か可愛らしさを感じる。


「ヘル、ヘル……ふふ、ヘールー……」


僕の名を呼んでご機嫌な少女の膝の裏に腕を通し、もう片方の腕を背に添えた。そう、俗に言われるお姫様抱っこの姿勢もどき。手を組んで軽く抱き締めると少女は更に嬉しそうに頬を緩ませた。きっと『黒』に同じことをしてもここまで喜ばないだろう、やはり可愛げは大きい。


「……着替えてきたよ」


扉が開く音は微かで、その声が聞こえるまで僕はフェルが戻ったことに気が付かなかった。僕はフェルが誰かに虐げられたのだと思っていたから、すぐにそれを確認しようと立ち上がって──少女を床に落としてしまった。


「あっ……ご、ごめん! 大丈夫?」


「酷いぞヘル……何ともない、私は丈夫だ」


そんな多くの絆創膏や包帯を巻いておいて何を言う。彼女の怪我の理由はなんだろう、活発なようだから「遊んでいて……」なら構わないのだけど。


「フェル、あの……怪我とか、してない?」


「へっ……? ぁ、い、いや、してないよ。してない」


怪しい。


「フェル、本当のこと言って」


フェルは少し迷ったような顔をしたが、観念したのか袖を捲った。その下には大きな切り傷があり、フェルは「転んだところにちょうど尖った石があった」と不運を笑った。


「……本当に転んだの?」


「ど、どうして? 転んだよ?」


「…………手当しないと」


石で切ったにしては傷口が綺麗に思える。尖っていたとしても普通の石ならもっと傷口は歪になるだろう。こんなぱっくりとは開かないと思う。


「兄君、救急箱を。ヘル、弟君を押さえろ」


少女は救急箱から消毒液を取り出すと傷口に垂らした。滲みたのかフェルは一瞬身を強ばらせたが、歯を食いしばって耐えている、僕の押さえなんて必要ない。


「縫うか?」


「えっ? い、いや、そういうのはちゃんとした所で」


「むぅ……ちゃんと出来るぞ?」


「いや、ガーゼ当てて包帯巻くだけでいいよ。明日病院行くから……行くよね? フェル」


傷口を縫うと言い出すなんて思わなかった。身体能力が高く、応急処置以上の医療行為も出来る僕を大好きな美少女……最高だ──あぁいや、何者なのかが気になるところだ。


「……ありがとう、お姉さん」


フェルは綺麗に巻かれた包帯を擦り、袖を下ろした。兄は救急箱を片付けに、少女は手を洗いに行って、フェルは僕だけに聞こえる声で呟いた。


「羨ましい」


「……え?」


フェルは二人がまだ戻らないことを確認し、続ける。


「可愛くて万能な恋人が居て、にいさまに大切にされてて、学校でもまぁまぁな立ち位置で……どうして?」


震える指が僕の肩を掴む。


「なんでっ! 僕の方が勉強出来るのに、僕の方が面倒かけないのに、どうしてお兄ちゃんばっかり!」


「フェル……」


「なのに……お兄ちゃん、僕のこと馬鹿にしないよね。だから、だから余計嫌なんだよ! 余計惨めになるっ……!」


フェルの気持ちが痛いほど分かるのは当然のことだ。けれど、この空間では僕はフェルの思いを察してはならない。


「弟君、どうしたんだ」


「あっ……お姉さん、おかえり。なんでもない、僕邪魔だろうし……夕飯まで部屋に居るよ」


「……相変わらずよく分からない人だな」


少女は当然のように僕の膝の上に座った。


「ヘル、手が冷えてしまった。温めてくれないか」


少し湿った冷たい手を握り、また改めてこの空間について考える。

ライアーが僕達の長兄になっていて、兄は優しさだけで出来ていて、フェルはあまり変わらない。そして見知らぬ少女が僕の恋人。

かなり僕の理想に近い空間ではあるが、だからこそ浸ろうなんて思ってはいけない。どうにかして元に戻らなければ。


「……ねぇ、君さ、名前……」


恋人の名前を聞くのはおかしい。何か言い訳をしなければ。


「か、書いてみてくれない? 書き方の癖とかで性格分かるって少し前読んだ本に載っててさ」


僕は魔法の国に居た時に読んだ本の内容を思い出し、嘘を作った。少女は了承し紙とペンを持ってきた。



άργυρος



味のある達筆だ。少女はワクワクという擬態語が聞こえてきそうなほど目を輝かせ、僕を見つめている。


「アル……ギュ、ロ……ス?」


「ああ! どうだ、私はどんな性格だ」


アル? アルなのか? いや、目の前に居るのはどう見ても人間だ。しかしこの空間が特殊なものなら、例えば「入ってきたもの全てを人間に変える」といったものなら、納得は出来ないが理解は出来る。

少し前、アルの深層意識に潜った時はマルコシアスのような見た目をしていたり、僕の好みを探ろうと様々な姿になっていたが……この姿は見ていないな、僕が年上が好みだなんて言っていたからだろうか。


「えっと、真面目で、ちょっと騙されやすいかな」


戸惑いつつもアルに合いそうな言葉を連ねる。


「……愛情深くて我慢強い、かな。でもあんまり我慢し過ぎると壊れちゃうから、時々力抜いてね」


「成程……だが、私は何も我慢していないぞ」


アルは僕の首に腕を回し、頬に唇を触れさせ、また僕の前に首を傾けて微笑む。

一緒に風呂に入っただとか同じベッドで寝ただとかいつも触っているだとか、今なら納得が行く──いや、人間の姿である今はおかしいだろう。この空間を作り出した者は間抜けらしい。


「真面目で騙されやすくて愛情深くて我慢強いか……当たっているのか?」


「当たったる当たってる」


「うーん……貴方が言うなら、そうなのか」


こういうところが騙されやすいと言うんだ。

そんな軽口を思い付きつつアルを抱き締め、「やっぱり狼がいいな」と頼りない少女の身体に思うのだった。





アルのスペルは初公開ですね!

άργυροςと書きます。読めませんね。


訳の分からない文章や本だとかを「ギリシャ語だ」っていうシェイクスピア的なジョークがあるそうですが、まさにそれですね。

合成魔獣達の名前はギリシャ語由来です。



何かάだけ字体違う気がしますね。これ文章打った時は普通なんですよ、プレビューで変わるんです。不思議ー……

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