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死の足跡

・酒色の国




死人のように青白い肌をした男がマントを翻して意地の悪そうな笑みを浮かべている。


『……アンテールさん、お久しぶりです』


「ああ、ホンットひっさしぶりだな。死んだと思ってたぜ」


『残念ながらまだ生きていますよ、ギリギリね』


セネカは嫌悪感を隠すことなくアンテールを睨む、この二人が仲の良い友人でない事だけは確かだ。

僕は口を挟むような度胸もなく、ただ成り行きを見守る。

すると、アルが僕に耳打ちをする。


『人間の気配だ、少し怪しいがな』


人間? てっきり悪魔の類だろうと思っていたのだが。

外れた予想を未熟の証と捉える。

アルのように鋭くなれば旅も多少は楽になるというのに。


「こいつら誰? 人間と……魔獣? 人工か」


『友人の友人です、友人の頼みで案内中です』


「分かり易いような分かりにくいような……相変わらずだな」


ギョロ、とアンテールの紅い瞳が僕を捉えた。

縦長の瞳孔に人とは思えない気味悪さを感じる。

アンテールはしばらく僕を不審げに見ていたが、興味をなくしたように立ち去った。


「誰ですか?」


嫌な感じの人だ、なんて言いかけてやめる。


『前の勤め先の店長、アンテールさんだよ。なんだか知らないけどボクを虐めるのが好きなんだよね。

羽引っ張っられたり、足引っ掛けられたり、蹴り倒されたり、踏まれたり』


「それは…大変ですね」


『ボクも結構迷惑かけてたからね、ウェイターだったんだけどしょっちゅう倒れてさぁ』


情けないよねー、と笑ってみせるが羽は垂れたままだ、思い出して落ち込んでいるのだろう。

こんなにも人の考えが理解出来るなんて、僕も少しは成長したのか。


「倒れたって……大丈夫なんですか?」


『今は仕事楽だからね、指名入んないとやる事ないからさ。なんでまだクビになってないのか不思議で仕方ないよ』


肉を切っていたナイフの動きが止まる。

この人は表情を誤魔化すのはそれなりに上手いのだが、体の動きで感情が簡単に読めてしまう。


『あの男は人間か?』


『領主の息子だったはずだから……えっと、多分違うと思うけど。領主は人間だったかなぁ、人間かもしれない』


『……頼りにならん、分かってはいたがな』


アルはわざとらしくため息をつき、ワインを飲み干す。

横を見ればセネカの目が潤んできている、とうとう表情も誤魔化せなくなったらしい。

アルには後で一言言っておかなければならない、あまりキツく言わないようにと。

食事を終えて店を出ると、街には相変わらずの怪し気な空気が漂っていた。


『この国に観光地は無いのか?』


『ないなぁ。あ、夜景は綺麗だと思うよ。高い建物がないからただの想像なんだけどさ』


『酒屋に風俗店ばかり、もう少しヘルが楽しめる場所が欲しいな』


「アル…僕は別に」


申し訳なさそうに羽を垂らすセネカに罪悪感を感じながらも、アルが僕を考えていてくれていることを嬉しく思う。

これでワインを飲んでいなければもっといい言葉に聞こえたのだが。

そろそろ面倒な酔っ払いと化しそうなアルを放って、旅の本題を提示する。


「この国にかかってる呪いって、どんな目的のものか分かりますか?」


『目的? 目的はちょっと……名前くらいしか知らないし。それがどうかしたの?』


「お菓子の国にかけられている呪いは、人を食べる為のものなんです。僕はそれを解きたくて、色々と情報を集めているんですよ。

それで、『八つの呪』っていうのを知って、他の国にも酷い呪いがかけられてるんじゃないかって思ったんです」


『……えっと、この国はマトモだと思うよ。外から見たら異質だろうけど、ちゃんと秩序の元に成り立ってるよ』


空を見上げて自分の考えをまとめるセネカの青い瞳に空が映る。

つぶらな瞳はより青く、美しい輝きを持つ。

それはまるで消える直前の蝋燭ように儚く美しい輝きだった。


『温泉の国は天使が呪いを解きに来ていたな。娯楽の国は見張りだったか? 機能しているかは微妙だったがな』


器用に尾でワインを持ちながら、アルは僕の足に体を擦り寄せた。


『無闇に上級悪魔に喧嘩を売るわけにはいかん』


「分かってるよ、悪魔が全部悪いってわけじゃないんだし、そんなことしない」


『もしもこの国の呪いを解いたとしたら、ここに住む悪魔達はきっと退治されるべき魔物になるよ。

人から生気を吸い取る事でしか生きられないんだから。

この国の呪いは悪魔と人を共存させる為のものなんだとボクは思うな』


「共存……ですか」


『人にも理解してもらって、対価を与えた上での吸精だからね。

普通の商売と変わらないよ、それを成り立たせるのが『淫蕩の呪』なんじゃないかな』


宿が見えてきた、この話は部屋でゆっくりとするものだったのかもしれない。

呪いは必ずしも人を苦しめるものではないのかもしれない。

自分本位な悪魔がかけた訳ではないのかもしれない。


『ああ、それにこの国にはちゃんと……』


少し前を歩いていたセネカは僕の方を振り返ると同時に倒れ込む。

咄嗟に支えた体は見た目よりも細く、異常に軽い。


「セネカさん! セネカさん、大丈夫ですか?」


僕はセネカよりも背が低い、いくら軽くても彼を支え続ける事は出来ない。

ゆっくりと膝をつかせ、上半身だけを支えて声をかける。

返事はない。


『よく倒れていたと話していたな、疲れが出たのやもしれん』


「そんな……大丈夫だよね?」


『どうだろうな、此奴の魔力は酷く弱い。私では感知出来んほどにな、それ程弱っているという事だ』


顔色は悪いが、呼吸は穏やかだ。

いや、静か過ぎる。

嫌な想像を振り切る為に胸に耳を当てる。

弱々しい鼓動が微かに聞こえ、僅かな安堵を手に入れた。


アルの手助けもあり、セネカをなんとか宿に連れ帰ることが出来た。

その様子を見た宿の主人は大して驚きもせずに手を貸してくれる。

ベッドに寝かした後すぐに主人は部屋を出ていく。

と思われたが、扉の前で立ち止まり後ろを向いたまま短い話をした。



セネカを雇っているのは正直な話、赤字だ。

だがそれでも解雇しないのは、セネカがもう長くないと分かっているからだ。

出来るだけ静かな部屋を与えて、魔力が安定しやすい食事を渡す。

何の見返りも求めていない、ただの憐憫だ、と。


話し終えると主人は恭しく礼をしながら扉を閉めた。

アルと話す気にもならず、ベッドに腰掛ける。

隣に横たわったセネカは特に苦しそうな様子もなく、怖いくらいに静かだ。

眠っているよりも静かに呼吸をしている。


『ヘル、貴方が心を痛める必要は無い。あまり見るな、情がわくぞ。捨て置け』


「……そんな事、出来ない」


ため息をつくアルを抱き締めながら、どうにか助ける方法はないかと思索する。

だが、悪魔についての知識が全くない僕には到底無理な話だ。


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