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海蛇

・温泉の国




大人しくなったアルを連れて部屋に帰る。

十六夜は呪いを解くためにこの国に来たと言っていた、ならば解き方は分かっているのだろう。

なら問題は悪魔の居場所、それぐらいは僕にも手助け出来るのではないか。

そんな思索をする僕の周りをアルは落ち着かない様子で回っている。


『ヘル、見ろ。水雀エクスが喧嘩しているぞ』


「朝に僕が言ったよ。ねぇアル、悪魔の居場所って分からないかな」


『どの悪魔だ?』


「この国に呪いをかけている悪魔なんだけど」


『名前が分からんことには分からん』


ふぁ、と短く欠伸をして僕の膝に頭を乗せる。

元に戻ったのはいいが少し頼りない。

これだっていつまで持つか分からない、魔力を放出し続けているのだ、耳鳴りがしてきたらタイムアウト、と言ったところだろう。

そうなったら大人しく国を出てアルの様子が戻るまで抱き締めるしかない。


「『嫉妬の呪』をかけた悪魔だよ、分からない?」


『嫉妬だと? ならば海中……いや、あの悪魔は危険だ、近づくな』


「近づかない、近づかないから教えて?」


これは嘘だが、こうでもしなければ過保護なアルは教えてくれないだろう。

出来れば力は使いたくない、これ以上の消費は避けたい。


『本当だろうな? 嫉妬と言えば彼奴だろう、巨大な海蛇……居場所なら海中しかあるまい。人にでも化けて陸に上がっていなければ、だがな』


「へぇ……ありがとう」


海中、と言っても海は広い、役に立つのか立たないのか分からない情報だ。

とにかく十六夜に知らせに行こうと立ち上がる。

アルに特に目立った反応はない、力はまだ効いている。





真っ暗な部屋、会議室。

モニターは砂嵐もなく黒いまま、無音の空間。

暗闇の中光るような白い人影と灰色の人影。机に突っ伏しピクリとも動かない。


ここは頭の中、人格の会議室。

三人いるはずのこの空間に今は意識のない二人だけ。

なら、もう一人は?





旅館の廊下の人通りは明らかに減っている。

そんな中で僕はウサギを連れた十六夜を探していた、部屋番号でも聞いておくんだったと後悔する。


ふと、目の前を黒い影が通り過ぎる。

探している人物ではなさそうだったが、反射的に呼び止める。


「待って!」


必死に大声をあげながら角を曲がると、その人物はそこに居た。

危うくぶつかりそうになりながらも、なんとか踏みとどまる。


黒い服、黒い髪、黒い瞳。

そこだけ光が届いていないような錯覚に陥る。

彼──いや、彼女か。

胸や腰の柔らかな線からそう判断する、その人は長い前髪の隙間からじっとこちらを見つめた。


「あの、人を探しているんです。ウサギを連れた黒髪の人なんですけど」


呼吸を整える事もせずに話す僕は、きっと不審な人物に映るだろう。

その真っ黒な人は僕の後ろを指差した。

首だけで振り返れば十六夜がこちらに歩いてきている。


「あ、ありがとうございます」


少女に礼を言っていると元気な声がぼやけた頭に轟く。


「ヘルさんこんにちは! アルさんの調子はどうですか?」


「大丈夫だよ、今のところはね。ああ、それで呪いの事なんだけどさ、アルが言うには悪魔は海中に居るみたいなんだよ」


海中、と聞いて十六夜は難しい顔をする。

そんな飼い主を気にせずに足下を飛び回るウサギ達を見ていると、背後から冷たい声が聞こえた。


『海蛇のかけた呪い、レヴィアタンの嫉妬の八つ当たり』


海蛇、レヴィアタン、確かにそう言った。

何故そんな事を知っているのか、そんな質問は十六夜に遮られる。


「呪いについて何か知っているなら教えてください! 私は天使の加護を受けた月の戦士です! びっしぃ!」


効果音らしきものを叫び、決めポーズらしきものを決める。

彼女はそれに何の反応も示さずに淡々と続けた。

無機質に機械的に、生命を感じさせない冷たさで。


『ここから東に行った先、洞窟の奥』


「分かりました! ご協力ありがとうございます!」


十六夜はまさに脱兎の如く駆けていく、止める暇は無かった。


『オファニエルの加護を受けた程度で勝てるとは思えないね』


オファニエル…?

十六夜は一度もそんな事を言っていない、僕も知らない。

その天使の名らしき言葉を、何故知っている。

呪いをかけた悪魔の名を何故知っていた。


「あなたは、誰?」


『オファニエルは月を司る、満月の夜を狙ったんだろうね、それで海蛇に勝てると思っている、本当に……馬鹿な奴』


「天使の事ですよね、どうして知っているんですか? 呪いをかけた悪魔もそうです。そんなに詳しいなんて、あなたは何者なんですか」


『レヴィアタンを相手にするなら同じく魚のガギエル、或いは水のサキエル。まぁ、それでも勝率は低いね』


僕の質問には一向に答えようとせず、出口へと歩き出す。


『他の天使に助けを乞うのか、君自身の力で海蛇を''支配''するのか、楽しみにしているよ』


止めようと掴もうとした手はすり抜ける。


『僕は傍観させてもらうよ。それが生への執着となり得るのなら、嬉しいけれど』


そう言うと霧のように消えていく。

手どころか体まですり抜けて、僕は呆然と立ち尽くしていた。





もふん、と手に何かが触れる。

足に擦り寄り、手を舐める。


『ヘル? こんな所で何をしている』


「アル、今すぐ東に行くよ!」


呆けた顔をするアルを置いて走り出すが、足に巻きついた黒蛇に止められる。


『その格好で外に出る気か、浴衣一枚では凍えてしまうぞ』


アルの言うことは正しい、時間は惜しいが一度部屋に戻り着替えながら状況を説明する。

彼女は十六夜一人では海蛇には勝てないだろうと、そう言っていた。


『はぁ……海蛇、レヴィアタン……無理だろう。海で最も優れた生き物だぞ? 上級悪魔だぞ? ああ、勘違いするなよ、ちゃんと着いて行くからな』


背後で落ち着きなく歩き回るアルを放って鞄を漁る。

底の方から禍々しい真っ黒の本を取り出す。

アルが僕から目を離した隙にそっと懐に忍ばせた。


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