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変異

・温泉の国




アルの様子はおかしいままで、僕が少しでも目を離すと尾で締め上げた。

今朝も僕の布団で寝ている。

一緒に寝る事は少なくないが、今回ばかりは事情が違う。

僕を押さえつけるように僕の上で寝ているのだ。

寝苦しくて仕方がない。


『おはよう、ヘル』


「おはよ、アル。早くどいてくれないかな」


渋々と僕の上から退き、僕の身支度を待っている。

ふと窓辺に目をやれば三羽の雀が止まっている、今日は鳴かずに喧嘩をしているようだ。


『ヘル、何を見ている』


怒気混じりの声が背後から聞こえる。


「雀が喧嘩してる」


『知るか、そんなものどうでもいいだろう』


「どうでもいいって……そんな」


アルは牙を剥き、唸り声をあげる。


『そんなに雀が大切か?』


「……ううん、そんな事ないよ。ちょっと気になっただけだから」


嘘、という程でもないがアルの機嫌を取る為に少し演技を加えた。

それをお気に召した様子で尾を揺らし、僕の前を歩いて広間に向かった。

広間の人々は昨日の通りだが、その顔は沈鬱だ。

ただ一人を除いて。


「おはようございます! ヘルさんアルさん! ウサちゃん達もおはようって言ってます!」


「あぁ……おはよ」


ウサギを抱いた十六夜の様子は変わらない、だがアルの機嫌をとるためにはあまり話す事も出来ない。

目を背けたままに軽い挨拶を返し、朝食に集中した。

隣からはアルが骨を砕き飲み込む音が聞こえてくる。

その反対側に座っていたのは灰色の少女ではなかった。

真っ白な女性だ。

反対に灰色の少女はどこにも見当たらない。


アルは食事に夢中だ、今なら少しくらい話せるだろう。


「あの、ヴォロンタさん。おはようございます」


『……あら、ヘル? おはよう』


不機嫌そうだ。

朝に弱いのだろうか、印象通りといえばそうなのだが。


『ねぇ、ヘル。昨日はどこに居たの? 貴方と話そうと思って旅館を探し回ったのよ?』


「え、その、山の方に行っていて」


『へぇ? そう、私を放って楽しんできたみたいね。気に入らないわ』


「え?」


『私が貴方の事を考えている間、貴方は私の事を考えていてはくれないでしょう? だから、それが、気に入らないわ』


ふい、と反対側を向いてしまう。

様子がおかしいのは彼女もだった、変わっていないのは十六夜と僕……僕は変わっていないのだろうか。

自分では気がつかないだけなのかもしれない。


アルの背をそっと撫でると、優しく尾を絡ませてくる。

膝に頭を擦り寄せる仕草は可愛らしいが、そこに含まれる感情は恐ろしい。




食事を終えるとアルは温泉に行った。

僕は人間用の温泉に行くからと言うと簡単に別行動を承諾した。

勿論それは嘘だ、僕は寝る前以外は積極的に風呂に入らない。

昨日のように特別な場所でもないのであれば特に、だ。


他の宿泊客の様子を観察する。

やはりおかしい、皆不機嫌に口喧嘩をしている、手を出す者もいる。

観察を続けていると目の前にヴォロンタが現れる。


「あ、ヴォロンタさん、ちょっといい?」


『ええ、勿論。なぁに、ヘル』


とろんとした目で微かに微笑む。

食事の時とは違い上機嫌らしい。


「今日、っていうか昨日からなんかおかしくない?」


『おかしい? 何が?』


「皆……かな? 不機嫌っていうか、なんかおかしいんだよ」


ゾッとする程赤い目が、僕を捉える。

僕が話す度に不機嫌になっていく、そんな気がするのはきっと僕の妄想ではない。


『私と話したいのは私の事じゃないのね、私が貴方と話したいのは貴方の事だけなのに。もう、いいわ。初めからこうすれば良かったのかもね』


真っ白な、僕よりも細い手が僕の腕を押さえつける。

その力は異常だ、身動きが全く取れない。

彼女の唇がそっと喉元に触れる。


「あの、ヴォロンタさん? 何を、するの?」


絞り出した声は震えていた、情けなくも抵抗すら出来ない。


『……食べるの、そうすれば貴方とずうっと一緒。そういうの、鬼らしいでしょう?』


艶っぽい笑みを浮かべると、ゆっくりと口を開ける。

鋭い牙が僕の喉に突き立てられようとした時、元気な声が響いた。


「ヌーヴェル! 意識奪取ラビットパンチ!」


パン!と短い破裂音が響くと同時にヴォロンタが僕の方に倒れてきた。

背後にはちょこんと黒ウサギが座っている。


「大丈夫ですか? ヘルさん」


「え? あ……十六夜さん、何をしたんですか?」


「ちょっと殴っただけです! ウサちゃんが!」


黒ウサギを抱き上げてニコッと笑う。

異常事態でも変わらない彼女はとても頼もしい。

ふと下を見ると、真っ白な筈の髪がだんだんと灰色になっていくのが見えた。


「これは……どういうことでしょう」


真っ白だった筈の人は、起き上がる頃には灰色の少女になっていた。

自分でも何を言っているのか分からないが、本当に起こった出来事なのだ。


ウサギを抱きかかえたままの十六夜もその有様を呆然と眺めていた。

そして起き上がった灰色の少女は、しばらくぼうっとしていたが僕の姿を見つけると焦ったように去っていった。


「どう言うことでしょうか? でも、今はそれよりも大事な事があるのです!」


「え? いや、ヴォロンタさんは?」


「後で考えましょう! 今はこの事態をなんとかする方が先です!」


「そうかなぁ」


珍しくもキリッとした表情で、十六夜は話しだす。


「この国にかけられている呪いが昨日から旅行者にまで及ぶようになったのです、何者かが関係しているとしか思えません!」


「呪いって、知ってるの?」


「ええ、私はそれを解く為に遣わされたのですから! 私は天使の加護をうけた、月の戦士なのです! びっしぃ!」


自分で効果音をつけながら決めポーズらしきものをとる、そんな彼女には不安しか感じない。

だが、僕以外にも呪いを知っている者がいるのだ。


「この国の呪いは『嫉妬の呪』、感情を歪めてしまう大変危険な呪いなのです!

私はウサちゃん達とこの呪いをかけた悪魔を探し出さなくてはなりません。

ところでヘルさん、呪いについてご存知なようですが」


「あ、僕も呪いについてちょっと調べてて……まぁ、それはいいよ。その悪魔がどこにいるかは分からないの?」


「全く見当もつきません!」


「そ、そっか」


似たような目的の人を見つけられたのは幸いだが、不安だ。

何故か不安しか感じない。

ため息をついていると、背後からいつでも聞きたいはずだったのに今だけは聞きたくない声が聞こえてきた。


『ヘル? 何をしている』


ぐる、と微かに唸り声が聞こえる。


「あ、アル、早かった……ね?」


『空いていたのでな。なぁヘル、貴方は私を偽ったのか? 随分と酷い真似をしてくれるなぁ!』


壁を打つ尾がうねり、忍び寄った白ウサギを叩き落とす。

十六夜は慌てて白ウサギを拾い上げ、走って逃げた。


『ウサギ程度で私をどうにか出来るとでも? 軽く見られたものだな、私は銀の階級の合成魔獣キマイラだぞ? 悪魔や天使に劣ったとしても並の魔獣には負けん。』


「アル、その……君は何か勘違いしてるよ」


『勘違い? 何をだ、貴方の心が私から離れている事は分かっている』


「アル、アル。違うよ、どうしてそんなこと言うの。僕は……」


歩み寄るアルの目には獰猛な肉食獣としての輝きが宿っている。

そして、先程の会話を思い出した。

『嫉妬の呪』、感情を歪める呪い。

今のアルは僕が関心を寄せるモノ全てに嫉妬するようになっているのではないか。

ならばどうするべきか、この呪いは僕にはまだ解けない。

思いついたのは出来れば取りたくない手段だった。


「アル、ごめんね…… 僕 の 前 に 跪 け 」


ふっ、とアルの目の輝きが消え、僕の前に行儀よく座った。

罪悪感に苛まれるが、アルのためなのだと自分に言い聞かせた。


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