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偽物の存在理由

・魔法の国跡地




瓦礫を踏みしめ、小さな欠片を戯れに蹴り、ぼうっと自分の爪先を見つめる。

ぽたぽたと水滴が落ちて、靴や瓦礫にシミが出来ていく。


『ヘルシャフト様……って、何泣いてんですか』


「泣いて、ないっ」


『泣いてるじゃないですか? 何かあったんですか? 先輩は?』


アルの話題を出され、感情の蓋が完全に壊れる。

僕はみっともなく大粒の涙を零しながら、ベルゼブブを抱き締めて声を上げて泣いた。


『ちょちょちょっ……な、なんです? 何があったんです?』


「アルっ……がぁ、僕、要らないって」


『……はぁ? あの先輩が? そんな訳ないじゃないですか。どーせまたくっだらない勘違いでしょう』


ベルゼブブの物言いは冷たいが、背をぽんぽんと叩く程度の優しさは持ち合わせている。僕は泣きじゃくりながらも今あった事を全て話した。


『…………兄君が作った偽物ですって? それって──アレの事ですか?』


ベルゼブブは背を叩いていた手で僕の肩を引き、後ろを向かせた。そこには必死に目線を逸らす『僕』の姿があった。


「……何だよ、偽物。僕からアルを盗っておいてまだ何かあるのかよ!」


僕はベルゼブブから離れ、偽物の胸倉を掴んだ。僕は偽物に対してだけは強く出られる。何故なのかは考えたくない。


『ち、違うよ。盗ったつもりなんてないし……』


「盗ったんだよ!」


『僕はただ! これを……渡そうと』


偽物は僕に黒いローブを押し付ける。僕は彼の服から手を離し、それを受け取った。


「…………何これ」


『え……と、ほら、君、びしょ濡れだから…………その、寒いだろうと思って。そのローブには適温保持の魔法がかかってあるから、それ着て。あと、僕の家にある服に着替えても……』


「あれは僕の家だよ! お前の家じゃない!」


『…………ごめん』


確かに、偽物の服なら僕にピッタリだろう。床に散らばっていたのは兄のものらしい服ばかりだった。偽物の服は片付けてあったのだろうか。

どんなに良い服であっても、偽物の為に用意された物なんて触れたくもないけれど。


『と、とにかく、それは着て? ね? 風邪引いちゃうよ』


『……なーんかいい子ですねぇ。これじゃ先輩も鞍替えしますよ。ヘルシャフト様がぐずってばっかりだから流石の先輩もうんざりしたんでしょうねぇ』


僕はローブを握り締めたまま、ケラケラと笑うベルゼブブを睨む。

偽物に視線を戻せばその傍らにアルが寄り添っていた。


『……鞍替えなど、していません。私はヘルのものです、ヘルが私を捨てる事はあれど、その逆は有り得ません』


そんなに愛おしそうに寄り添っておいて、よくそんな口がきけたものだ。


「…………嘘吐き、嘘吐き嘘吐き嘘吐きっ! 捨てたじゃないか! 僕なんてもう要らないんだろ!? その偽物の方がいいんじゃないか!」


『違う! 私は、ただ……貴方と同じ見た目をしたこの子が、放っておけなかっただけで、少し……慰めていただけで、それが気に入らなかったのなら、どんな罰も受けよう。だから、ヘル。私を信じてくれ』


この子、と言ったか。兄が作った偽物に人格を認めたのか。スライムが僕に化けただけなのに、それを可愛がっていたのか。


「いい子だよね。僕よりずっと。優しいみたいだし、きっと素直だ。こんなふうに駄々こねたりしないんだろうね。だったら……そっちの方がいいじゃないか。放っておけないならそっちに構ってろよ」


『ヘル……許してくれ、私は』


「怒ってないよ。僕、前から思ってたんだ。アルは僕と一緒に居なけりゃ幸せなのにって。解決だよ! そいつと一緒なら僕と一緒に居ることにはならないけど、僕よりいい子なんだから楽しいだろ!? あぁ良かった! アルはこれで幸せだ!」


自暴自棄になって、裏返った声で叫んだ。最低だと自分を蔑みながら、良い考えだと自分を褒める。


『…………幸せと思うのか? 私が、貴方から離れて……本当に、幸せだと……』


アルの声色は変わらない。表情も読み取り難くて、アルが何を考えているのかよく分からない。

今すぐにでも謝って、抱き締めたい。撫でたい。包まれて眠りたい。


「思うよ」


けれど、アルは僕と一緒に居たら不幸になるから。アルが僕を捨てられるように、自分の心を殺さないと。


『あ、あの……大事なお話中に申し訳ないんだけど』


俯いた僕の視界に偽物が入ってくる。偽物は僕の手からローブを取って、そのローブを僕に被せた。


『これ、着て? 本当に風邪引いちゃうから』


「…………風邪引いて、悪化して、肺に穴空いて死ねばいい」


『ダメだよ。死んじゃダメ。着て』


腕を掴んで、袖を通させて、フードを被せた。

胸元の紐を結ぶと偽物は満足そうに笑った。その笑顔はとても不愉快なもので、僕は我慢出来ずに偽物を突き飛ばした。

偽物は瓦礫の上に倒れた。僕はその腹に乗って、首に手をかける。


『ヘル! やめろ、それは貴方の──』


『やめるのは貴方ですよ、先輩』


『ベルゼブブ様? 何を言うのです。このままでは、ヘルが……』


『ヘルが、なんです? 殺される? 安心してください、あれは偽物です。人の形をしたモノを殺す? いい経験です。まともな生命体ではないのだから、気にする事はありません』


ベルゼブブがアルを止めてくれた。

僕は誰にも邪魔されず、偽物の首に手を添えたまま、その理解不能の行動の説明を求めた。


「……君は、僕が死んだら困るの?」


『困るよ。すごく困る』


「なんで?」


むしろ本物に成り代わる好機だろう。僕に成り代わったところで──、だけれど。


『にいさまが悲しむから。僕はにいさまを悲しませたくないんだ』


「なんで? だって……君も、君は、殴られてるんだろ?」


偽物の腕や首筋には痣などの傷痕があった。服に隠れて見えないところにはもっと多いのだろう。スライムのくせに痣が出来るなんて……とは思うけれど、それはきっと兄の趣味だ。

兄の鬱憤晴らしの道具、兄の欲望の捌け口。そう考えると同情と嫌悪感が沸き上がる。


『うん、僕は練習台だから。にいさまが君を虐めてしまわないように、君を暴力以外の方法で愛せるようになるように、君の望む兄になれるように、その為に僕がいるんだ』


「…………僕を、虐めないように? 何それ、にいさまは……僕を殴るのが好きなんだろ? それ以外の方法でって何? にいさまは僕を虐めたくて虐めてるんだよ、にいさまにとって僕にそれ以外の価値なんて無い」


偽物が言っているのは僕の考えとは真逆の事だった。

僕は兄の愛を信じて求めているけれど、心の奥底ではそれが錯覚だと分かっている。兄は僕を愛していなくて、僕をストレス発散の道具だと思っていると知っていた。

なのに、この偽物は兄が僕を愛していると言った。その上兄が僕の為に努力しているような事まで言った。


『……にいさまは君のことが大好きなんだ。君に好かれるように頑張ってるんだ。最近少しずつ我慢出来るようになってきたんだよ? きっともう少しで君が求めてたにいさまになるよ』


あぁそうか。これは兄の罠だ。

僕を壊して治して遊ぶ為に、もう一度捕まえる為に、僕に勘違いさせようとしているんだ。

なんて卑劣な罠だろう。けれど、僕はそれには引っかからない。もう二度と兄に騙されない。


「君は僕の見た目に似せただけで、にいさまが動かしてるのかな。それとも、自分が解放されたいからそんな事を言っているのかな。どっちにしても…………嘘吐きな偽物なんて、僕より最低。僕に生きている価値がないんだから、僕より酷い君は……」


『死ななきゃならないの?』


「…………分かってるなら、抵抗しないでね」


僕は偽物の首に添えていた手に力を込めた。全体重をかけて、押し潰すように首を絞めた。


『ダメだよ。僕はまだ必要なんだ。にいさまにはまだ練習が必要なんだ。それに……君には僕は殺せない』


息も出来ないはずなのに、偽物はスラスラと言葉を紡ぐ。


『僕は少し前の君の脳を完全にコピーして再現した生き物。人間の形をしているだけで中身は違うから、そこを絞めても死なないよ。でもだからって脳を破壊しちゃダメだよ、脳がないと動けないから』


脳を破壊すれば動かなくなるのか。

自分から殺し方を説明してくれるなんて、馬鹿な奴だ。それともこれも罠なのだろうか。

それはどっちでもいい、とりあえず試してみよう。脳は頭にあるのだろうか。

僕は手頃な石片を拾い、偽物の頭に打ち付ける為に腕を振り上げた。

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