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砂漠を歩いて

・砂漠の国




宿を出て空港に。次は砂漠の国だ。マンモンに少し前に奇怪な事件があったと聞いている。

以前砂漠の国に行った時はセネカと一緒で、遺跡調査の護衛をしたんだったか。その結果巨大な魔物と戦う羽目になったり……色々あったな。

この国で『黒』に頼まれてルシフェルの封印を解いて、そこで──


『ヘル、ヘル! ヘールー!』


「…………アル。あぁ、ごめん。何?」


たしっ、とアルの前足が座っていた僕の肩に置かれる。


『私達が乗る便が来た。早く行こう』


「……うん」


『どうかしたのか?』


僕の顔の前で首を傾げるアル。その仕草は可愛らしく、僕の心を癒してくれる。


「…………なんでもない、行こ」


こんな誤魔化しは通用しないだろう。だが追求さえ逃れられればそれでいい。

僕はアルの視線を背に感じながら、飛行機へ走った。




砂漠の国の空港には苦い思い出がある。方位磁石の北と南を間違えて反対方向に進んだあの思い出だ。


『なぁ頭領、自分地図読めるん?』


「完璧だよ。僕地図読むの得意なんだ」


『……ヘルにそんな雑用はさせられん。私が請け負おう』


同じ轍を踏む事のないよう気合を入れていたのだが、アルに地図を奪われてしまった。

気を落としていると僕の手に地図が戻ってくる。


『やめろ犬神! ヘルは方向音痴なんだ、真昼間の砂漠で迷うのは死に直結する!』


「僕は方向音痴じゃない!」


『なんや方向音痴なんか、せやったら任せられへんわ。ほら地図寄越し』


酒呑が背後から地図を奪い、アルに渡す。

そしてまた僕の手に戻ってくる。


『聞いていなかったのか犬神!』


「カヤ……僕を信用してくれるんだね。大好きだよカヤ!」


『犬神ってほぼ自我あれへんよな』


『主人の願い叶えるだけの道具ですからねぇ、思考もないし……恨みくらいしか残ってへんのちゃう』


鬼達のカヤへの無礼な戯言など捨て置いて地図を読む。

アルが行こうとしていた方向は正反対だ。


『ほら、方向音痴だろう』


「アルが方向音痴なんだよ」


『……犬神、主人が死んでもいいのか』


ゆら、と目の前の景色が歪む──違う、僕をすり抜けてカヤが半透明の姿を現したのだ。


『……死? 喪? 失?』


『ヘルは方向音痴だ。ヘルに地図を与えるとヘルは死ぬ』


そんな説明が通ってたまるか、僕はそう叫んだがアルは意に介さない。


『嫌、嫌……ィャ、嫌、否、否』


『忠実なだけが主人の助けになるとは限らない』


『犬神に言葉通じるわけあれへんやろ。学習もせえへんし、主人の為にっちゅー思考もあれへんねん』


景色の歪みが消える。カヤがまた不可視になったのだ。そして僕の手から地図は消えていた。


『嘘やろ……犬同士やからか?』


『ふん、主人への尽くし方というものが少しは分かったようだな。それとな、鬼、私は狼だ! 犬ではない!』


何度願っても、口に出しても地図は僕の手に戻らない。しかも願う度に悲しそうな鳴き声が耳元で聞こえる。罪悪感が湧いてきた。


『しっかし……空港からえっらい遠く作ってくれとるわ』


『砂漠の国は昔戦争しぃはってなぁ。それが起こる前は街は空港の辺りまであった……らしいですよ、酒呑様』


『よお知っとんな』


『CAのお姉さんが色々教えてくれはりました。あの人えらいべっぴんさんやったわぁ。立てば芍薬……ゆうのはあの人ん為の言葉や、ゆうくらいのべっぴんさん』


『なんやと羨ましい……寝んかったらよかったわ。んで? 胸とか腰とか……具体的に』


彼らと共にいる時間が長くなって初めて知ったが、鬼の会話というのはかなりくだらない。今のご時世学生だってもっと有意義な話をしている、僕は学生だった事がないからから詳しくは分からないけれども。


「…………疲れたー、ねぇまだ着かないの? やっぱりアルが方向音痴なんだよ」


『あと少しでオアシスがある。そこで暫し休もう』


「少しって……見えてもいないのに。もうやだ疲れたよー、乗せてよアルー」


『嫌だ。自分で歩け。私の方が暑いんだ』


裸足に毛皮、アルの方が暑いのは分かっている。だがもう歩きたくないという思いの方が強い。

ぼうっと空を見て歩いていると、突然僕の体が宙に浮かぶ。

下を見れば半透明の犬の背があった。カヤが乗せてくれたのだ。


「カヤ大好き!」


『犬神、ヘルを甘やかすな! 尽くし方を考えろと言っただろう。ヘルはもう少し体力を付けなければならない、分からないのか!』


『せやからなんで犬神と話せるん……なんなん自分ら。のぉ茨木』


『……犬神の方が特殊、とか』


酒呑はカヤの顔を覗き込み、適当な話題を振る。

僕はあまり上手く話せていないと思っているのだが、生態を知っている鬼達には少しでも話せるのは不思議な事らしい。


『なぁなぁ俺とも話してーな』


『オ……ニ酒……カ……ェ滅。殺ス、殺ス……ッ!』


「わっ!? カ、カヤ、暴れないで! 落ちちゃうよ!」


カヤは突然牙を向き暴れ出した。僕は背から振り落とされかけ、アルの尾に支えられる。


『犬神! 乗せるならちゃんと乗せろ!』


『……御主人様? 御主人様、ゴメン。ナァイ、御主ジ様……許、孖嚃?』


「だ、大丈夫だよ。大丈夫、ありがと」


不安そうに僕を見上げるカヤの頭を撫で、後方に移動した酒呑を見る。


『なんか知らんけど俺あかんわ』


『嫌われてはりましたねぇ』


『嫌われとったんかあれ。目に入るもん全部にあぁいう反応するんちゃうん』


「カヤはそんなに凶暴じゃないよ」


少し気性は荒いようだが、心根は優しい良い仔だ。そう考えなければ背に乗ってられない、丸呑みにされた恐怖はまだ克服していないのだ。


『ん……おい、オアシスだ。見えるか』


アルはそう言うが、僕にはオアシスなんて見えない。辛うじて生えている木が見えるかな……と言ったところだ。アルの感覚は僕の何倍あるのだろうか。


『そろそろやねぇ。酒呑様、空のひょうたん用意してはります?』


『あの水ぜーんぶ酒やったら入れよ思うんやけど』


『……酒呑様? うちらは鬼とはいえ生きもんや、水は必須や分かってはりますか』


『冗談や冗談。そない怒りなや』


声色はいつも通り穏やかで、表情もいつも通りの微笑みで、怒っているようには全く見えなかった。僕には子供を諭す母親にすら見えたのに、酒呑は残っていた酒を飲み干した。

鬼の怒り方はああなのだろうか、それなら表情や声色に怯えなくて済む。羨ましい事だ。

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