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可愛い仔

・獣人の国 肉食の村




愛おしい主人の安らかな寝顔を見ていると、こちらまで眠くなってくる。アルはそんな事を考えながら目を閉じ、耳を伏せた。

しかし、元気な足音が聞こえて、またアルの耳がピンと立つ。


「にゃ! ヘルさん! お久しぶりにゃー!」


『……煩い。ヘルは眠っている。見て分からないのか』


「にゃあ? 起きにゃいのにゃ?」


『…………見れば分かるだろう、熟睡だ』


実はというと柔らかく温かいアルの背中から固く冷たいベンチに移動したことによって眠りは浅くなっていたのだが、アルはそんな微かな差を気にしてはいない。


「あ、そう? ならいいや。でも暇だし……あぁ、あなたとお話したいな、オオカミさん」


『ヘルが起きるまでなら構わんぞ』


突然にゃあにゃあとした話し方をやめた事など気に留めず、アルはヘルの寝顔に視線を戻した。


「っつっても話すことないんだよねー」


『なら向こうへ行け』


「いや暇だしさぁ。それにぃ……好きな人の寝顔見るのって楽しいじゃん?」


『……向こうへ行け』


アルはミーアの視線からヘルを隠すように翼を広げる。


「冗談じゃーん。本気にしないでよ真面目だなぁ」


『ヘルは繊細だからな、貴様のような喧しい女が近くに居ては良い睡眠が取れん』


アルはミーアの態度も好意も気に入らなくて、牙をチラリと見せて威嚇をした。


「オオカミさんは随分と近くにいるみたいだけど?」


『私は忠犬だ。貴様とは違う。ヘルは私が傍に居るから安心して眠っているのだ』


「忠犬ねぇ……そんな雌の匂いさせておいて、よく言えるわ。尊敬する」


『…………何だと?』


「だーかーらー、人間様に発情してんじゃねぇよ雌犬が偉そうに……って言ってんの」


ミーアはアルに顔を近づけ、その縦長の瞳孔を更に細くする。

線のように変わった瞳孔からは確かな敵意が感じられた。


「身の程知らずな女ってホントムカつく」


『同意だ。特に発情期の雌猫は身分を弁えない、遥か格上にも擦り寄ってくる。羞恥心というものが無いんだろうな』


「……私は猫混じりの美しい獣人。あなたは継ぎ接ぎの醜い魔獣。ヘルがどっちを選ぶのかなんて……分かり切ってるわ」


『そうだな、獣臭いだけの女など眼中に無い筈だ。足にも盾にも使える丈夫な魔獣を選ぶだろう』


ミーアが痺れを切らして腕を振り上げた瞬間、アルの頭にぽてんと手が落ちる。


「ここどこ……」


『公園だ。もう起きたのか? もう少し寝ていても構わないんだぞ』


アルはミーアとの睨み合いをやめ、寝惚け眼のヘルに擦り寄る。

ミーアはそんなアルを見て舌打ちし、直後にヘルがもう起きたのだと口を押さえる。


「にゃあ、おはようにゃヘルさん」


猫なで声が聞こえて顔を上げると、見覚えのある猫の獣人が立っていた。

あぁ気まずい、会いたくなかった。


「……おはよ」


「にゃ、こんにゃところで寝てるにゃんて、もしかしてにゃにかあったのかにゃ? お金にゃいにゃら私のウチに泊まるにゃ!」


「いいよ……お金はあるし、ここに長居する気ないし」


「にゃ? そんにゃに急いでるのにゃ?」


「ちょっとね」


報復でとある魔物の腕を吹き飛ばしたものの、やっぱり罪悪感が湧いたので義手を作りに行きます。なんて正直に話したらきっと面倒なことになる。

言ってる意味が分からない、もっと話せ。そう喚くに決まっている。


「にゃあ……寂しいにゃ」


ミーアは何の断りもなく僕の隣に座り、勝手に腕を組んだ。

僕のことが好きだと言ったのはやはり本気だったのか? まだ気持ちがあるのか?

あぁ、でもどうしよう。寝起きだからだろうか。

とても鬱陶しい。


「少しくらいはお話出来るにゃ?」


「まぁね……」


気まずい。

僕はミーアと話したくない。

以前会った時に僕の心で育っていた醜い感情を吐露した事や、好意を「訳が分からない」と思考すら放棄してしまった事。

その他にも色々と、ミーアとの間には気まずい問題がある。


「にゃ、それじゃあ……ずばり! ヘルさんの好みのタイプを教えて欲しいにゃ!」


「はぁ……? 何それ。まぁ、優しい人かな」


「にゃあ? にゃー、見た目でお願いするにゃ。じゃあ二択。とっても可愛い女の子と、とっても怖ぁい化け物」


「一択じゃないか……」


世界の何処に化け物を選ぶ人間が居るんだ。


「にゃはっ! だよねー! にゃ!」


「…………何が聞きたいの?」


「にゃあん。気にしないでにゃ!」


僕に満面の笑みを見せた後、アルにもその笑顔を見せる。

僕が寝ている間に仲良くなったんだな、なんて感心する暇もなくアルが唸り始める。


「にゃ……ヘルさーん。私、怖いにゃあ」


「噛んだりしないから」


「にゃ? にゃ、そ、そうかにゃ」


怖いと言う割に笑顔だったから冗談かと思って適当に返したのだが、ミーアはその後で黙ってしまった。本気だったのか? ならもう少し真面目に対応するべきだったかな。猫としての本能に狼への恐怖心があるのかもしれない。


『…………残念だったなぁ、目論見が外れて』


アルはまた僕の太ももに前足を乗せ、僕に擦り寄りながらミーアに話しかける。やはり仲良くなっていたのだろうか。


「ヘルさん、オオカミさんより私の方が柔らかい髪の毛してるにゃ!」


「え……? あ、そう……」


「にゃでるにゃ!」


「え…………いや、それはちょっと」


獣人はどうなのか知らないが、僕は身内でもない女の子の頭を撫でるのはかなり気持ち悪い行為だと認識している。


『ヘルは私を撫でていたいんだよなぁ?』


「うん……? そうだけど……」


「にゃー! にゃらもうハッキリ聞くにゃ! 私とその魔獣どっちが好きにゃのにゃ!」


質問の意図が全く見えてこない。

獣人にとって毛並みの優劣はそんなに大切な事なのか?

どっちが好きと聞かれても困る。ご機嫌取りでミーアと言うべきなのか?


「私にゃ!?」


詰め寄るミーアから解放されたいとアルに視線を送るが、アルはそっぽを向いてしまった。


「……あのさ、君がどういうつもりでそんなこと聞いてるのか知らないけど、アルは君と会うずっと前から僕の世話焼いてくれてたんだよ。なのに……君だって言うわけないじゃないか」


「にゃ……? で、でも、私の方が可愛いにゃ……」


「…………可愛いの種類違うと思うよ?」


何故ミーアがアルと張り合おうとしているのか、全く理解出来ない。

ミーアの可愛さはただ純粋に見た目から来るものだ。

アルの可愛さは言動から来るものだ、いや見た目も可愛いけれど。

考えが分からないまま否定するのも嫌なものだが、履き違えているのなら正すべきだ。

僕にとってはアルの方が可愛らしいと。

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