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無数の目

科学の国は昼だった。

と言っても伝わらないか、でも何故だか僕には分からない。

飛んでいる間に太陽が見え始めたのだ、そう長い時間はかかっていないというのに。


「……なんで昼なの?」


『ああ、それは時差というもので、場所によって太陽光の当たり具合が違うので……っと、貴方様にはまだ早いですよ』


「早いの?」


『学び舎でみっちり教えられませんと、これはちょっと理解出来ないかと』


馬鹿にされているような気分だ、だが学校に行っていないのは事実。

そう嘲られるのも仕方のない事。


「船、船はどこだ?」


「分かりませんね、まず聞き込みをしましょう」


『聞き込み? 亜種人類の奴隷オークションはどこでやりますかって?』


「……そう、だね。そのまま聞き込みは……まずいよね」


『船付き場は上を通ったでしょう。客船が二隻ほど停泊していただけです。人を下ろしてすぐに行ってしまわれたのでしょう、また植物の国かもしれませんね』


趣味の悪い冗談だ、間違いとは言い切れないところが特に悪い。

どうしようかと立ち往生していると、通りの向こうから僕を呼ぶ声が聞こえる。


『魔物使いのガキではないか! 久しいな!』


「あ……カルコス? わ、久しぶり」


『俺もいる、見逃すな下等生物』


「クリューソス、変わってないね」


『様をつけろ!』


「ごめんって、クリューソス様。これでいい?」


獅子と虎の合成魔獣だ、図らずも三体の合成魔獣全てが揃うことになった。


『……知り合いですか? 暑苦しい』


「アルの兄弟……みたいなものだよ」


『…………悪魔、か? それも強い……』


『ベルゼブブ様だ、貴様等平伏しろ』


『ベルゼブブ!? 何故そんな大物がこんなガキに!』


ああうるさい、クリューソスは口が悪いだけだがカルコスは口が悪い上に騒がしいのだ。


『……ん! おい、そこの人間は何だ!』


「私か? ウェナトリアだ、初めまして」


『…………人間、か?』


カルコスはウェナトリアの足を嗅ぎ、首を傾げる。

亜種人類とは分からないのか、知らないのもしれない。


「……おい、あのキマイラ」

「やっべ三体じゃん」

「しかも何あれ、目隠し? コスプレ?」

「絶対バズるってこれ」


人が集まってきた、聞き込みをするなら丁度いいのだが、彼らが情報を持っているとは思えない。

ひとまず逃げよう。

まとまらない者達を引き連れてあの科学者の家に。リーイン・カーネーション……アル達を造った科学者の子孫だ。

過去に世話になった、お礼も兼ねて訪ねよう。


「お、俺は何もしてない! 離せよ! 弁護士を呼べ!」


久しぶりに見た恩人は警察に囲まれていた。


「……リンさん、何してるんですか」


何か誤解があるのなら解くのを手伝おう、誤解でないのなら連れていってもらって、家だけ借りよう。


「ああ君は……! 久しぶり! 相変わらず可愛い……本当理想だよ君は!」


「……あの、何したんですか? 警察ですよね、この人達」


「知らないよ! 俺は何もしてないってのに」


リンは僕にすがりつくように弁明を求める。

事情が分からないのに庇えなど、無茶を言う。


「……リンさん何したんですか?」


「いやね、ちょっとそこの公園でね、怪しい行動してたからね」


「散歩してただけだ!」


「ここのところ変な事件があるからね、一応ね、話を聞こうとね、別に逮捕って訳じゃないのね」


年配の優しそうな警察官だ、本当にただ話を聞こうとしていただけなのだろう。


「リンさん、ちゃんと説明すれば大丈夫そうですよ? 何してたのかちゃんと話してください」


「あ、ああうん。散歩だよ、いつもは通り過ぎるんだけど、今日はとっても可愛い子が公園にいてねぇ、本当に可愛くて……十歳くらいだと思うんだけど、その子見て「ああ、メイド服とか着せたいな。もちろん露出過多の方!」とか考えて家に帰ろとしたら……このザマだよ」


「すいません、連れてってください」


「待って待って何で!? 庇ってよ! 俺まだ何もしてない!」


警察官との問答は数分で終わり、「あんまり変なことしないでね」との注意をいただいた。

窮地を脱したリンは僕達を家に招き入れ、インスタントのコーヒーを淹れる。


「危なかった……家に入られてたら終わりだよ、男児用の女の子服がたくさんあるからね、刑はないだろうけどしばらく拘束されるよ」


「一回逮捕された方がいいんじゃないですか」


「俺何もしてないよ、想像してただけだし。写真も我慢したのに」


「……僕、リンさんってもっとまともな人だったと記憶してるんですけど」


妙な服を着せたがったりその写真を撮ろうとする以外は。


「君を見てからというもの微妙に可愛くない子役やそういう店に行っても満足出来なくてね、常時女装男児を求める体になってしまったのさ」


「…………捕まった方がいいですよ」


と、冗談はここまで。本題に移ろう。

僕はリンに対してはそこまでの警戒は必要ないだろうと考え、何も隠さずに話した。

ウェナトリアが亜種人類の王であること、ベルゼブブが悪魔であること、攫われたナハトファルター族がこの国にいるだろうということ。


「うん、何かもういっぱいいっぱい、頭の回転が止まりそう」


「止めないでください。何か分かりませんか?」


「……奴隷市場なんかこの国にあるかな、実験体ならまだしも。うん、難しいな、ホールとかなら向こうに大きいのがあるけど、アレは今中規模の音学会やってるし」


ホール、か。音学会と偽装した人身売買会場、なんて考えもありだろう。

だが実験体というのも気になる。


「この国にいるのは確かなんだ、虱潰しに探せばいい」


「結構広いよ、この国。人口密度高いし地下もある。君が人間以上の力を持っていようと、そう簡単には行かないと思うね」


「……どうしましょう」


『おい、爺不幸者。この国にはそこら中に目があるだろう?』


カルコスが机に前足を乗せ、薄っぺらの機械を叩く。


「パソコン叩かないで! でも、目……か、うん、いいかも」


「目ってどういうことですか?」


「ネットワーク……まぁ、この国の人達はみんな小さな機械を持ってる。写真を撮ってみんなに見せることができる。写真じゃなくて絵でもいいけど。ああもちろん画像データだけでなく文章も載せられる。それでキーワード検索をすれば……亜種人類だっけ? ナハトファルター……いや、虫や蝶々の方が出やすいかな」


薄いノートのような機械は真ん中で割れるように開き、映像を映し出す。


「ナハトファルター族は蝶というより蛾に近いし、そもそも虫ではない」


「キーワード検索なんだって、そのナハトファルター族の人を見て、この国の人が思い浮かびそうな言葉を予想して検索……っと、引っかかった」


リンは画面に直接指を滑らせ、一つの写真を僕らに見せた。

写っていたのは見間違いようもなく、ナハトファルター族の女だった。




リンは第八章に登場

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