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そっくりな兄弟

・植物の国



アルの背に頭を埋める、獣特有の匂いは僕を落ち着かせた。

アルは僕の呼吸が整うのを待って、振り返って僕の頬を舐める。


『……ヘル? 大丈夫か』


「こっちのセリフだよ、ずっと、あんなの中に入れてたくせに」


『そうだな。すまない、心配してくれていたんだな。嬉しいぞ』


「…………当たり前だろ。今度からは、何かあったら絶対言ってよ、どんなに小さなことでもいいから」


『ああ、分かった』


アルの翼に包まれて、柔らかい毛並みに顔を寄せて、逞しい体躯に体を委ね、甘く低い声に酔う。

僕の至福のひととき。

何も考えなくていい、アル以外に何も感じなくていい、全てを捨てられる、最上の時。


「…………にいさまは、そんなことしない」


『ああ』


「何かの間違いだよ、にいさまじゃない」


『そうだな』


「僕が大事だって言ってるのに、大切だって言ってるのに、好きだって言ってるのに、殺そうだなんて考えるはずないよ」


『……その通りだ』


そう思い込みたいから、自分に言い聞かせるために呟き続ける。

アルに肯定させるために、声に出す。


『少しいいですか? 残ってないかの確認を』


『ベルゼブブ様、ええ、勿論。ありがとうございます』


『…………大丈夫そうですね。ああそうそう、ヘルシャフト様。もしもの話をしても?』


「何? もしもにいさまがやったとしたら、とか、もしもアルが死んだとしたら、なら嫌だよ」


『貴方様が大好きな人の大好きな人、どう思います?』


「…………何が言いたいの」


『もしもの話ですよ。今日の晩御飯は肉がいいか魚がいいか、その程度の話です』


大好きな人の大好きな人?

それをどう思うかだって?

決まっている。


「邪魔」


『どうなればいいと思います?』


「いなくなればいい」


『それは、少しの間旅行に行くとかでも?』


「……死ねばいい」


『ダメなんですね、ええ、分かります。それは……殺したい、にはなりませんか?』


「そんなことしたら、嫌われるよ」


『好きな人に? ああ、ではバレないという前提を付けましょう。犯罪者にもなりません、貴方にはなんのデメリットもありません。罪悪感以外には』


「…………それなら」


『殺しますか?』


「多分、そんな度胸ないよ」


『……それもそうですね』


意図の見え透いた会話、それでいて意味のない会話。

酷く不愉快で、腹が立った。

そんなにアルの腹に化物を仕込んだのは兄だと僕に思わせたいのか。

そんなに僕から兄を取り上げたいのか。


『ところで、どうしてその人は邪魔なんですか? その人がいなくなれば大好きな人に好きになってもらえるって思ってるんですか?』


「……分からない」


『大好きな人の大好きな人が自分だったら?』


「許せない」


『あれ、嬉しくないんですか?』


「嫌いな人と好きな人がくっつくほど嫌なことはないでしょ?」


『…………可哀想ですね』


ベルゼブブは僕を見て、それからアルを見て、また僕を見てそう言った。

どちらに向けられた言葉なのかは分からない、分からないが、気に入らない。


「何が可哀想なの? 誰が可哀想なの?」


『気にしないでくださいよ、大した意味はありません』


「嘘だ」


『本当に、大した意味はありませんよ』


「…………じゃあ、何? 馬鹿にしたいの?」


『間違いではありませんね』


社交的な笑みが、また、僕を苛立たせる。

怒鳴りたくなる気持ちを抑え、裏返った声は醜い。


「……っ、第一さぁ、さっきの質問何なの? 僕が邪魔だって、殺したいって思ってたら、アレはにいさまの仕業だって分かるだろって言いたいの?」


『なんだ、考えられるんじゃないですか。本当は分かってるんでしょう?』


「……何を?」


『兄君がやったことも、貴方様が兄君にそっくりなことも』


嘲るような表情に無性に腹立つ。

確かに分かっている、兄がやったと分かっている、思いたくなかっただけで。

だが、兄に似ているという意味は分からない。


「どこも似てない」


『そっくりですよ、その独占欲の強さ、自分勝手さ、依存度の高さ、そして邪魔なら消してしまおうというその短絡的な思考』


「僕はそんなこと考えてない!」


『ええ、ええ、考えていません。ただ目の前のモノを手に入れることしか、考えていませんね』


ベルゼブブは僅かにその身を屈め、アルに顔を近づける。


『……苦労しますよ、先輩』


アルの耳元で囁いたその言葉は、僕には聞き取れなかった。

そして身を起こしてすぐ、僕はベルゼブブを突き飛ばした。

苛立っていたから、僕を嘲笑ったから、理由はいくらでもあったし、言い訳にもできた。

だが、口をついて出た言葉は酷く醜いものだった。


「アルに近づくな!」


『……っと、なんですかもう、驚きましたよ?』


「アルは僕のだ、触るな、近寄るな、話しかけるな!」


『あー、はいはい、分かりましたよ。そうムキにならないでください、子供じゃないんだから』


『ベルゼブブ様、ヘルはまだ子供です。申し訳ございません、失礼な真似を……』


「アル、僕以外の人と話さないでよ。僕を見てよ、僕だけを……ねぇ、こっち見て、ほら、ね? お願い」


『……ヘル。ああ、分かった。すまないな』


『まぁ我々にとってはいい傾向です、その調子でどうぞ』


アルの視界を遮って、押さえつけるために抱き締めて、耳を手のひらに隠す。

アルに僕以外を感じさせないために、話しかけ続けた。


「アル……こっち見て」


『ああ、勿論』


「ね、アル、愛して」


『言われなくとも』


「一緒にいて、ずっと、ね? お願い」


『当然だ』


話題などある訳もなく、ただ欲望を吐き続ける。

くだらない、醜い、気持ち悪い、僕の心をさらけ出す。

どれだけそうしていたかは分からないが、ようやく僕が落ち着きを取り戻した頃にはもう夕方で、その日はそのままアルメーの家に泊まることになった。

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