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魔法使いの国で無能だった少年は、魔物使いとして世界を救う旅に出る  作者: ムーン
第十七章 遊戯は神降の国でも企てられる
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連絡、脱出、共に成功

・神降の国



アルはヘルを探していた、だがその進捗は芳しくない。

魔力の匂いをたどると、途中で二手に分かれる。

その片方を選んでたどると、また二手に分かれる。

魔法による小細工だとは分かっていたが、どれが偽物かは分からなかった。

だからこうして木の根のように張り巡らされた痕跡を一つ一つ潰していっているのだ。


早く見つけなければ、その思いだけが強くなり、焦燥を煽り立てる。

八十二本目の痕跡をたどっていると、路地に入った。

路地は治安が良くないようだが、アルに喧嘩をふっかけるような輩は流石にいない。

勝手に割れていく人の波を見もせずに、アルは下だけを向いて歩く。


甘い匂いにふと顔を上げる、目の前には大通り、ヘルの痕跡はその大通りの真ん中で途切れていた。

先端まで調べる必要はない、どこにも繋がらないと分かっているのだから。


ため息をつき、手前の分岐点に戻ろうとした時。

路地の入口の隅に林檎を見つけた。

甘い匂いの元はコレか、食欲があった訳でもないが、気になったので尾で絡めとった。


傷でもついていない限りここまで匂いをまき散らすことはない、ヘタを黒蛇に咥えさせて一回転させると、皮に刻まれた傷が文字を作っていた。


『捕食者へ ─ 城壁 北 主砲下 ─ 被食者より』


誰かから誰かへの連絡だ。

傷の匂いを嗅ぐと、林檎の甘い匂いに混じって仄かな血の匂いがした。

食欲をそそる、美味そうな獣の匂い。

それはどこか神聖で、食欲をそそられることに甘美な背徳感を覚えさせた。


『……ふ、助けられてばかりだな』


自嘲の笑みを浮かべ、アルは路地の壁を蹴って空を目指す。

建物の屋上から屋上に飛び移り、人目につかないように北の城壁を目指した。




遠く離れていく城壁、僕達は神降の国から出たのだ。

ハートは僕を庇うように抱きしめ、荷車から転がり落ちた。

周囲に人がいなくなり速度を上げていた荷車から落ちたのだ、それはかなりの衝撃だろう。

不機嫌に痛みに呻きながら、ハートは土埃を払う。

その腕には酷い擦り傷が出来ていた。


「ハートさん、腕」


「ん、まぁ軽傷だろ。アレから落ちたんだから」


ハートは離れていく荷車を指差す、荷車の運転手には協力してもらっていなかったようで、運転手に分からないよう降りる必要があったのだと。


「で、でも、砂とか付いてますし、ちゃんと手当しないと化膿しちゃいますよ」


「馬鹿にするなよ、人間と違ってそんなヤワな体してない」


「馬鹿になんてしてません!」


「……分かってるよ、お前がそんな奴じゃないってことは」


ハートは傷口に触れるのを嫌って砂を払わず、城壁を見上げて僕の手を引いた。


「主砲の下はもう少し先だ、歩けるな?」


「……はい。僕はなんともありませんから」


繋がれた手、剥がれた皮膚。

……僕のせいで、また他人が怪我をした。


しばらく歩くと、真上に巨大な砲台が見えた。

ハートは城壁に背を預けて座り込む、「疲れた」とかなんとか言いながら。


「あ、あの、ハートさん。そこの森に小川がありますから、そこで傷を洗いましょう」


「いいよ、別に。平気。結構遠いし」


「でも、砂とか小石とかついたままだと、治った時大変ですよ」


「いいって言ってるだろ、ほっとけよ」


ハートはそう言うと背を曲げて腕で顔を隠し、静かに寝息を立て始めた。

僕のせいで負った怪我、僕が手当をしなければ。

そう思った僕は一人で小川に向かった。

買い物のため家を出る時、兄に渡されたハンカチをポケットから引っ張り出す。

汚れていない真っ白なハンカチ、これには魔法陣は刺繍されていない。


ハートは遠いと言っていたが、見える距離なのだから問題はない。

整備された城壁の周り、平らな地面が太陽の熱と光を反射する。

太陽に負けないうちに早く済ませてしまおうと小走りになる。

舗装された地面が途切れ、背の低い草が増え、木がポツポツと現れ始めた。

鬱蒼とした森の入り口はまだ明るい、草むらをかき分け、小川のほとりにしゃがみ込む。


ハンカチを水に浸し、ついでに顔を洗った。

冷たい水は僕の目を覚まし、太陽光に刺された肌を癒すように染み込んでいく。

昼時の太陽は脅威だ、そう思い知らされた僕はローブの袖を伸ばし、フードをさらに深くかぶった。


立ち上がろうと足に力を込める。だが僕は背後からの襲撃で立ち上がることが出来なかった。

槍を二本交差させ、僕の首を挟んで固定する。

膝をついたまま、頭だけが地面に触れた。

なんとも屈辱的な体勢だ、その主を見ようとも目深なフードはそれを許さない。

複数の人の声をバラバラに縫い付けたような、不自然な声が僕を問い詰める。


『魔物使いだな?』


「……誰?」


『質問しているのはこちらだ』


「…………誰?」


『お前に私達への質問権はない』


「……天使?」


『もういい、魔力反応からして間違いない』


僕には天使の次の言葉が予想できた、だから先に言うことにした。


「 殺 せ 」

『ころ……何?』


一瞬遅れた天使がその不自然な声に感情を混じらせた、苛立ちという感情を。

だが、天使は感情に任せて行動するべきではない、少なくともこの時はそうだった。

感情に引っ張られて周囲の警戒を怠ったから、こうなったのだ。


小川から飛び出す細長い影、巨大なそれは天使に絡みつき、バラバラに砕いた。

陶器の欠片が散らばる、柔らかな羽根が舞い落ちる。

無様ながらに美しいその光景は、流石は天使と言えるだろう。

僕の首を抑えていたもう一人の天使も、同じように散った。


「……よしよし、ありがとう。来てくれて」


僕の腕よりも太い大蛇は美しい鱗を見せびらかすように体をくねらせる。


「どうしよう、ハンカチ落としちゃった。泥ついてるし……これじゃ使えないよ」


蛇は僕の言葉を理解しているのかも曖昧だ、可愛らしくも小首を傾げ、僕の顔を覗き込んでいる。

泥だらけのハンカチを眺めていても始まらない、とりあえず手で掬って帰ろうか。

そう考えた瞬間、背後から甲冑の擦れる音が聞こえた。


ああ、まだいたのか。


「……よしよし、良い子だね」


蛇の頭を撫で、背後の天使であろう者に気がつかないふりをする。

そして、蛇だけに聞こえるよう呟いた。


「 行 け 」


蛇はほぼ水平に口を開き、牙を見せつけながら僕の背後へ跳んだ。

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