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人の価値は魔力に宿る

・獣人の国




自分の思考回路が嫌になる。

悪い方悪い方へと向かうこの頭、かち割ってしまいたい。


「にゃ? どうしたのにゃ、いきなり」


無理に作った笑顔のせいで、途端に表情を失った僕はミーアの目に不自然に映った。

ミーアが不躾に質問したせいだ、なんて思わないようにまた笑顔を作る。

慣れない作り笑いはどんな出来だろうか。


「なんでもない」


「そうにゃ? にゃー……もう一つだけいいにゃ?」


「いいよ、何?」


「ヘルさんのお兄さんも、死んじゃったのにゃ?」


「いや、三年くらい前に国を出てたから」


よりによって兄の事とは、勝手に震え出す手が憎らしい。


「一緒にいた時は、ずっと思ってたな、死ねばいいのにって」


感情を読まれないようにと気を使ったのは震えと表情だけだった。

だから零れてしまった、誰にも教えていない、自分でも無視していた当時の感情が。


「………え? にゃ、にゃに言ってるにゃ、もう二人きりの家族にゃのに」


「今は思ってないよ、会いたいし」


「にゃ、にゃら良かったにゃ」


「普通に愛して欲しかっただけだよ。昔からずっとね」


「にゃ……?」


ああ、もういいや。

全部吐き出してやる。


「別に期待するなって訳じゃない、期待して欲しくないけどそれを強要したい訳じゃない、ただそれを全面に押し出して欲しくなかった。

勝手に期待したくせに裏切られたからって僕に当たらないで欲しかった。

愛して欲しい一心でずっと服従してたのに一度も愛してくれなかった。

見捨てられたくない一心でずっとしがみついてたのに、あっさりいなくなった。

また会えたって思ったら魔物使いの能力が目当てだった。

今度は愛してくれるって思った、騙された。

僕に向ける言葉は全部嘘で、飽きたら捨てるんだ。利用できなかったら壊すんだ。

全部分かってる、でも、それでも、嫌いになれなかった。

死ねって思ってても嫌いじゃなかったんだよ、変だよね、おかしいよ。家族だからなんて言いたくないし言われたくもない。

小さい頃の刷り込みが消えないだけだって思いたいんだよ、僕を騙したアイツが全部悪いんだって思いたいんだ。

きっとまた騙されるから、会いたくない。でもまた騙して欲しくて、会いたいんだ。

ねぇ……どうすればいいの。何が正解なのか分かんないよ、何がしたいのかもよく分かんない。だからさ、君が決めてよ。外から見れば分かるでしょ? 何がおかしいのか、誰が悪いのか、全部、分かるよね? ねぇ、教えて」


全部……とまではいかなかったか。

昔を思い出して、今までの負の感情が溢れ出して、僕の首を締め上げた。


呼吸って、どうするんだっけ。

息は、どうすれば吸えるんだっけ、どうやって吐くんだっけ。


「にゃ、にゃー!? ヘルさん、落ち着くにゃ、大丈夫にゃ!?」


目の前のこの娘は……誰だっけ、どうして僕の隣に居るんだっけ。

何を言っているのか、良く聞こえない。


「にゃに言ってるのかよく分かんにゃかったけど、聞いちゃいけにゃいことだって分かったにゃ! ごめんにゃさいにゃ!」


謝ってる……? 何で、何を? 何かされたっけ。

今、何してたんだっけ、僕何か話したかな。

あー………何か、ぼーっとしてきた。

頭がふわふわする、目がよく見えない、耳もよく聞こえない。


「にゃー!? にゃあ……ど、どうするにゃ……ヘルさん……」


ミーアの声が遠く消えた、鈴の音を最後に僕の意識は暗闇に落ちた。





目が覚めたのはベッドの上だった。

誰かが……ミーアか、もしくはアルが宿に連れて帰ってくれたのだろう。

出かけた時の服のまま仰向けに寝かされている。


「………顔」


『ヘル! 起きたのか、具合はどうだ?』


「顔に、見える」


『何が……ああ、天井のシミか。昔雨漏りしたらしい、今は大丈夫から気にするな』


「顔………顔、怖い」


『なぁヘル、何があったんだ? まだ具合が悪かったのか? 無理に外出させるべきではなかったのか?』


「…………四歳くらいの時、ベッドの真上にあった天井のシミが怖くてさ、にいさまに泣きついたんだ。そしたらにいさま天井燃やしちゃって……しばらく僕達の部屋には屋根がなかったんだ。でも、夜になると星が見えるから、僕は嬉しかったんだ」


『ヘル……? 何の話だ』


「にいさまが星座教えてくれたりしてさ、楽しかった。あの時のにいさまはとても優しかったから」


『………ヘル。昔話は後で聞くから、公園で何があったのか教えてくれないか』


「僕が無能だって知る前は、優しかった。とっても、とっても優しかったんだ。だから………だから余計諦めきれなくて、頑張って、でも無駄で、どうしようもなくって」


『ヘル! こっちを見ろ、私の声を聞け!』


「…………ごめん、大丈夫。何もなかったから。ちょっと思い出話しただけで、眠くなって寝ちゃっただけ」


僕はうつ伏せになって目を閉じた。アルが何か言っていたが、聞こえないフリをした。

今は何も話したくないし、動きたくもない、何なら息もしたくない。

何もかもが面倒で、何もかもが嫌だった。


『……ヘル、寝たのか』


ベッドが軋む、狼が乗ってきたらしい。

横に体温を感じて、僕の心は少しだけ癒される。


『………寝ているな』


反応せずに呼吸だけを繰り返していたら、アルは僕が眠っていると勘違いした。


『なぁヘル、今……私には貴方の声が聞こえないんだ、いや、面と向かえば話は出来る。遠くの方で貴方が叫んでも聞こえない、貴方が襲われていても気づけないんだ』


うなじに感じる生暖かく湿った感触、ぬるぬるした弾力のある物体が押し付けられる。


『貴方の姿も見えない、貴方が人混みに紛れてしまえばもう私には見つけられない。前までは貴方だけが見えたというのに、今は有象無象の中に消えてしまう』


アルが舐めているのだと気がつくまでは少し時間がかかった。

次に当てられた硬いものが牙だと分かるのにも同じくらいの時間がかかった。


『………私は、貴方が魔物使いでなくとも貴方を主とすると言った。私に二言はない。だが、何故だろうな。見えないんだ、貴方が……貴方の魅力が、感じられない。

私が惚れ込んだ貴方が何処にも居ないんだ。

私は貴方の能力に惹かれたのではなく、貴方自身に惹かれたのだと思っている。なのに……それが今、崩れ始めている。私も所詮は魔物だということだ』


横に居るアルの体温は確かに感じるのに、体がどんどん冷えていく。

何故か寒くて仕方ない、体が内側から……心から、冷やされている。


『貴方から離れる気はないが……今、貴方が私を拒めば、私は以前のように追いはしないだろうな。だが貴方が望む限りは傍に居る、貴方が果てるまで……ずっと』


それはとても嬉しいことのはずなのに、僕は怖くて寒くて震えてしまう。

一度言ってしまったから仕方なく、ヤケクソで、惰性で、それで言われているなんてたまらない。


ああ、やはり、魔物使いでない僕には何の価値もない。

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