番外編 裁判
会話多めギャグ要素強めのゆるいおまけ
・アスガルド
思わぬ来訪者達が元の世界に帰り、何故かトールも外の世界へと出かけ、ユグドラシルの結界は閉じる。
結界の近くに集まっていた神々、そして人間に興味などないと家に居たはずの神々、彼らは今、ユグドラシルに繋がる大きな街道に集まっていた。
その光景を見て、ロキは眉を顰める。
『ガン首揃えて何してんの?』
『ああ、ロキ。丁度いい、真ん中へ来なさい』
『オーディン? お前まで……ったく、んだよ。早く終わらせろよ』
ロキを中心に円を作る神々、ひそひそと聞き取れない話がロキを苛立たせる。
隻眼の翁……オーディンは辺りを見回し、手を叩いた。
『さて、大体集まったな。それではこれより……ロキへの罰を決めようと思う』
『…………は?』
『檻にでも入れれば反省するだろう』
バルドルはオーディンの影から顔を出し、恨めしそうにロキを見つめる。
『いやいやいや、待て待て、何だよいきなり! 俺が何したってんだよ! 今回のは俺に責任ないっての! ヘルが出てきたのはトールが殴ったからって言ったよな! なぁバルちゃん』
オーディンの肩越しにバルドルの頭をポンポンと叩く、バルドルは一瞬痛みに顔を顰めたが、冷静に対応する。
『今回ではなくて、前回だ』
『……な、何だよ。塩と砂糖入れ替えたくらいで怒るなよ!』
『それも違う!』
『じゃあ何だよ! 池に片栗粉入れたことか!? アレはアレで面白いって好評だっただろ!』
『ああ……アレは面白かったな、ぽよぽよして……じゃない! アレも違う!』
『じゃあパンを青紫にしたことか? 味変わってないしいいじゃん』
『違う!』
『じゃあ……メガネをサングラスにしたことか? カッコイイしいいと思うけどな』
『わざとか!? なぁ、わざとだろ!?』
『何のことか言えよ! これ以上はまだバレてないのしかないぞ!』
興奮した二人を下がらせ、オーディンは再び手を叩く。
『静かに』
二人の口喧嘩にひそひそ話を再開した神々も、ピタリと黙る。
『バルドルの怪我の件だ、分かるだろう?』
『ん? ああ、酷い怪我だよな。俺様は旅行中だったから知らないけど』
同情するぜ、とロキはバルドルの肩を叩く。
『バルドルが怪我をした前後、結界が一瞬開いたそうだ』
『…………なぁバルドル! 俺お前にお菓子あげるって言ったよな! ほら、俺様秘蔵のチョコクッキー』
『ん……む、美味しいな。だがこれで買収はされないぞ』
『俺なんにもしてないもん』
『……ロキ、子持ちの"もん"は…………ダメだ』
ロキの肩を掴み、オーディンは辛そうに首を横に振る。
『んっだよ! 俺はまだまだ若いもん! 使ってやるもん!』
『うわ………キツ…………』
『優等生の口調が崩れてんぞバルドル!』
『おっと……危ない危ない。別にロキが何を言おうと構わないよ』
バルドルは大袈裟に口を隠し、温和な笑みを作る。
キリがないと感じたオーディンはまた手を叩いた。
『もう決める、ロキの罰は──』
『待ぁーって待て待て待て、待って! お義父さま!』
『一ヶ月間フェンリルの檻で過ごすこと』
『いい子になるからお義父さま……って、え? 檻? フェンリルの?』
『連れて行け』
オーディンの言葉を聞き一番にロキの腕を掴んだのは、長い耳を持つ美しい青年だった。
『ヘイムダル!? お前、見張りは!?』
『君より優先することなんて何もないよ』
『ふざけんなよ、離せっ、このっ……ばぁーか! 覚えてろ! お前ら全員の靴隠してやる! 雨漏りするようにしてやる! 帽子のテッペンに穴開けてやる! ズボンとスカートの留め具壊してベルトもちぎってやるぅぅー……』
数人のいかにも力自慢という神に引きずられながら、叫ぶ。
次第に小さくなる声は神々の笑いを誘った。
『この日のためにわざわざフェンリルの檻を用意したからね、父上は一ヶ月持つと思う?』
枝毛を探すように髪先を弄りながら、バルドルはオーディンを見上げた。
『檻がか? ロキがか?』
『両方』
『持たないだろうな、餌を十二分にやれば少しは大人しくなると思うが』
『腹一杯でも脱走はするからね』
ロキの自宅裏庭の策は魔術的な結界として働いていた、此度の檻は魔術に加えて物理的な閉じ込めでもある。
この二重が吉と出るか凶と出るかは、まだ分からない。
フェンリルの檻へと続く道、神々の足が止まる。
『……怖いのかい? 仕方ないね、なら僕だけで行くよ』
『離せっ、はーなーせー! 離せよ!』
『うるさいよ、ロキ』
『一ヶ月も腹の中にいたら本当に死ぬって!』
『息子の躾をしなさい。それに死んでも娘のところに行くだけなんだから大丈夫だろう?』
腕を捻りあげ、ヘイムダルはロキを連行する。
その様を見た神々は、頼もしい奴だと感心した。
しばらくしてヘイムダルが帰ってくる、当然一人だ。
『ロキはちゃんと檻に入ったよ』
社交的な笑み、神々はしばらく悪戯に悩まされずに済むと胸を撫で下ろした。
だが、翌日に神々は考えの甘さを思い知らされることとなった。
天井には小さな穴が開けられ、そこから差し込む日光は朝から小さな苛立ちを誘う。
雨が降れば家中が湿ってしまうことだろう。
兜や帽子には大きな穴が開き、ただの輪と化している。
靴の中には水が溜まり、それを捨てたとしても水分を吸った靴を履くのは不快極まりない。
ズボンもスカートも留め具が壊されており、ベルトはバラバラ。神々は手で押さえて歩いたりがに股になったりと、それはそれは滑稽な光景だった。
『……朝にね、卵を焼いて、塩をふりかけたんだ。そうしたらね、甘かった』
バルドルは包帯を変えながら、そう語った。
ロキは閉じ込めたはずなのに、とフェンリルの檻を見に行った神々は驚愕した。
そこには巨鳥を食べてからずっと眠っていたフェンリルと、フェンリルの上で眠るヘイムダルの姿があった。
『いやぁ……檻の鍵を開けるのに手を離したら殴られてね。彼、変身術が得意だろう? でも……僕はね、逃げてくれてよかったって思うんだ。その方が彼らしいし、何より追いかけがいがある』
檻から出されたヘイムダルはそう語った。




