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会遇

・兵器の国




ベッドに縛りつけられてから何日経ったのだろう、いや何週間、何ヶ月。何年も経ったと言われても信じるだろう。

時間の感覚はない、体の感覚も薄い。

開かなくなった右眼に変わって、左眼だけで手を見た。

指はみんなバラバラの方向を向いて、動かそうとしても動かない。

右腕の、肘のあたりに刺さったこれは何だったか。

ああそうだ、夕食の時に噎せてしまった僕への仕置だったか。

美しく輝いていたはずのナイフは赤黒く錆びつき、僕の体の一部と化していた。

手はもう使い物にならない、足はどうだったかな。

右足は覚えている、何度も棒で殴られて傷ついて腫れ上がって、菌が入って……どうなっているのだろう。

見えてもいないのに紫になった足が瞼の裏に浮かんだ。

左足は……? 動かない、けれど何があったのか思い出せない。

毎日毎日殴られているせいだとしたら、印象が薄くても仕方ないかな。


……アルは、いつ来てくれるんだろう。

どうして来ないの。忘れてるの。


…………見捨てられた?




兵器の国の政府は、今とある兵器の開発に尽力している。

核、とか何とか。

科学技術などバカバカしいと常々思う、魔法ならば金も何もいらないのに。

ああ、凡人には出来ないのか。


「……ふん、非科学的なんて馬鹿なことを言うよ。国連から追い出された理由を理解出来ていないらしい。魔王に呪われてるくせに非科学的なんてよく言えたね」


兵器の国の政府は今、科学で解明できないモノを必死に追い出している。

たった今職場を追い出されたばかりの青年には、身体中に魔法陣の刺青があった。

魔法の国が滅びた今、魔法使いは彼だけだ。

この国は魔法使い唯一の生き残りを捨てた、その者の性格も考慮せずに。


『……そこの人間、止まれ』


路地の向こうから声が響く、人ではないモノの声。

青年はそれに臆することなく答えた。


「随分と無礼な口の利き方だね、まぁいいよ。何かな?」


ストレスを発散できる玩具も見つかったことだ、この魔獣に怒りをぶつけるよりも玩具にぶつけた方が気持ちいい。

青年はそう考えて温和に対応した。


『貴様からヘルの匂いがする、それも血の匂いだ。ヘルをどこへやった』


路地の影が大きくなる──いや、魔獣が黒い翼を広げて青年を威嚇している。


「……知らないね、勘違いだろう」


青年は直感していた。

この魔獣が玩具の言っていた''アル''だろうと。

ならば会わせる訳にはいかない、魔物使いが手に入らなくなる。

それだけは避けたい。


『シラを切るか、なら力ずくで聞き出すしかないな』


「間違いは認めなよね、まぁ、僕も力で訴えるのは得意だよ」


幾重にも重ねた衣を一枚脱ぐ、裏には無数の魔法陣が重なり合って描かれていた。


「このエアオーベルング様に逆らうなんて、愚の骨頂……って教えてあげる」


支配せよ、征服せよ。

幼い時からずっと頭の中で響く声、抑えようのないこの衝動。

玩具おとうとよりもつまらなさそうだけど、魔獣に全てぶつけてあげる。




魔法陣の描かれた扉が開く。兄が来たと直感し、僕は恐怖で目を閉じた、それが余計な暴力を産むと知っているくせに。


『ふふっ、ふふふふ。あははははっ』


……違う、兄ではない。

科学者のような格好をした黒い男だ。

顔は見えない──違う、見えているはずなのに分からない、認識できない。


『核兵器がさぁ、完成したみたいだよ。楽しみだねぇ……どう使うのか。ふふ、ふふふふっ、はははっ』


この部屋には兄以外入れないはずだ、そんな魔法がかかっていると聞いた。

たとえ侵入出来たとしても攻撃魔法が発動する。

何故この男はここにいる? 方法も目的も分からない、ないのかもしれない。


『至上の愉悦だ……最高だよ』


顔が分からないはずなのに、恍惚とした表情だと分かる。

男は僕の轡を外し、手を縛っていた縄も解いた。


『直接手を下すのは主義に反するんだよねぇ、でもここで君が絶えてもつまらないし、まぁこのくらいならいいかなって、ね』


「……ありがとう」


『……ふふ、んふふふっ。感謝するんだ? あははははっ』


「外してくれたから……あ、君は誰?」


『んー……誰かなぁ。誰がいい?』


拘束が解かれたとしても、この傷ついた体では部屋どころかベッドからも降りられない。

なんとかこの男に協力してもらって家を出なければ。


「ここから出してくれるような優しい人なら嬉しいかな」


『優しい? うん、ボクは優しいよ、うんうん』


「怪我をして動けないんだ、外まででいいから運んでくれないかな、お願い」


『んー、まぁボクは悪い邪神じゃないからねぇ。でも手を出すのは主義に反するんだ。だけど、お薬くらいならあげるよ? たちどころに全身の傷が治るお薬、いる? 欲しい? 使う?』


男が懐から取り出したのは小さな瓶だった、中には黒い油に似た液体が入っている、光の加減か虹色の輝きも見えた。

即効性の傷薬なんて、怪しいことこの上ない。

だが今の僕には躊躇している時間はない、兄がいつ帰ってくるか分からない。


「……欲しい」


『うん、じゃあ飲ませてあげるね、口開けて?』


男は優しく僕の顎を引いて、粘り気のある液体を喉に流し込んだ。

体が一瞬熱くなり、気がつくと傷は全て治っていた。

だが、劣悪な環境は僕を衰弱させていて、それは薬で治らなかった。


「ありがとう、なんとか、一人で動けるよ」


『這いずってねぇ……改良が必要かな。結構色々やったのになぁ』


ふらりと上体を起こし、ベッドから転がるように落ちる──と、男に支えられた。


『まぁこのくらいならいいかな。ほら立って』


男にしがみついて全体重を預けて、足だけに集中して家を出た。

活気のない街は僕のことなど気にもとめない。


「ありがとう、本当に……ねぇ、君の名前を教えて欲しいな」


僕を助けてくれた優しい人、男の印象はそうだった。


『んー、人間には発音できないと思うけど? 友人は''顔無し君''って呼んでたかなぁ。でもあれボクだけどボクじゃないし、可愛くないし』


顔無し……どこかで聞いたような、気のせいかな。


『あ、そうだ。ナイ君って呼んでよ。顔無しとかけてるんだ、可愛いし呼びやすいよね。流石ボク、良いの思いつくよ』


「分かった。あとさ、あの、僕……君に会ったことある?」


いつどこで出会ったかは思い出せないし、はっきりと姿が思い出せた訳でもない。

ただこの男の雰囲気はどこかで感じたような気がするのだ。


『気のせいだよ、きっとね。』


「そう……かなぁ?」


『まぁボクの姿は一つじゃないし……ううん、何でもないよ、気にしないで。今のボクはただの科学者、か弱いから虐めないでね』


兄の家から離れた店の壁に、僕をもたれされる。

男は僕の髪をかきあげて右眼を見る、何かを調べるふうだった。


『んー、どうなるかな。まぁせいぜい足掻いてよ。お薬あげたんだからちゃんとボクを楽しませてよね』


「うん……? ありがとうね」


『ふふ、ふふふっ…………じゃあね』


顔の見えない黒い男、不気味な彼だが悪い人ではない。

僕を助けてくれたのだから、兄よりもずっと優しい。

人でなくても──いや、僕に優しくしてくれるのは人以外のモノばかりか。


離れていく彼の足音、見えなくなる影。

ずっと感じていたことだが寂しさが叩きつけられた気分だった。


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