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王女の本性

・お菓子の国




城下町の中心でピエロが踊っている。時折に転んでポケットからカラフルな包み紙の飴玉をばら撒き、おどけて魅せる。

城下町では今お祭りの最中だ、そう大きいものではないが、せっかく城の近くだからと王女が演説を行う予定になっていた。だから今日はいつも以上の賑わいを見せている。

そんな中に巨大な黒の翼を生やし、黒蛇を尾にした狼が現れたとしたらどうなるだろうか? 答えは一つ……では、ない。

突然現れた魔獣に怯え、叫び、逃げ惑う者もいる。だが少数の人間はその魔獣の尾に名が刻まれている事に気がつき、逃げる足を止める。そしてさらに少数の人間はその魔獣に話しかける。これは魔獣との共存の進んだお菓子の国だから起こった。


「き、君! どうしたのかな? 飼い主さんは?」


合成魔獣の中でも最上級とされる三体のうちの一体。それを知らずともその見た目の威圧感たるや恐ろしいモノである。魔獣に話しかけるなんて奇特な人間であろうとも、アルに話しかけるには並の勇気では足りない。


『ヘルが居ない! 何処だ! 貴様か!』


「え? ち、違う違う、よく分かんないけど違うよ!」


その上アルは我を失っている。話しかけるのが正解と一概には言えないだろう。


「へ、ヘルって、飼い主さんの名前かな?」


『何故知っている! やはり貴様か! ヘルを何処へやった!』


「今君が言ったんじゃないか!」


通行人に誰彼構わず言いがかりをつけるアル。だが決して噛みついたりはしない、それに気付いたのか、町民達には余裕が出て来た。


「あ、ほら、放送かけて捜してもらおうよ、ね? ほら、案内するから」


『そこに居るのか?』


「ここよりは居そうだろ? 放送すれば来るかもしれないし」


『ふむ、一理ある……か』


町民が根気を持って話すとアルは少しずつ冷静さを取り戻した。声をかけてすぐに怒鳴り返された時は後悔したが、彼はそこまで損な役回りではないと思い直してきていた。落ち着いたアルは黙って後ろをついてきている。不安に満ちた瞳は可愛らしいし、その姿は絵画の如く美しい。尾に彫られた名を不安そうに見つめるその仕草は愛らしく、アルを独りにしている飼い主が憎くなってくる。


「えっと、お名前と種族名は?」


受付嬢はかなり困惑していたがなんとか対応してくれた。


『アルギュロス、合成魔獣(キマイラ)


アルはすっかり大人しくなった……というより落ち込んでいる。耳は垂れ下がり、黒蛇はだらしなく地を這う。時折にきゅうんと甲高い鳴き声をあげている。


「飼い主さんの名前と……あと服装や年齢は?」


『ヘルシャフト。首元が破けてる白シャツに、ところどころほつれた黒のズボン。左手に猫に噛まれた痕がある。年は……分からん。まぁ、まだ幼い』


「よく覚えてるのね、偉いわ」


受付嬢に頭を撫でられるも機嫌が良くなる様子はない、愛しい主が居ないのだから当然の事だ。よく覚えていて偉い、なんて言った受付嬢だが、アナウンスの内容には少し手こずっていた。

アルの言う『幼い』はどのくらいなのか、それによって随分変わる。あれだけ心配しているなら三、四歳か? だけどアルの口振りは尊大で、人間の年齢など気にしなさそうだ、それならもう少し大きいのかも。でも猫に噛まれて痕が目立つくらいなら小さい子だろうか。放送の仕方を考えていると、目の前で赤いドレスが翻った。


「あ、お……王女さま!?」


『ごきげんよう、舞台のマイクが壊れていたのよ。こちらの物を貸してもらえるかしら?』


「ええ! ええ! もちろん!」


『ありがとう』


真っ赤なドレス、真っ赤な髪、真っ赤な瞳。赤を現した王女はその美しさを惜しげも無く晒す。見た目に劣らぬ美しい声で二、三言演説すれば全国民を虜にする。


『ふふ、緊張したわ。ありがとうね』


そんな心にもない事を言って受付嬢にマイクを手渡すと、メルは足下にアルを見つけた。


『あら。オオカミさん? 契約済みね、こんな上級……珍しいわね』


『小娘、貴様……何者だ』


やる気なさげに地面に寝転がっていたアルが突然起き上がり、メルを睨みつける。王女に仇なすモノかと駆け寄る兵士を片手で制止させ、メルは美しく微笑む。


『メルでいいわよ? オオカミさん』


『…………悪魔か、それも下賎な淫魔』


『口の悪いオオカミさんねぇ。そんなんじゃ女の子にモテないぞ!』


『女になど興味は無いわ! 貴様からヘルの匂いがする……ヘルを何処にやった!』


『はぁ? ヘル? そんな子知らな……あぁ』


メルは無礼な魔獣を見下しながら、部屋に置いてきた魔物使いを思い出す、目の前の魔獣が彼が言っていたアルとやらなのかもしれない。面倒なことになった、声をかけなければよかったと後悔する。


『アンタがアル? 似合わない名前ね』


『アルギュロスだ、ヘルは何処だ! 私のヘルを何処にやった!』


『はぁ……めんどーい、メルちゃん帰るー。あとはよろしくねぇー。みんな』


『待て!』


メルの背中から蝙蝠のような羽が四枚現れる。それはメルの体を宙に浮かせ、城の方へと飛び去らさせた。


『飛べば逃げられるとでも思っているのか!』


アルはその黒い翼を広げる……が、町民はアルを押さえつけた。


『離せ、人間』


無闇に人を傷つければヘルが悲しむだろう、そう思ってアルは自らに掴みかかる町民達を脅すだけに留めた。だが、それに効果はない。町民達は虚ろな目で、ただ一言だけを繰り返している。「王女さま」と。


『洗脳……? いや、そんな大層な真似が出来るほどの悪魔ではなかった』


翼をゆっくりと振り、尾で優しく薙ぐ。怪我を負わせないように……そんな考えは町民を追い払うには適さない。転ばせたところで意味はない、数が多く振りほどき切れない。そうしているうちにアルが最も危惧していた事態が起こった。


『ぐっ……ヘル、頼む。もう少し時間をくれ。私は、必ず貴方の元へ行ってみせる』


尾に彫られた名前が赤く輝く。内側から溶かすような痛みが始まる。焼ける痛みにのたうつ蛇に町民が退いた。アルはその隙を逃さず木を伝って屋根の上に跳び乗る。


アルの視線の先は巨大な城だ。赤を基調とした、生き物の体内を思わせる色合いの不気味な城。あの悪魔は彼処に飛び去った。崩れ始めた翼を必死に羽ばたかせ、空を走る。その姿は酷く痛々しい。

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