熱機関としての有機体
なぜいま、物理なのでしょうか。
それは、現代社会をとりまく問題の過半が物理に関係しているからです。なにも、原発事故や新エネルギーの問題にかぎりません。インターネット技術・中国の宇宙ステーション打ち上げ・北朝鮮のICBM、すべてクリティカルに物理に直結してきます。
人間としての生き方だってそうです。生命が進化によってはじまったのか、創造によってはじまったのか、オタクに対してどんな態度をとるか、みんな一度は、物理の見方で徹底的に総点検したほうがいいのです。
この作品は、物理オタクによる物理的価値の提示です。柔かい表現を心がけました。人間は自由な生き物です。その自由を活用するため、わたしたちに物理という道具が与えられていることをうれしく思っています。
時どき、エネルギー問題がニュースになります。街ゆく人の意見はそれぞれです。でもみんな、心の底のどこかで「かぎりあるエネルギー。資源を大切に」と思っている。
本当に、エネルギーはかぎりがあるのでしょうか?「エネルギー保存則というものがあって……」と言われても、保存するなら何度でも繰り返し使えるはずです。おかしなことです。
これは、「エネルギーはエントロピーになっていく」という大きな法則によってとらえるべきなのです。もともと、地球上のすべてのエネルギーはビッグバンで生まれました。これについては、「どこか外からあたえられた」というふうに解釈できるふしもあります。ビッグバンから3分間で陽子や中性子、α線が出来てきました。この陽子や中性子、またα線は大きなエネルギーをもっていて、核反応で鉄にむかって合成していくにつれてエネルギーが放出される、つまりエントロピーがふえるしくみになっています。陽子・中性子・α線のままで止まっていれば、世界には放射能汚染はなかったかもしれません。しかし、宇宙には重力という、陽子や中性子・α線のエネルギーをエントロピー化する「しくみ」があったので、まずリチウムや炭素の原子核ができました。
「エントロピー化する」ことには、2つの大きな方法があります。一つは、エネルギーをどんどん熱にしてしまうことです。熱はエネルギーのとじこめておけない形態で、宇宙の秩序のなかにエネルギーの消費を書きこむかたちになります。もう一つは、エネルギーを使って物質を複雑化させて、物質のなかにエネルギーの消費を書きこむことです。
物理学の仕事は、自然界の法則を調べて、それを本のかたちにまとめることだ、と長い間考えられてきました。たしかにそうかもしれませんが、法則を調べる実験でエネルギーを消費して、それをインクと紙に書きこむわけですから、エントロピー化しているのは同人で火を燃やしているのと同じわけです。また、イスラム教の伝道師が図書館を焼いたのも、エントロピー化の効果の点では物を考えて本をせっせと書くのと同じだったことになります。これは、このくらいにしておきましょう。
熱を発し、物質を複雑化させるエントロピー化の過程をいくども繰り返して、約40億年前、太陽が生まれました。太陽の中心核では、陽子や、陽子と中性子が湯川粒子の交換で結合した重陽子が核反応して、α粒子をつくる反応が主に起きています。世界のなかにエネルギーの消費を書きこむ一環として、熱を発し、陽子や重陽子という物質をα粒子という物質に複雑化させる、一言でいえば、エントロピー化を起こす、これが太陽という機械の機能になります。
ここで、太陽のエネルギー源はなんだったでしょうか?陽子と重陽子のなかに、ビッグバンでとじ込められたエネルギーでした。そのエネルギーは、外から吹きいれられたと考えられることを思い出してください。太陽は陽子や重陽子にとじ込められたエネルギーをエントロピー化し、その過程で熱を放出します。熱は、太陽表層の光球で光となり、日光となって降りそそぎます。
さて、日光はわたしたちにとってはエネルギーです。しかし、太陽という機械にとっては、日光はうたがいようもなくエントロピーなのです。つまり、エントロピー化工程の上流と下流でエネルギーとエントロピーの区分は逆転するのです。
地球上の生命はエントロピー化工程のなかでどのような位置を占めているのでしょうか。生命の謎を解く鍵は葉緑素です。日光のエネルギーをエントロピー化することにより、植物は水を複雑化させて酸素を、二酸化炭素を複雑化させて食物をつくり出します。動物は酸素と食物を複雑化させてみずからの身体を構成する有機物をつくり、また熱を放出します。
人間は太陽からのエネルギーを吸いこんで、エントロピーを吐きだしています。でも太陽はそれとは別に外からのエネルギーを吸いこみ、日光のかたちでエントロピーを吐きだしているわけです。人間にとってエネルギーであるものが、太陽にとってはエントロピーなのでした。これを、さらに下流に押しさげたらどうなるでしょうか?
つまり、人間は体温のかたちでエントロピーを吐きだしています。体温は部屋の壁にしみ込み、家具にしみ込み、ついには宇宙空間に赤外線となって放出されていきます。人間もまた、宇宙の秩序のなかに自分のエネルギーの消費を書きこんでいるのです。それが、人間とは異なるある存在者にとってはエントロピーではなくエネルギーだとしたらどうでしょうか。これは大切な問題です。なぜなら、原発事故の問題とは、人間が物質を複雑化させてエントロピー化したものを再びエネルギーにできるか、という問題だからです。この問題はあまりに大きいので、この作品を読んだ読者のみなさんに考えていただくことにいたしましょう。
なぜ、磁場をかけるとエントロピーが下がるのでしょうか?磁気は、電子の移動であり、熱は、電子の運動である。どうしても、そう考えるべきなのです。