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第9話

 ゴンタたち先駆者たちの思いは、彼に伝わっただろうか。


 金銭で買えるものを金銭で買う。

 何も間違ってはいない。

 だが、思いは金では買えないのだ。


「……俺は親父が死んで店を継いだ。けど、どうにもならなかった。借金は膨らむ一方だった」


 彼の言葉。

 どうにもならなくなり、すべてを諦めて自殺したという。

 投身自殺だ。


 だが死ななかった。

 気付いたときにはエオスにいた。

 特殊な能力を持って。


 生き直そうと思った。

 言葉も通じない異世界で。


 ただ、言葉の問題を除けば、生活は困難ではなかった。

 彼には特殊能力があったから、日雇いの仕事などで得たわずかな金銭で、日本の物資を手に入れることができる。


 あれよあれよという間に、自分の店を持つことが叶った。

 店はいつでも客が溢れ、笑顔が絶えない。

 彼の思い描いた理想通りに。


「それの何が悪い……」


 押し殺した声。


「悪くねえよ。気持ちよかっただろ? 一人勝ち人生。街の連中が、こぞってお前さんを褒め称える。人生バラ色だ」


 唇を歪めるゴンタ。

 煙草をくわえる。


「インチキな方法でもなんでも勝ったもん勝ち。お前さんより美味いメシが作れなかった他のメシ屋が悪い。お前さんを満足させる材料を提供できなかった生産者が悪い」


 歌うような悪意の抑揚。


 本当に料理の腕で勝負していたのか。

 彼以外の誰も手に入れることのできない材料を、彼以外の誰も真似できない低価格で販売する。


 絶対に負けないゲーム。

 そんなものを勝負と呼んで良いなら、彼はたしかに勝負していたのだろう。


「…………」

「ただ、街の連中は良い面の皮だよな。絶対に勝てない勝負に、無理矢理付き合わされたんだから」


 地球で失敗した男の憂さ晴らしに巻き込まれる。

 結果、何人もの人生が狂い、何人も死に、何人もが街を去った。

 これからソニョイの街を立て直すのは、生半可なことではないだろう。


「…………」

「楽しかっただろ? 自分の店が倒産した仕返しができて」


 ゴンタの顔に浮かぶ笑み。

 下級悪魔すら鼻白むような、邪悪な笑顔だ。


「俺は……仕返しなんて……」

「じゃが、これが汝の為した事じゃ。受け止めよ。シドー」


 マルドゥクの言葉がとどめというべきだった。

 がっくりと項垂れる男。


 私としては、言いたいことをおおむねゴンタとマルドゥクに言われてしまった格好である。

 だから、結論だけを述べる。


「街の人たちと(えにし)を結んでこなかった。それが君の罪だ」

「俺の……罪……」


「同業の人々の暮らしがどんどん悪くなっていっているとき、君は何を見ていたんだい? ピノ少年の妹が奉公に出されるとき、君は何をしていたんだい? 君の罪はたったひとつ。ちゃんとご近所づきあいをしなかったってことだよ」


 事態を非常に矮小化して考えれば、彼が刺されたのは単なるご近所トラブルである。

 おそらく、彼が普通に商売をしていれば起こりえなかったことだ。


 地元の業者ときちんと交流を持ち、品質に不満があるならちゃんと要望を伝える。

 たったそれだけで回避できたのだ。


 ソニョイの荒廃も、痛ましい事件も。

 安易に能力に頼ってしまったから悲劇が起きた。


「特殊能力で解決することなんか、この世にひとつもない。これは大伯父の受け売りだけどね」

「俺はどうすれば……」

「知らぬよ。自身で考えるが良かろう。我らは汝の料理を食べたくてこの街にきたのじゃが、その気も失せた。汝の作る料理は、食べたくないの」


 食いしん坊ドラゴンとは思えない台詞を吐いて、マルドゥクが踵を返す。

 どうでも良いのだが、安易に複数形を使わないでほしいものだ。

 私はそこまで料理にこだわりはもっていない。


「俺もだ。お前さんには、俺の作った米を使って欲しくない」


 金髪の美女に続く農業戦士。

 それは生産者の誇り。


 私だけが無言で病室を出る。

 失意の料理人にかける言葉の持ち合わせがなかったから。





 結局、ソニョイの街での逗留は長期に渡らなかった。

 具体的には一泊二日である。


 宿を取っても食事すら出ないのだから、長逗留する意味もない。

 ちなみに厨房を借りて自炊したメニューは、おにぎりであった。


 というよりゴンタと出会ってから、おにぎりしか食べていない三人なのだ。

 具は相変わらず海苔の佃煮。

 いくら米は日本人の心といっても、さすがに飽きてしまう。


「なにをいっておるか。ひと味ちがうではないか」


 荷台からマルドゥクが反論した。


「そっすねー……」


 私はおざなりに同意する。

 宿で、おにぎりと交換に塩を少し分けてもらったので、なんとそのおにぎりには塩味がついていたのだ。


 素晴らしい。

 これなら何個でも食べられる。

 ……わけがない。


 おかずが欲しい。


「あーあ。あいつのメシ、食ってみたかったな」


 運転席で嘆くゴンタ。

 こいつは昨日、紫藤相手に格好良い台詞を吐いていたはずだ。

 舌の根も乾かないうちに、何を言ってやがる。


 私だって食べたかった。

 ゴンタはエオスにきてまだ三日目だが、私は一ヶ月以上経っているのである。


「せめてTKGでいいから食べたいな……」

「なんだよTKGって?」


 私の呟きをゴンタが聞きとがめる。

 彼の時代には、たしかにこの名はなかっただろうが、モノとしては存在したはずだ。


「玉子かけご飯のことだよ」

「なんでも横文字にするんじゃねえよ。ナウなヤングでも気取ってるのか?」


 一瞬、彼の言葉が判らなかった。

 頭の中で反芻(はんすう)し、なんとか理解する。

 いまどきな若者、というほどの意味の造語。


 たしか流行ったのは、一九八〇年で、まさにゴンタの時代である。

 私の感覚では、ほぼ古語に近い。


「それは美味いかの?」

「玉子がないとできないけどね」


「鶏卵で良いなら、普通に手に入るじゃろ?」

「そうなのか……」


「少し田舎に行けば、けっこう飼っておるしの」

「平飼い……」


 それはかなり期待がもてる。

 が、ご飯と玉子だけでTKGは作れない。


 ネギや鰹節なども重要だが、どうしても外せないモノがある。

 醤油だ。

 さすがにこれだけは、エオスで手に入らないだろう。


 三つのファクターのうち二つまでは揃っているのに、残念だ。


「くっそお。お前らがそんな話をするから、俺まで食いたくなってきたじゃねえか。いっそ街に戻って、シドー脅して醤油を取り寄せるか」


 不穏当な事をゴンタが言う。

 あれだけ格好つけた後に、能力を使えとかいったら、恥ずかしいどころの騒ぎではい。


「戻るまでもなさそうじゃがの」


 ふ、とマルドゥクが笑う。

 はるか後方、ソニョイの街から駈けてくる人影がふたつ。


「ゴンタ」

「あいよ」


 農業戦士が軽トラを停車させた。

 追いついてくるのを待つために。


 ひとりは紫藤。もうひとりは見覚えのない顔だが、歳の頃なら十四、五歳の少年だ。

 おそらくはピノ少年だろう。


 私は助手席から降りて、二人を出迎えた。

 ゴンタは運転席で煙草をくゆらせ、マルドゥクは荷台の上でにこにこと笑っている。


「お、俺たちも連れて行ってくれっ!」


 息を弾ませながら紫藤が言う。


「どういうつもりだい?」

「俺は何も判っていなかったっ! 何も見ていなかったんだっ!」


 昨日、私たちが指摘したことだ。

 どうしていまさらになってそんなことを言いだしたのか、黒髪のコックが説明する。


 彼はあの後、牢獄に繋がれているピノ少年に面会した。

 そして、少年の身に起こったこと、その思いをひとつひとつ聞き出した。

 悟った。


 いかに何も見ていなかったか、いかに独りよがりだったかを。

 彼は今まで貯めてきた財貨のすべてを差し出し、少年の釈放を願い出た。


 もちろん身柄を買うには過大すぎる金額だった。

 余剰分は街の再興に役立てて欲しいと言い残し、彼はソニョイから旅だつ。

 もう、高貴なる無知(イノセント)ではいられない。


 世界を知る。

 そして日本に帰る方法を探る。

 今度こそ、今度こそ本当に、生き直しだ。

 もう能力に頼った生き方はしない。


「……僕は、それを見張るためについていく」


 ピノ少年の言葉。

 幼い顔に決意が漂っている。

 異世界人が、もう二度と悲劇を起こさないよう、監視するのだ。


「なんだか大層な決意じゃな。ふたりとも」


 荷台からマルドゥクが手を伸ばす。


「汝らの目的が我らのそれと一致するとは限らぬが、まあ乗るが良い。旅は道連れというでの。シドー。ピノ」


 青年と少年がその手を掴み、荷台によじ登る。


「で、じゃ。ものは相談なのじゃが、醤油というものを取り寄せてくれぬかの」


 ぬけぬけと言ったりして。


「あの……俺はもう力は使わないと決めたんだけど……」

「あの……僕はもう力は使わせないと決めたんですが……」


 心から情けなさそうに言うシドーとピノ。


 うん。

 彼らの決意は、きっと守らせてもらえない。

 だって相手がマルドゥクだもん。


 肩をすくめた私は、助手席へと戻った。

 どうせなら鰹節も出してもらおうと考えながら。


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