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第7話


 どこからも仕入れをしないレストラン。

 あまりにも異常なそれは、私の想像力を負の方向に掻きたてた。


「どういうことか判るかの? ヒジリや」

「判らない。判らないけど、結果は見える」


 私は薄汚れたテーブルの上で腕を組んだ。

 異世界人の店が独自の仕入れルートを持っていたと仮定する。


 現代社会に置き換えれば、百円ショップどころか、すべてを一円で販売する店があったと考えてみると良いだろう。

 しかも品質もセンスも、高級ブランド品以上。

 そんな状況で、わざわざ高いものを買うものがいるだろうか。


 一部の好事家や、無駄遣いを趣味とする富豪を除いて。

 高い、ということに価値を置く商売をするならともかく、少なくとも庶民を相手にした商売で、これ以上の商売敵は存在しない。


「いや……勝負にすらならないだろうな」


 私の呟きに女将が頷いた。


「勝負にならなかったよ」

「どういうことじゃ?」


 理解できない、という顔のマルドゥク。

 たかがレストランひとつで、街がこれほどまでに興廃するものなのか。


「経済が狂ったんだよ」


 風が吹けば桶屋が儲かるではないが、経済というものはサイクルになっている。

 生産者がいて、仲買業者がいて、卸売業者がいて、販売者がいて、消費者がいるのだ。


 このケースだと、販売者と消費者しか存在していない。

 これで経済が回ったら、逆に奇跡である。


 異世界人のレストランしか儲けていない状況。

 まず卸売が干上がる。

 街から仕入れないのだから当然だ。


 卸売が干上がれば、次は仲買が悲鳴を上げる。

 生産者から買い付けたものを買う人間がいなくなるからだ。


 そして仲買がいなくなれば、生産者は作ったものを売る場所を失ってしまう。


 これは食料品だけに限定した話ではない。

 たとえば調理器具や消耗品、すべてのジャンルにいえることだ。


「じゃが、食費が抑えられれば、他のことで贅沢ができるのではないかの?」

「そうだね。ところで、その人たちはどうやって収入を得ているんだい?」


 我ながら意地悪な問いである。


 サービス業が極度に発展している平成日本ならば、食料品業界そのものに関わっていない人間は数多いだろう。

 しかし、流通などの業界まで含めると、その数は膨大なものになる。


 ましてエオスにおいて第三次産業はそこまで発達していない。

 消費者は、同時に生産者でもあるのだ。


「むう……」

「経済が回らなくなった街はひどいものだよ。俺はよく知ってる」


 衰退していくしかない。

 私の故郷のように。

 しかもソニョイの場合は、衰退を加速させる人物までいる。


「市場から、どんどんモノが消えていったよ」


 疲れたように女将が笑った。

 異世界人のレストランが、どれほどの隆盛を誇り、どれほどの客が訪れようと、得た財貨を街に還元しなくては、廃れていく一方だ。


「地域が寂れる典型的なパターンだね」


 大手資本が参入した街が、当初は潤うものの、地場産業が衰退する。

 そして旨味がなくなった大企業は、とっとと撤退し、後に残るのは廃墟と職を失った人々だけ。


 バブルが崩壊した日本で、掃いて捨てるほどあった話だ。


 女将の話が続く。


「この街一番の仲買だったシュリンさんが没落したら、あとはもう一瞬だったね」


 完全に商売に行き詰まったその男はふさぎ込み、ついに気が狂ってしまったという。

 家族も従業員も、すべて斬り殺し、最後は自分の首も落とした。


「うへえ……」


 想像したのか、ゴンタが嫌な顔をする。

 日本ならば、そこまで追いつめられることはなかったかもしれない。会社法などの規定で、破産のやり方が決まっているから。


 とはいえ、借金で首が回らなくなって自殺するというのは、べつに珍しい話ではない。

 ましてこのエオスであれば、財産を失うというのは命を失うのとほぼ同義だ。


 だからこそ、雇い主の責任というのはずっと重い。

 日本とは違って、従業員には勝手に自分の職を変える権利はない。それゆえ、雇い主はその生活と人生についてすべての面倒を見なくてはならないのだ。


 その意味で、シュリンという人物は自分で幕を引いたのだろう。

 尋常ならざるやり方ではあるが。


 おそらく、という域を出ないが、店を畳むにしても、従業員を引き受けてくれる場所もなかったのではないか。

 だから追いつめられた。

 どうしようもないほどに。


「末期症状だね。そのシュリン氏を皮切りに、この街ではどんどん店が潰れていった。違いますか? 女将さん」

「違わないよ。ひどいものさ」


 肩をすくめる女将。

 シュリンという固有名詞にほとんど意味はない。彼はラクダの背骨を折った一本の(わら)だ。


 It is the last straw that breaks the camel's back.


 というわけである。


 街は限界に達していたのだ。

 アテのある者はすべて出て行き、行き場のない者だけが残る。

 滅びを待つだけの、死んだ街。


 マルドゥクが評した通りである。


「なんだってそんなことになるんだよ……」


 ストレスとともに紫煙を吐き出すゴンタ。

 彼は生産者である。経済を学んできたわけではない。


 良いものを、美味しいものを作れば、みんなが幸せになれると無邪気に信じていられる。

 本来、その考えはまったく間違っていないのだ。


 経済というものは自然に流れるようにできている。より正確には、その流れこそを経済と呼ぶ。

 普通はここまで大きな歪みは発生しない。


「つまり、異世界人が原因じゃの」


 本質を突くマルドゥク。

 私は軽く頷いて見せた。

 エイジとやらいう異世界人が、まったくなにも考えずに異世界料理を振る舞った結果が、ソニョイの街である。


「なにやってんだよ……他人様(ひとさま)に迷惑かけてんじゃねえよ……」


 押し殺したゴンタの声には、隠しきれない怒りが滲み出していた。

 彼は経済に明るくないが、作った作物を買ってもらえない、食べてもらえない生産者の気持ちを知っている。


「会ってみる必要があるね。そのエイジ氏に」


 私の提案に頷くマルドゥクとゴンタ。

 だが、女将が首を振った。


「無理だと思うよ。いまごろは、あの世に旅立ってるんじゃないかねぇ」


 美人とはいえない中年女の顔。

 彩るのは、毒々しい嘲笑だった。




 軽トラックが人気(ひとけ)のない大通をゆっくりと進んでゆく。

 数ヶ月前ならば人が溢れていたのだろう。

 だが今は、多くの店が扉を閉ざしたまま。


「……救われねえ話だな……」


 煙草をくわえたままハンドルを握ったゴンタが呟いた。


「……そうだね」


 助手席に座る私の声も苦い。

 エイジなる異世界人は、なんと刺されのだという。


 五日ほど前の話だ。

 犯人は隣人。

 しかも、年端もいかない少年である。


 腹部を何カ所も刺されたエイジ氏は、街の施術院で治療を受けているらしいが、傷はけっして浅くないらしい。

 死ねばいいのに、とは、先ほどの女将のストレートすぎる感想である。


 商売敵の死を願うというのは心理としては珍しくないが、それを客の前で言うというのは、よほどのことだろう。

 そして、刺した少年の方は、牢獄に繋がれている。


「救われねえよな……」


 繰り返すゴンタ。

 女将が語った事情は、以下の通りである。


 異世界人エイジを刺した少年の名はピノ。彼の店の近所で同じような飲食店を営んでいた家の子供だ。

 つまり、最初に異世界レストランの犠牲になったものたちである。


 一年。

 エイジが店を開いてから、一年しか保たなかった。


 さまざまな営業努力は、すべて徒労に終わった。

 値段を安くする、新しいメニューを作る、味などを工夫する。

 何をしても太刀打ちできなかった。


 先ほどの女将の酒場と同じである。


 商売は立ちゆかなくなり、ピノ少年の妹は別の商家に奉公に出された。この時点ではまだ、他の商家にも受け入れる余裕があった、ということである。

 ともかく、口を減らしていくしか方法がなくなった。


 そんなものを方法とはいわない。

 破滅を先延ばしにしているだけ。


 そこから一月(ひとつき)も経たないうちに、店は倒産した。

 そしてエイジに店舗ごと丸抱えされた。


 支店として。

 次なる破局の幕開けだった。



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