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第6話


 街が近づいてくる。

 徒歩で一日もかかる行程も、自動車なら一時間である。


 野営した場所から目的地までは二時間ほどであろうか。

 ちなみに今日の運転手は私だ。

 マニュアル車も運転できる免許で良かった。


 何度かエンストしてしまったが、こればかりは仕方ないだろう。マニュアル車は苦手だという人は、きっと私だけではないはずである。


 助手席には、昨日同様マルドゥク。

 軽トラの所有者たるゴンタは、荷台でへたばっている。


 というのも、今朝方、マルドゥクの本性を見てしまったからである。

 川があるから水浴びをするといって、金色(こんじき)竜姫(ドラゴンプリンセス)が正体を現したのだ。


 金の鱗、深紅の瞳、宝刀のように輝く爪と角、体長は二十メートルをゆうに超え、両翼を広げれば六十メートルには達するだろう偉容(いよう)

 禍々しくも美しいその姿。


 まさに竜姫の名にふさわしい。

 幾度見ても感動すら(おぼ)える。

 感動で済まなかったのはゴンタだ。


「竜神さまじゃー! 竜神さまじゃー!」と、謎の喚き声を発した後、無意識の園へと旅立ってしまった。

 きっと、いろいろ限界だったのだろう。


 私とマルドゥクは、気絶したゴンタを荷台に寝かせ、目的地へと出発することにしたのである。

 街の名はソニョイ。

 リンズベル王国の五大都市のひとつという話だ。


 しばらく前から異世界人が住み着き、レストランを開いて、たいそう評判になっているらしい。

 食を司る竜神たるマルドゥクが興味を持たないわけがあろうか。

 否、ない。


 わざわざ反語を作るまでもなく、我らが竜姫は興味津々である。

 ところで、食を司るというのは冗談だが、我らが、というのはあながち間違ってはいない。


 昨夜の作戦会議で、私たちの身分について取り決めがなされたのだ。

 マルドゥクは、竜王に仕える巫女マリィ。

 私とゴンタはその護衛士。

 軽トラは竜族の秘宝で、自走する馬車ということになった。


 地球人から見れば、白い軽トラを秘宝と称されたら失笑してしまうだろうが、ようするに街に入るとき、街門を通れればそれで良いのだ。

 マルドゥクにしても、ゴールドドラゴンだと自称するより、仕える巫女だと言った方が混乱が少なかろうということで、今日はなんか巫女装束っぽいものをまとった楚々たる美女に変身している。


 明らかに楽しんでいる顔で。

 けっこう享楽的な女性なのである。


 美味しいものも楽しいことも大好きで、好奇心旺盛。そして人間にも好意的。

 彼女と親しく接していると、竜が怖ろしいモンスターだということを忘れてしまう。


「ふむ……」


 前方を見つめていたマルドゥクが右手を下顎に当てた。


「どうしました? 巫女様」


 堅苦しい言葉遣いは、慣れておくためである。

 やっておかないと、咄嗟の時にぼろが出てしまう。


「いやの。賑わっている街だと聞いておったのじゃが、まるで楽しそうな気配が伝わってこぬのじゃ」


 彼女は数キロ先の気配を読むことのできる。


「そりゃあ、いつでもお祭り騒ぎだったら、そちらの方が変だと思いますが」

「うむ……それはそうなのじゃが……なんというかの」


「珍しく歯切れが悪いですね。なにか気になることでも?」

「街が、死んでおる」


「はい!?」





 せっかく練習した演技は、まったく無駄になってしまった。

 街門には守備兵すらおらず、私たちを見とがめる者もいない。

 これは嬉しくない誤算である。


「まるでゴーストタウンだな。こりゃ」


 荷台に立ち、運転席の屋根に腕をかけたゴンタが言った。

 さすがに状況が状況なので、のんきに寝かせておくわけにもいかない。


「いや、完全に人がいないってわけじゃなさそうだよ。窓から覗いてる人がいる」

「よく見えるな。ヒジリ」

「気配とかは読めないけど、目は良いんで」


 低速で軽トラを流しながら、街の様子を観察する。


 広場には市も立っていない。

 路地裏は薄汚れ、子供たちの笑い声も聞こえない。

 街全体に活気がない。


 マルドゥクが言ったように、街が死んでいる。


「少し前の俺の故郷みたいだな……」


 大伯父たちの改革の前。

 シャッター商店街と呼ばれた街だ。


「うん?」

「いや、何でもないよ。ゴンタ」


 彼は高度成長期に生き、これからバブルを迎えようという時代の人だ。わざわざ夢を壊す必要はないだろう。

 最悪の状態になる日本や北海道の未来など、知っても仕方がない。


「まずは情報を集めねば、なにも判らぬじゃろうな」

「となると酒場かねえ」


 古来、酒場には情報が集まる。

 西部劇でもロールプレイングゲームでも、そのパターンは変わらない。

 ゴンタの言い分は一理あるが、問題は営業しているかどうか。


 軽トラが大通りを進み、やがて酒場の看板を発見した。

 なんだか雰囲気が悪い。

 入るのをためらってしまいそうだ。


「どうする?」


 ゴンタが訊ねる。


「他の店を探しても良いけど、ここより良いかどうかは未知数だね」

「だよな」


 私は路肩に車を停めた。

 爪弾いてみなくては、どんなギターだって弦の調子は判らない。

 いざとなれば、私がゴンタとマルドゥクを守って逃亡するのみである。もっとも、後者は私に守られるほど弱くはないが。


「では、いくかの」


 とんと助手席からマルドゥクが降りる。

 入店した店は、本当に営業しているのかと疑いたくなるようなありさまだった。


 掃除は行き届いておらず、床も壁も薄汚れている。

 もちろん客は一人もいない。


「ひでえな。こりゃ」

「日本風の接客なんか、こっちじゃ求められないけど、それでもすごいね」


 テーブルに着く三人。

 店の奥から、痩せた中年女が出てくる。

 いらっしゃいの一言もなく。


 私はテーブルに幾枚かの銀貨を置き、酒と軽くつまめるものを注文(オーダー)する。

 だが、酒はともかく食べ物はないという。

 おかしな話である。


 酒場の売り上げというものは、肴の代金がけっこう占められている。酒だけ出していたのでは、正直商売あがったりだろう。

 つまみもなしに延々と酒を飲むということもできないのだから。


 どうにも、なにか事情がありそうである。

 さらに何枚か銀貨を重ねる。

 情報料だ。


「私たちは旅の巫女とその護衛です。この街について、少しばかり教えていただけますか?」


 微笑を浮かべて問いかける。

 女の手が、奪い取るように銀貨を拾った。




 ソニョイの街には異世界人が住み着いていた。

 そこまでは情報通りだ。


 エイジという名の語感から察するに、おそらくは日本人だろう。

 彼は、この街でレストランを営んでいた。

 これもまた情報通りである。


 そのレストランは流行っていた。

 否、これは控えめすぎる表現だろう。

 老若男女、すべてがその店の虜になっていた。


 連日連夜の大盛況。

 行列は通りにまで溢れ、しかも途切れることがなかった。

 それほどの美味。

 そして良心的な低価格。


「素晴らしいことのように思えるがの」


 説明を聞きながら、マルドゥクが小首をかしげる。

 安くて美味いものを提供する。たしかに消費者の側から見れば歓迎すべき事態だろう。


 しかし女将(おかみ)は頭を振った。

 エイジの店以外の飲食店にとっては、死活問題である。

 高くて不味いものしか提供できなくては、客が入るわけがない。


「私らだって努力したさ。取り分をぎりぎりまで削って。仕入れ業者に無理を言って。なんとか対抗しようとした」


 けれども駄目だった。

 価格を下げるといっても限界がある。


 それでも無理に値段を下げようとすれば、材料のグレードを落とすしかない。

 削れるものは何でも削った。


 それでも異世界人のレストランには及ばない。

 子供の小遣い程度で食える美食。


 そんなものに対抗できるわけがなかった。

 作れば作るほど赤字になってゆく。

 街の飲食店は、どんどん廃業に追い込まれていった。


「けど、そいつはおかしいぜ。エイジの店だって材料を仕入れにゃ営業できねえだろ? そんな安く売ったら干上がっちまうんじゃねえか?」


 煙草をくわえたゴンタが発言する。


 原価三割。

 商売をする上での常識だ。

 売値の三割程度にまで原価を抑えなくては、商売は成立しない。


 だが、話を聞くかぎり、異世界人のレストランの価格設定は明らかに原価割れを起こしている。


「あいつは、どこからも仕入れてなかったんだよ」


 中年女の言葉が、不吉に尾を曳く。



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