第10話
街道を軽トラックが進む。
本日のドライバーはシドー。生意気なことに、こいつも免許を持っていた。オートマ限定じゃないやつ。
しかも私より運転が巧みだ。
なんだろう。
この敗北感は。
なんでも、父親が生きていた頃は、農家とかに直接買い付けにいったりしていたらしい。
そうやって、縁を結んでいった。
シドーはそれを怠り、業者に頼るようになった。
そして父親の代に通ってくれていた常連客たちの足は遠のいてゆく。
「結局、俺は親父から何も学んでいなかったんだよな」
「汝は間違いに気付き、改めようと決意した。それは立派なことじゃよ。シドーや」
助手席のマルドゥクが微笑みかける。
曖昧な笑みを、コックが浮かべた。
「遅すぎた気もするけど」
父親の作った店を潰し、自殺しようとして異世界に飛ばされ、そこで築いた店は街を荒廃させる原因を作った。
多くの人を不幸にした。
そして隣人に刺され、生死の境を彷徨ってから間違いに気付いた。
たしかに遅い。
普通なら、二度人生が終わっている。
だが、
「思った時がスタート地点じゃよ」
手を伸ばし、黒髪を撫でてやるマルドゥク。
何かをはじめるのに、遅すぎるということはない。
本当に手遅れになるのは、諦めたときだ。
かつての私がそうだったように。
「そうだと良いけどな」
前方を注視するシドー。運転に集中してますよ、という態度だが、やや赤らんだ頬が彼の内心を如実に物語っている。
マルドゥクに惚れちゃった、と。
まあ、とびきりの美人だし気持ちは判らなくもない。
正体を知らなければ。
次に水浴びをするときが楽しみである。
くくく。
「邪悪な笑いを浮かべてるとこわりーけどよ。ヒジリ。次の街はどんなところなんだ?」
煙草をくゆらせながら、ゴンタが訊ねてくる。
邪悪とはひどい。
私は自他共に認める人畜無害なナイスガイなのに。
「リンズベル王国の王都だよ。通行証を発行してもらって、ミトラコシア王国に渡るって、昨夜説明したじゃないか」
「聞いてたけど忘れた。つーか俺は地図なんかよめねえし」
地図だけでなく、ゴンタはこちらの字も読めない。
現地人と会話が成立するのは、マルドゥク謹製のマジックアイテムを身につけているからだ。
私も転移当初、大変お世話になった逸品である。
そのサポートを受けて暮らしていると、だいたい二週間から三週間くらいで、言葉にも文字にも不自由しなくなる。
中国に留学したことのある知人も言っていた。喋れないと生活できないから、勝手に体が憶える、と。
人間、必要に迫られれば、必死になるものらしい。
ともあれ、国境を越えるためには通行証が必要になる。
地球世界であればパスポートにあたるが、こちらではもう少し重い。というのも、住民の移動が制限されているからだ。
国王や領主にとってみれば、たとえば税金の安い国とかにほいほいと移住されてはたまらない。
これはエオスに限らず、地球世界でも同じだろう。
たとえば江戸時代、国境関所が設けられていたのは、なにも鉄砲が江戸に持ち込まれたり、大名の家族が江戸から離れたりするのを防ぐだけが目的ではない。
「んで、なんでそのミトなんとかって国にいくんだよ?」
「ミトラコシアね。異世界人の噂があるからに決まってるじゃないか」
私は肩をすくめてみせる。
ソニョイを出発して四日。
私たちの旅の目的は、ごく自然に異世界人を探すというものになっていた。
より正確には、迷惑をかけている異世界人をなんとかする、というものだ。
そのミトラコシアにも、異世界人の噂がある。
しかも、あまり良い話ではない。
地方領のひとつに現れた異世界人が、領主を殺してその座に居座っているという。
もちろんそんなことをすれば国が黙っていない。
討伐隊が組織されたが、その異世界人によって皆殺しにされた。
それどころか、その男は王城にまで乗り込み、王女を誘拐してしまったらしい。
人質として。
怒り狂った王は、賞金を出して冒険者や傭兵に討伐を命じたが、向かった者はすべて殺されてしまった。
嘘か誠かは判らない。
リンズベル王国まで噂が流れてくる過程で、さまざまに変質してしまっている可能性も大いにある。
タイムラグ的な問題だって無視できない。
しかし、放置しておくというのも寝覚めが悪い。
とりあえず赴いて、真偽だけでもたしかめよう、ということになったのである。
ゴンタだって作戦会議の席にいたくせに、なんでいまさら説明を求めるのか。
「そりゃあ、ヒジリはバスガイドみたいなもんだし」
「せめてツアーコンダクターといってほしい。いや、ぜんぜん呼ばれたくないけど」
なんだバスガイドって。
スカートを履いて、観光案内とかしないといけないのか。
世界のどこにそんな需要がある?
私自身だって見たくないぞ。
「つあーこんだくたーってなんだ?」
「説明するのがめんどい」
「けっ これだからナウなヤングは」
その呼称もやめて欲しい。
わりと切実に。
「ミトラコシアは、なにが美味いかの。楽しみじゃ」
助手席から声が聞こえる。
うん。
とてもブレない女性である。
リンズベル王国からミトラコシア王国へ。
美味しい食べ物を探す旅ではない。念のため。
立ち寄る町や村で、必ず名産を訊ねているが、あくまでもそれはコミュニケーションの円滑をはかるためであって、食欲を満たすためではないのだ。
ただ、願わくは名産品は食べ物であってほしい、と、願うのみである。
木彫りの人形とかだと、機嫌が悪くなる人がいるから。
「このペースだと、三日後には異世界人が支配してるとかいう領域に入れそうだね」
ぱちぱちと薪がはぜ割れる焚き火を見ながら、私は仲間たちに告げた。
完全にツアコン役である。
なにしろゴンタにもシドーにも計画性というものがないから。
マルドゥクやピノ少年にそんなものを求めるのは、最初から間違っている。
とはいえ、私のガイドだって完璧ではない。
行ったこともない場所を、地図だけを頼りに行動しているのだ。
縮尺は適当だし、ランドマークなども書き込まれていない滅茶苦茶な地図である。高度なナビゲーションなど期待されても困る。
「という台詞を、三日くらい前にも聞いたぜ? ヒジリよお」
「おおお俺が悪いんじゃないよ? あんな道、地図に載ってなかったしっ」
地図のせいだ。
ぜんぶ地図が悪い。
あと、移動手段が徒歩でないから判りづらい。
基本的に、この世界の旅は二本の足でするものである。ゆえに、宿場町なども人間の足で一日歩いた距離くらいの場所に点在している。
軽トラックで旅をするというのが、前提としておかしいのだ。
と、力説するのだが、誰も聞く耳を持ってくれなかった。
シドーの作った夕食に、舌鼓を打っている。
寂しい。
「とにかく、今度こそ、この道で間違いないから」
「良いけどね。べつに先を急ぐ旅でもないんだし」
生暖かい目を向けてくれるコック。
なんだべ? この敗北感は。
「ところでの。囲まれておるが、気付いておるか?」
ぼそりとマルドゥクが言う。
彼女がいるので、モンスターなどからの襲撃はほとんどない。
さすがにドラゴンプリンセスに牙を剥くような無謀なモンスターは滅多にいない、ということだ
ろう。
となれば相手はモンスターよりも愚かな者たち、ということになる。
すなわち、人間だ。
「何人?」
「十五、六といったところじゃの」
私の問いに、楽しそうに答える金髪美女。
何を期待しているんだか。
私はゆっくりと立ちあがった。
「マルドゥクは、みんなを守っていてくれ」
「然り」
「そのかわり、俺がきみを守る」
言葉とともに、私の右手にツルギが現出した。
異世界に来たことによって与えられた能力ではない。私の血族が持つ異能である。
「十秒で片づけるよ」
にこりと笑って地面を蹴る。
そして、ほぼ一瞬で襲撃者たちを撃退した。
ちなみに一人も殺していない。ツルギで武器を破壊し、軽く当て身を入れて気絶させただけだ。
運が悪くても、朝には目を醒ますだろう。
「ホントに十秒で片づけやがったぜ。こいつ」
ひゅうとゴンタが下手な口笛を吹いた。
頭目らしき男の襟首を掴んで、元の位置に着地した私に対して。
「いやあ。十秒もかかってないんじゃないかな? ヒジリさんって強かったんだねえ」
感心したようなシドー。
おいおい。
私のことをどう思っていたのだ。
ガイドが本職ではないぞ?
仲間たちが顔を見合わせた。
「ヘタレ?」と、ゴンタ。
「ヘタレだよねえ」と、シドー。
「ヘタレなお兄さん、ですね」と、ピノ。
「決まりじゃの。ヒジリや。これから汝はヘタレ剣士と名乗るが良い」
と、最後に我らが竜神様が宣った。
この瞬間、私の愛称が決定した。
最悪である。
彼女は決めた呼び名を、絶対に変えない。
「ううう……」
「あの……尋問とかするために俺を捕まえたんじゃ……?」
沈んでゆく私に、とても申し訳なさそうに捕虜が声をかけてくれた。
天空には、名も知らない星々。
たおやかな夜の姫が、苦笑しながら見つめていた。
旅は、まだまだ続いてゆく。
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