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第7話:ソフィアの秘密

「本当のことって、どういうことですか?」


「ワタロットさんにだけ、私の秘密をお話しします」


 笑顔から一転して真剣な顔つきになったソフィアさん。胸に手を置き、言葉を絞り出すように彼女は語り始めた。


「二十年前、私はゲームのプロローグと同じあのお祭りの日、復活した魔王の手の者にさらわれました。けれど、そのとき私はまだ五歳の子どもでした」


「えっ」


「召喚された勇者――岩瀬に助けられ、そして、父の言うとおり彼が帰るとき一緒に日本へ付いていったの。ですから、私はほとんど日本で育ったんです」


「えええぇぇ! 五歳ってそれ犯罪じゃないですかああぁぁ!」


 衝撃の事実だった。いくらなんでもあの野郎、ロリコンにも程があるだろ。


 訥々と自分の過去を語る彼女の前で、俺は叫ばずにいられなかった。


「誘拐みたいなものですわね。ですが、最終的に私たちは親子になりました。岩瀬は私の養父――育ての父です」


 犯罪の意味は「誘拐」と取られたが、それもあながち間違いではない。


 当時五歳だったということは、彼女は今二十五歳。そして、岩瀬の妻ではなく養女だったと。


 内心ホッとする俺。だが、話はこれで終わらない。彼女には他に思い詰めるだけの何かがあるのだ。


「親子だったんですね。夫婦じゃなくて」


「ええ。だって、あの人には既に奥さんがいたもの」


「もはや鬼畜じゃねぇか!」


 俺は憚ることなく岩瀬の所業を非難した。


 あの男は妻がありながら幼い彼女を日本へ連れ帰ったのか。


「それじゃ、ワンメモのソフィアの話は?」


 既婚男性が五歳の女の子を助けても恋物語になるわけがない。


「あの物語は、実の母によく聞かされた話なの。それを彼がまとめてくれて。私も気に入っているわ」


「なるほど。そうだったんですね」


 ソフィアさんに恋物語を聞かせたのはお母さんだった。お陰で彼女は異世界語を失わずに済んだのかもしれない。


「けれど、私はそんなふうに恋をすることができなかった。彼と親子になってしまった私には」


 彼女の表情は次第に弱々しくなり、目には涙を浮かべた。


「何より、日本の養母(はは)は私を実の娘のように可愛がってくれた人ですもの。そんな養母からあの人を奪うことなんて私にはできなかった」


 略奪を考えたこともあったんだ。養母と養女で正妻戦争とは恐ろしい。


 そもそも、日本の法律では養子関係を終了しても二人は結婚できないわけで、岩瀬にその気はなかったことになる。当然っちゃ当然だ。


 となると、


「じゃあ、ソフィアさんは結婚していないんですか? 他に彼氏とかいないんですか?」


「そうね。私はずっと独り身のまま。一度の恋も有り得ませんでしたわ。なぜなら二十年前、こちらでは二四〇年前になりますが、私は召喚魔法の代償(コスト)として魔法契約による婚姻を結んでしまったのですから」


 ちょっと待って。やっと納得しかけていたのに……。


 魔法契約による婚姻? 岩瀬とは親子なんでしょ? 未婚じゃないの?


 それに、コストって何? 俺が召喚されたときはそんな話聞いてないぞ。


「難しい契約……例えば相手の承諾を得ずに召喚をするには、それに見合うだけの対価が必要となります。だから父は、娘の私を対価として無理やりにでも岩瀬に娶らせたのです」


 そうか、あのときの羊皮紙。あれは俺の同意を得るためのもので、召喚のコスト軽減だったのか。


 それに比べて、強制的に召喚された岩瀬は、魔王を倒すことも、その対価に王女をもらうことも断れなかったと。


「彼を手ぶらで帰らせたら、契約不履行になってしまうから。魔法契約による婚姻を結んだ私は日本にいても、他の男性(ひと)を愛することが許されなかった」


「日本にいても?」


「魔法契約の効力は住む世界を問わないのです」


 それじゃあ、ソフィアさんは岩瀬と結婚したことになっているのか?


「私には貞操を守る義務があるの。夫婦でないにもかかわらず」


 なんということだ。それで、二人はわざと夫婦を演じていたのだろうか。


「そればかりか……王に祝福された私には守護の力がはたらいて、私に近づく男は皆呪われて不幸になってしまう」


 呪われるって、それはまた穏やかじゃないな。


「ワタロットさんだって、私が近づいてしまったばかりに全部不合格になってしまったでしょう?」


 そんなばかな。ほんの少し調査をされたくらいで。


「だから、私はいつも我慢をしてきたわ。小学校から、中学、高校、大学でも、友だちが楽しそうに恋愛の話をするのを、私はただ聞くことしかできなかった。皆が自由に恋をしているのに、どうして私だけが恋文ラブレターを破り、贈り物(プレゼント)を突き返して、男を避けて生きてこなければいけなかったのよ!」


 ありったけの声で彼女は叫んだ。涙をポロポロこぼしながら。


 魔法契約によって恋愛を禁止されている彼女は、それを解決しない限り誰とも結ばれることはない。


「女と生まれて愛を知らずに過ごすこと。これがどんな苦しみか、お分かりになりますか?」


 嗚咽する彼女の声は最後には消えそうなほど小さく掠れていた。


 俺は言葉が見つからず、彼女の震える肩をそっと抱いた。


 近づく男は呪われてしまうと彼女は言った。他の男がどうなったのかは知らない。けれど、俺が大学に落ちたのは彼女とは全く関係のないこと。


 しかし、考えてみれば、呪われているのは彼女のほうではないか。


 二四〇年前、滅亡の危機にあったこの国は、たった五歳の王女を言わば「生贄」にする形で岩瀬を召喚し、魔王を討たせた。


 悲しみに暮れる彼女の現状は、当時の国王には想像もつかなかったことであろう。恐らく国王はこう思ったに違いない。


 国を救ってくれた勇者に娘を嫁がせるのだから、きっと幸せにしてもらえるだろうと。寧ろ喜んで彼女を差し出したのだ。


 ところが、彼女の心は今も鎖に繋がれたまま……。



 そんな彼女の境遇を、当の岩瀬が知らないはずがない。知りながら、敢えてこのゲームを開発したのだとしたら……。せめてゲームの中だけでも彼女の恋を叶えてあげようとでも思ったのだろうか。


 布切れで涙と鼻水を拭い、彼女はようやく落ち着きを取り戻した。


 だが、その心に抱える闇はあまりにも深く、俺一人に秘密を打ち明けたところで、そこに光が差すことはない。


 だったら……。


 俺が彼女にしてあげられることは何か……。


 そんなの、一つしかないじゃないか!


「俺の失敗はソフィアさんのせいなんかじゃありませんし、不幸でもありません。こうして出会えたことが何よりも幸せなんです。だから、一緒に探しましょう! その忌々しい魔法契約とやらをなんとかする方法を」


 彼女は静かにこくりと頷いた。再びその目に涙を溜めて。


 これ以上、彼女を泣かせるわけにはいかない。話はこれまでだ。


「もう少しだけ、一緒に狩りませんか?」


「もちろん。喜んでお供いたしますわ」


 俺たちは通路を進み、次の部屋の魔物を片付けたところで狩りを終えた。



 ……。



 外に出ると日は傾きかけていた。


 黄金色を帯びた空の下、宿へと帰る道すがら、俺はソフィアさんの言葉を反芻した。彼女の叫びが脳裏から離れなくて。


 彼女は俺に秘密を明かしてくれた。涙を見せてくれた。俺だけに……。


 彼女を幸せにしたい。男として。何としてでも彼女を呪縛から解放しなくては。


 そのために俺は生き、行動しよう。そう心に誓ったとき、


 ――ピコン!


 唐突に通知音が鳴り、メッセージが表示された。


『ワタロット様に《クリア目標》が設定されました』


 何ですかこれは。慌ててメニューを開き、ステータスを確認すると、



 プレイヤー名:満島 航

 アバター名:ワタロット

 種族/身分:人間/平民

 戦闘職:戦士23、その他1

 生産職:刀剣20、その他1

 装備:バスタードソード、革の防具一式

 パッシブ:近接攻撃力増加1(戦士20)、成長速度増加(クリア目標)

 固有スキル:アイテム複製


 《クリア目標》:テストプレイヤーが明確な目標を決定した場合、アバターの成長が速まる。

  ――目標:旧王女ソフィアを過去の呪縛から解放し、その愛を手に入れること。



 クリア目標……。


 詳細を見れば、一目瞭然だった。なるほど、これはおあつらえ向きではないか。先ほどの狩りで戦士のレベルも少し上がっていた。


 転移石で冒険者ギルドに戻り、ソフィアさんがカウンターで戦利品を換金する。そして、宿の前まで来たところで、


「先ほどは取り乱してしまってごめんなさい」


「いいえ、全然。ソフィアさんならいつでも大歓迎です」


「それでは、明日からもよろしくお願いしますね」


「こちらこそ」


 明日の狩りが待ち遠しくて仕方ない。こんな気持ちになるのは初めてだ。


 期待を胸に宿に入ると、


「よう、航じゃねぇか! お前もここに来てたんだな」


 ――この声は!


 俺の記憶が確かならば、つい先日まで同じ教室で学んでいた男の声である。

お読みいただきありがとうございます。

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