第6話:冒険者ソフィア
「ソフィアさんもテストプレイヤーなんですか?」
「ええ。皆さんよりもずっと前から。システムを《接続》したり、言葉を《翻訳》したり、魔物のデータを集めたり」
「へぇぇ、すごいですね」
「それくらいはしておきませんと」
この世界でワンメモのシステムが使えるのはソフィアさんのお陰なんだ。
その彼女とPTを組み、部屋を出た。
宿屋はやはり木造二階建てで、俺の部屋は207号室。
一階には宿の主人と思われる鬚をたくわえた茶髪の男性と、三角巾をかぶった赤毛の女性がカウンターの中にいた。
「今日からしばらくお世話になります。207号室のワタロットです」
「ああ、そちらのお嬢さんから聞いてるよ。それじゃ、一杯飲んでくか?」
「あんた。また昼間っから飲むつもりなのかい? ごめんねー、うちのはいつもこんなだから。困ったもんだよ」
「なぁに、金払いの良い客に酒を勧めちゃ悪いってのか? これじゃ商売どころか冗談も言えねぇよ」
挨拶を交わしたら自然に喧嘩が始まってしまうあたり、どこにでもいそうな非常に仲のよろしい夫婦だな。
「まぁまぁ。殿方は仕方ないですわ」
ソフィアさんが間に入り、奥さんをなだめる。
「酒を飲むならこっちのカウンターで、飯を食うならそっちのテーブルに座んな。トイレはそこで、その奥は他の客の部屋もあるから夜は遅くまで騒ぐなよ」
ご主人は順に指して言った。
「それはどうも。でも、俺はまだ酒は飲めないし、時間も早いんで飯は帰ってきたらお願いします」
「そうか? そりゃまた残念なこった。最近の若けぇヤツぁみんな酒が飲めねぇんだな。まぁ気にすんな、日が暮れる前にゃ仕込みは終わってるだろうよ」
この主人は本当に素面なのか疑わしいな。
トイレは先に入っておこう。形状は洋式トイレのように腰掛けるタイプ。紙の代わりに柔らかい葉が重ねてあり、手洗い用に大きな水瓶と柄杓が置いてあった。
現代日本と比べてはいけないが、紙がないのは不便さを感じる。しかし、最低限の用を足せることは確認できた。
「それじゃ出かけてきます」
「おう! 気ぃ付けてな!」
通りに出て、宿屋の並び三軒目に冒険者ギルドの建物はあった。本当に目と鼻の先なんだな。カウンターには栗毛の若い女性がいた。
「すみません、登録をしたいんですが」
「いらっしゃいませ! ご登録ですね。それではこちらにご記入ください。お一人様の料金は五百ピース、銀貨五枚でーす」
この世界の通貨単位は「ピース」であり、硬貨の種類は以下のとおり。
・黄銅貨(真鍮)1枚=1ピース
・銅貨(青銅)1枚=黄銅貨5枚=5ピース
・銀貨1枚=銅貨20枚=百ピース
・金貨1枚=銀貨20枚=二千ピース
登録用の羊皮紙にささっとサインし、銀貨五枚を支払った。
「ワタロットさんですね。登録完了でーす! 持ち帰られた戦利品は相場で買い取らせていただきます。特に注文が多い品物はあちらに張り紙が貼ってありまーす」
女性は営業スマイルを浮かべ、掲示板を指した。
「どうもです」
「それでは参りましょう。こちらの転移石から《南の里山》へ」
ソフィアさんによると、元々魔物がよく出る場所の近くにゲームシステムを《接続》してダンジョンを作り出したそう。
それらの場所はゲームのシリーズでよく使われた地域名だった。
・「北の鉱山」……妖魔や魔法生物が多い
・「東の連滝」……水棲生物の他に鳥や動植物系の魔物がいる
・「西の密林」……植物系が多く妖魔や動物系も出る
・「南の里山」……主に妖魔と動物系の魔物
このような狩り場近くの町や村には転移石が設置されていて、ギルドに登録すると利用できる。
南の里山は、深山から流れる雪解け水が地下水脈となり、いくつもの泉が湧く緑豊かな土地だ。山間部では狩猟や林業、平野部では農業や牧畜が盛んである。
そのような地域に現れる魔物といえば、主に妖魔の類と動物の変異種。村が襲われる度に畑が荒らされ、食糧や家畜、若い女性が狙われる。
だが、今回はそうした魔物の討伐依頼ではない。
着いたのは、ダンジョンの入り口。
パーティが入ると、自然の魔力を利用して内部の空間と魔物を自動生成する、インスタンス形式のダンジョンだ。魔物はソフィアさんが収集したデータを元に出現する。
革鎧の腰に剣を提げただけの俺に対し、ソフィアさんは金属製の胸当てを着け、円形盾を背負っている。腰のベルトにショートソードを差し、クロスボウを手に持った。
戦闘職の《射手》と《騎士》とを切り替えるスタイルである。《戦士》の俺と相性がいい職業を選択してくれたのだろうか。
階段を降りると、中は無機質かつ人工的な構造になっていて、外界と完全に隔絶された空間が現れる。
床は石畳。石壁は高い天井でアーチ状に組みあがり、所々にあるくぼみには松明の灯りが点る。通路を進むと大きな部屋があり、そこに魔物が群れていた。
醜く矮小な人型妖魔――ゴブリンの他、雑多な動物型の魔物が、ざっと二十から三十体はいるだろうか。
兎、鹿、猪、狼など形は普通の動物と変わらない。しかし、ダンジョンの魔力で体は大きく歯牙も鋭い。そして皆一様に、両眼に赤い光を宿している。
一度に大量の魔物を相手にするのは厳しいが、このレベルの敵は連鎖反応しないので、二人で一体ずつ狩ればいい。
「それでは、私が敵を釣ります。その後はお任せしますわ」
「オッケーです」
部屋の少し手前からソフィアさんが先制の一矢を放つ。まず釣れたのは狼だ。通路に誘き出される大型の狼。
彼女と入れ替わるように、バッソを両手で構えた俺が前に飛び出し、
「うおぉぉぉぉぉ!」
――斬る!
通路を駆ける勢いそのまま、剣を一気に振り抜いた。
肉を裂き骨を断つ確かな手応え――クリティカル・ヒット。
床をのた打つ狼にトドメを刺すと、眼から赤い光が失われた。
その間、クロスボウに矢を再装填したソフィアさんが次の獲物に狙いを定める。
俺は再度剣を構えて後方に控えた。そして、その繰り返し。
片やピッチング練習をする投手と、片やバッティング練習をする野手のように、彼女が矢を放ち、俺は剣を振り続けた。
たまに受けた傷は複製した回復薬で治療しながら。
「少し休みましょうか」
「はい」
部屋の魔物が片付いたところで休憩。壁にもたれて並んで座った。さすがにバッソの連続フルスイングは疲れるな。
異世界に来て初めての狩り。その興奮は中々冷めるものではない。ソフィアさんが用意してくれた水筒から水を飲み、乾いた喉を潤した。
「お見事でした」
「ありがとうございます」
「狩ってみて、如何でしたか?」
「楽でした。ソフィアさんの釣りのお陰で」
「そうですか。私のほうこそ釣るだけで、楽をさせていただいたような」
「あの……」
俺のチュートリアルって、もう終わりましたよね。
早くソフィアさんの話を聞かせてくださいよ。はやる気持ちを今一度抑えて、
「俺、ゲームではずっとソロだったんで、ペア狩りに憧れてました。ソフィアさんみたいなきれいな女性と一緒に狩ってみたかったんです」
「まあ、お上手ですわね」
「あ、そんなんじゃなくて、その……」
石畳の冷たい感触が革装備を伝って少しずつ肌を冷やす。
「ワンメモをやった人なら皆、女の子を連れて冒険したくなります。だけど、知らなかった。この世界が本当にあったなんて、日本にソフィアさんがいたなんて。だから、今こうして一緒に狩りができるなんて、まるで夢のようで……」
と、言いながら気付いた。夢オチという可能性に。
慌てて頬をつねる俺。何度もビローンと伸ばしていると、
「プッ、フフフッ。ごめんなさい。急に可笑しなお顔をされるから」
ソフィアさんが笑っているだと!?
無邪気にころころと。俺もつられて笑ってしまった。
「でも、ありがとう。そう言ってもらえるだけで嬉しいわ。私も……。そろそろ話さなくてはね。ワタロットさんには本当のことをお話ししてもいいかしら」
「えっ?」
お読みいただきありがとうございます。
<メモ>
・「北の鉱山(=ミナ・グランデ)」……Mina grande
・「東の連滝(=ラス・カスカダス)」……Las cascadas
・「西の密林(=ラベリント・ボスケ)」……Laberinto bosque
・「南の里山(=プエブロ・リコ)」……Pueblo rico