第5話:固有スキル「アイテム複製」
「ワタロットさん、固有スキルをお持ちなのですか?」
尋ねるとソフィアさんは蒼い瞳を丸くした。獲物を見つけた猫のように。
「固有スキルは個人が獲得した特徴的なスキルです。誰もが得られるものではありません。ですから、他の方には知られないほうがよろしいかと思います」
「なるほど。気を付けます」
やはりこれは特別な力なのだ。滅多に見せびらかすものではない。
「けれど、私はGMですし、秘密は厳守致しますので、どのようなスキルか教えてくださいませんか?」
彼女はいかにも興味津々という表情をして俺に迫る。そんな顔をされたら折れるしかない俺である。
「分かりました。《アイテム複製》っていうスキルなんですけど」
「そのようなスキルを……確か召喚時には何も……他の参照データは……」
呟きながら考え始めるソフィアさん。
GMでも分からないことがあるのか。一考の後、彼女が導き出した結論は……。
「推測ですが、ワタロットさんが以前、ワンメモのバグを報告されたことと何か関係があるのではないかと思います」
「バグ? ああ、そういえばそんなこともありましたね」
――アイテム増殖バグ。
それは文字通り不正にアイテムが増やせてしまうバグである。
ワンメモでは過去に一度、期間限定イベントと大型アップデートが重なった日に増殖バグが発生したことがある。
その日、創立記念日で休みだった俺はサーバーが混雑する前にログインし、いち早くプレイすることができた。そして、偶然バグを発見して報告したのだ。
結局、サーバーが安定した頃にはバグは修正されていたけれど。
言われてみれば、確かに俺はアイテムを複製した経験があり、その履歴が存在している。それが召喚時、キャラクターデータと共に読み込まれたということか。
やってて良かったバグ報告。
「じゃあ、本当にアイテムを複製できるんですかね?」
「お試しになりますか? どうぞこちらをお使いください。プレイヤーの皆様にお配りしている回復薬です」
牛乳瓶くらいの小瓶が二本。それぞれ赤と青の液体が入っている。
受け取ると、インベントリ画面には「低級体力回復薬(10)」と「低級精神力回復薬(10)」と表示された。一本で十回分なんだ。まあ、戦闘中に一気飲みとかしてたら斬られてしまいそうだしな。
回復アイテムは必需品だし、沢山あって困るものではない。序盤は特に。だから、複製を試みるには打ってつけだ。
「やってみますね」
まず、赤い薬の小瓶を机の上に置き、意識を集中する。
立体写真を見るときのような、焦点のズレていく感覚。
左右二つに分かれた小瓶のイメージを強く意識したとき、
小瓶は「ガチン!」と音を立てて分裂した。
「おお、できた!」
「これは驚きですね」
一瞬遅れて、システムメッセージが表示された。
『低級体力回復薬(10)を1個複製しました!』
インベントリ画面にも「低級体力回復薬(20)」と表示され、数が増えている。
同様に、青い薬も複製してみる。
先ほどより静かな音を立て、小瓶は弾けるように分裂した。
もっと何度も複製すれば、スキルのコントロールは上手くなるだろう。
「これは便利ですね」
問題は、このスキルをどう活用すべきか。薬が増えたからといって即、俺自身が強くなったことにはならないから。
できれば強い武器や防具、装飾品などを複製してみたいが……。お店で品物を複製したら買わなくても手に入るのかな。
「至便なスキルではございますが、売り物はお店側に所有権がございますので、いくら複製しても手に入らないかと。また、お店の商品を勝手に持ち出すと防犯の魔道具が作動する場合がございます」
「えっ。そんなものもあるんですか」
釘を刺されてしまった。なぜ俺の考えていることが分かったんだ。
GMソフィアさん、侮り難し!
本当だ。アイテムには詳細情報があり、作成者、所有者、最終使用者といった項目があった。
そして、アイテム複製のスキル詳細には、
『自身が所有権を持つアイテムに限る。通貨、その他公共性の高い物には使用できない』という但し書きがあった。
便利とは言っても万能ではないのだ。
「他に何かご質問はございませんか?」
とりあえず、あとは職業選んで冒険者ギルドに登録したら、死なない程度に遊べばいいだけ。
いや、待て。大事なことを忘れていた。
「そうですね。俺はソフィアさんのことが知りたいです」
今度は俺が彼女の蒼い瞳を見つめて聞いた。
夢にまで見た理想の女性が今、生身で目の前にいるのだ。
ソフィアさんのことが知りたい。王女ソフィアがどうしてこんなことになったのかを、直接彼女の口から聞きたかった。岩瀬の言葉ではなくて。
「かしこまりました。ワタロットさんのチュートリアルが終わりましたらお話しします。まずは職業をお決めください」
「はい。戦士と刀剣作製にします」
「では、初期装備と活動資金をお渡しします。ご確認ください」
彼女が何か操作をした後、通知音と共にシステムメッセージが表示された。
『GMソフィアから荷物が届いています』
開封すると、革の防具一式と、バスタードソードが入っていた。バッソは片手でも両手でも持てる冒険者御用達の一本である。それと銀貨が二十枚。
「ありがとうございます」
インベントリ画面から革の防具を「装備」すると、着替えをシステムが補助してくれた。
それから、アバターのスイッチングについて教わった。種族が人間の俺は大差ないけれど。他種族、特に巨人族や獣人族は生活に不便な場面があるから。能力が使えない代わりに元の人間の姿を取れる機能だ。
さて、改めてステータスを見てみる。
プレイヤー名:満島 航
アバター名:ワタロット
種族/身分:人間/平民
戦闘職:戦士20、他1
生産職:刀剣20、他1
装備:バスタードソード、革の防具一式
パッシブ:近接攻撃力増加1(戦士20)
固有スキル:アイテム複製
応用の利く武器と全職共通で使える革製の防具。初期の冒険者としては恐らく十分な装備が整ったのではないだろうか。
「準備がよろしければ」
「はい」
振り向くと、同じく冒険者の姿になったソフィアさんがそこにいた。
頭上の「GM」マークも消して。
「少しだけ狩りに付き合ってくださいませんか?」
出会ったときのあの抑揚のある声で彼女は誘う。
「もちろん、行きます。どこへでも!」
少し上ずった声で俺は答えた。
お読みいただきありがとうございます。