第39話:盗賊A
※少しやられて、少し仕返しをするお話。
俺は市民街の中央から直接、南の里山の村外れへと転移石で飛んだ。
ダンジョンへ向かういつもの道のり。馬車の通る街道は石畳が敷かれ、草むらの先には出穂したばかりの青い麦畑が広がっている。
左手に見える小高い丘から張り出した木立を避けるように街道が大きくカーブしていて、その手前あたりにダンジョンの入り口が設置されている。
まばらに見える小屋のひとつから煙が立ち上る。気にも留めずに歩いていると、ふと、道を塞ぐように盗賊と思しき一団が現れた。
人数は見えているだけで5人。他に潜んでいるかは不明である。
「よう、魔法使いの兄ちゃん! 命が惜しかったら身包み脱いで置いて行きなっ! へへっ!」
リーダー格と思しき長髪・痩身の男が剣を片手にニヤニヤと笑みを浮かべながら言った。
白昼堂々、その台詞を吐いた時点で盗賊確定ですよ。この世界に来て初めて出会うリアルな盗賊に、何とはなしにドキドキしてきた。
恐らく異世界人の噂を聞きつけ様子を窺っていたのだろう。相手が小人数なら、大人しく金を出すと踏んでいたようだ。残念だったな、カモネギじゃなくて!
ちょうどいい。遠征に行く前に少し実戦経験を積ませてもらおう。ところで、盗賊って殺しちゃっても良いんでしょうか。過剰防衛とか言われてもあれなんで、余裕があれば手加減してやるか。
念のためGMコールで位置情報を送信し、準備OK。
「おい、聞いてんのか? 殺すぞ?」と言う盗賊に、
「聞いてます……よ!」
と、答えると同時に杖を一振り――先制の《石つぶて》を発動。
地を這うような低い軌道を描き、ソフトボール大の岩石が盗賊たちの股間を直撃した。
「ハウッ!」「フガッ!」「ンゴッ!」
と呻き、翻筋斗打って倒れる賊ども。声も出せずジタバタ悶えている。潰れてはいないと思うが、この痛みは男にしか分からない。
その間、俺は距離を取って周囲を見渡す。どうやら他に人の気配はないようだ。視線を戻すとリーダー格の男がヨロヨロと立ち上がり、
「てめぇ、何しやがる。やろうってのか?」と、股間を押さえながらも、まだ強がっている。
そうだな。俺も物足りないし、かかって来てくれたほうが有り難いけれど、
「今ので懲りただろ? 神妙にお縄につくことをオススメするよ」と、投降を勧告するが、
「ふざけたこと言ってんじゃねぇ! おい、野郎ども、やっちまえ!」と、一斉に襲いかかってきた。
やっぱり、そう来ますよねー。盗賊ひゃっほい!
いざ戦ってみると、盗賊は全く連携が取れていない。
その上、敏捷性に差がありすぎて5対1どころか2対1の状況にもならなかった。さっきの金的が効いているとも言えるが……。
ブロードソードでは峰打ちが出来ないので、順番に手足を斬って無力化していく。
途中、リーダー格が短剣を投げてきたが、見えてますよ! 盾に当たり、「カーン!」と乾いた音を立てて地面に落ちた。
バタバタと手下がやられ、奥の手も防がれ、不利を悟ったリーダー格は、
「チィッ! 今日はこの辺で勘弁しといてやるぜ、夜道には気をつけるんだな!」
と捨て台詞を吐いて、脱兎の如く駆け出した。逃がすつもりは毛頭ない。先ほど落ちた短剣を拾い、
「忘れモンだぜ!」と言って投げつけると、お尻の中心に突き刺さった。
「キャッ!」と叫び、勢い良く転倒するリーダー格。女子か!
今の短剣、何か塗ってあったな。毒か? それで死んでも俺のせいにならないよな?
5人の盗賊をロープで縛り、回復魔法で適当に治療してやる。
青ざめた顔をしていたリーダー格も《解毒》の魔法が効いて命は取りとめたようだ。傷口が塞がってなければ後が地獄、いや痔獄だな。
……。
「おい、俺たちをどうするつもりだ」
「そんなの、役所の騎士様が来たら全員引き渡すに決まってるだろ?」
戦闘後に再度GMコールで連絡を取り、騎士を待つことになった。
「フン! 今すぐこれを解いてくれたら、とっておきの情報を教えてやるぜ」
この期に及んで何を言っているんだコイツは。ニヤニヤしやがって、気持ち悪い。
振り返ると、遠くに甲冑を着た男が1人、馬に乗って駆けて来るのが見えた。ようやく騎士様が到着したようだ。
「どっちみち間に合わなかったようだな」
「チッ! ドジっちまったなぁ」と呟くリーダー格。
「お待たせしました。盗賊が出たそうですね。大丈夫ですか?」
「ええ、大丈夫です」
「それでは賊の身柄はこちらで引き受けます」
あれ? なんだろうこの違和感。
初対面なのに、なんとなく見覚えがあるような気がする。
「よろしくお願いします。それでは俺はこれで」
「ご協力ありがとうございました」
と互いに言葉を交わし、背を向けたとき、
――ドシュッ!!
背中に金属の冷たい感触があった。
俺の脇腹からバスタードソードが突き出し、引き抜かれ、鮮血が吹き上げた。
一瞬の出来事。
現実に理解が追いついたとき、神経回路を焼き切ってしまうのではないかと思うほどの激痛が、俺の脊髄から脳髄へと駆け昇った。
痛み以外の感覚が曖昧になり平衡を失った俺の身体は、受け身すら取れずに仰向けに倒れた。
霞む青空に男たちの顔が次々と映りこむ。拘束が解かれたらしい。
「やっぱこいつ、ドジだったな! あー、ケツ痛ってぇ。畜生、こうしてやるぜ! オラオラ、痛てぇだろ? フハハハハッ! ざまぁねぇな!!」
俺の脇腹を容赦なく踏みにじる盗賊A――さっきまでリーダーだと思っていた奴。本当のリーダーは後から来た甲冑の男だった。
殺さないよう手加減し、手当てまでしてやったというのに。なんという仕打ち。
激痛で失いかけた意識を、再び激痛で引き戻された。
「――ガアアアアァァァァ!!」
叫び声と共に喉を逆流する血液と胃液。
HPゲージがみるみる減少していく。
やべぇ。動けねぇ。
「女ならアジトに連れ帰って可愛がってやれたのに、残念っすね」と、他の手下が話す。
「だな。まぁこの傷だ、放っときゃ死ぬだろ」
「うっひょー、この剣光ってますぜ。余所者のくせに良いモン持ってるじゃねぇかよ! えぇ? こりゃ高く売れそうですぜ、お頭ぁ」
「おい、本物の騎士サマが来るんだろ? 目ぼしいモン頂いたら、さっさとズラかるぞ!」
「へぃ! お頭ぁ」
次第に遠ざかっていく足音と、遠のく意識。
視覚と聴覚は薄れていくのに、味覚と嗅覚は濃い鉄の味と匂いを強烈に伝えてくる。
ゴクリと、血の混じった胃酸を飲み下す。
不味い!! 不快感に呼び覚まされた怒りが、俺の意識の雲を僅かに晴らした。
まだだ! こんなところでデスペナ食らってたまるか!!
焼き切れたと思われた神経に必死で信号を送る。
動け! 動けえええぇぇぇ!!
激痛に逆らい、震える指でインベントリを開く。
+9強化杖を引き出し、限界ギリギリの精神力で、傷口に回復魔法を発動した。
瀕死の状態から蘇り、むせ返る血の匂いに激しく咳き込んだ。赤く染まる手。
喀血? 否、気管の奥にこびり付いていた血反吐だ。
失った血液を補うべく回復薬を数本一気に飲み干して、身体の渇きを潤した。
これにて体力と精神力は全快し、溢れる怒りに全身が震えた。
「許さねぇ」と、静かに呟き、立ち上がる。大丈夫、ちゃんと動けるみたいだ。
盗賊どもは村とは反対の方へ去って行った。6人に対して馬は1頭だけ、まだ後を追えるはず。
この落とし前はきっちり付けさせてもらうからな!
激しく燃え盛る怒りを胸の内に押し込めて、俺は走り始めた。
……。
ダンジョンの入り口を通り越し、カーブを曲がり切ったとき、前方に目標の一団が確認できた。
馬上には騎士に扮したリーダーの男。左右には5人の手下どもが歩いている。一騎いるだけで盗賊に見えないものだな。
気付かれないよう距離を縮めていくと、一団は街道をそれて少し奥まったところにある廃屋に入っていった。
ふむ。ここが奴らのアジトか。
普通ならここで騎士が来るのを待つべきところだろう。しかしこれは俺の油断が招いたことだ。俺自身で片を付けたい。
もう手加減などしてやるものか。
まずは脱出できないよう、廃屋の周囲に深さと幅が5メートルほどの《落とし穴》を堀り巡らす。
そして《石つぶて》を発動し、屋根の上に大岩を落とした。
――ドーン!!
重量感のある轟音。廃屋のもろい天井を突き破る「バリバリ」という音も聞こえた。1階の床下まで貫通しただろうか。
下敷きになった奴がいたら、ご愁傷様と言うほかない。
「ゲホッ、ゲホッ! おい! 何が起きた!?」
「てってっ天井から……いっいっ岩が降ってきやした、お頭ぁ」
「馬鹿な、そんなことあるわけなっ……いわぁぁ!?」
やべぇ、吹きそうになった。茂みに隠れ、必死に笑いを堪える俺。
「アジトの場所が騎士団にバレちまったんじゃ……」
「まさか……大体、まだここに越して来たばかりじゃねぇか」
「落ち着け、お前ら。誰か、ちょっと外の様子見て来いや」
「へぃ、お頭ぁ」と複数の声。
――ギイイイィィィ!!
と玄関の扉を開ける音がして、勢い良く外へ飛び出した盗賊の足元に、踏むべき地面は存在しなかった。
「うわあああぁぁぁ!!」
と、そのまま穴へ転落する手下。さらに後ろから押されてもう1人転落したところで、3人目は廃屋の中に踏みとどまった。
「どうした! 何があった?」
「あ、穴が開いてやす。お頭ぁ」
「なんだと? さっきまで何もなかったじゃねぇか。クソッ! 一体どうなってやがるっ!! 裏口はっ?」
「裏口も無理っす」
「おいおい、外に出られねぇって、冗談だろ?」
「詰んだ……。俺たち、詰んじまった……。きっと騎士団にバレちまったんだ……」
「だから、騎士団はねぇって。そうか、魔道具だ。この家、カラクリ屋敷だったんじゃねぇか? 誰かが、おかしな床踏んじまったとかよぉ」
「じゃあ……他に出口か何かスイッチがあるってことか?」
「それだ! 出口を探せ! 探すんだ!」
中の話を聞いていたが、なるほど、そう来たか。ならばそれに乗っかってみよう。タイミングを見計らって、玄関前の落とし穴に丸い大岩を投下し、塞いでやった。
音と地響きに反応した盗賊どもがワラワラと集まり、出現した不安定な「橋」を確認する。
「お頭ぁ。穴が塞がりやした」
「よし! 誰か身軽な奴、向こうの木にロープ繋いで来いや」
「へぃ、お頭ぁ、行ってきやすっ」
と、1人が後ろに下がって助走を取り、岩の上に飛び乗ろうとした瞬間――
――させねぇよ!
細かい《飛砂》をピンポイントで目の前に撒き散らす。
「ふぁっ、目がっ! へぶっ! うわあああぁぁぁっ」
岩の上で着地に失敗した手下は、奈落の底へと落ちていった。これで3人落ちた。残りは3人。
次なる挑戦者は、最初リーダーだと思っていた盗賊A。こいつには後で返さねばならない借りがある。ここは渡らせてやろう。
盗賊Aは廃屋から岩、岩から地面へと跳躍し、ロープの端を正面の木に結わえ付けた。
そのロープを伝ってもう1人の手下が渡り、最後に甲冑を着込んだリーダーが渡る。鎧着たまま渡る気かよ! ん? そこでようやく気付いた。初めて会ったときの違和感に。
あの甲冑は、尚光のプレートアーマーだ。道理で見たことがあるわけだ。弓で頭を射抜いて落としてやろうと思っていたが、そういうことなら鎧も無傷で回収しようじゃないか。
無事に岩を渡りきり、兜を脱いでホッと一息付くリーダー。
――ガラ空きだよ!
露わになった首筋へ、狙い澄ました一矢を放つ。
――命中!
首に刺さる矢。ガシャンと音を立て、その場にくずおれるリーダー。たとえ即死を免れていても、抜いた時点で大量出血によりショック死すること疑いない。
不意打ちの礼はしてやったぜ。あとは盗賊Aに傷口を抉られた礼をしてやらねば。
「お頭ぁ!!」と、リーダーに駆け寄る手下。返事は不可能なようだ。
一方、盗賊Aは剣を構え、矢の飛んできた方向――つまり俺のいる方へ探るように近寄ってくる。見つかるのも時間の問題か。ならば、
「俺をお探しかな」
ユラリと姿を現した俺に、目を見開き、驚愕する2人。
「なっ!? お前は、さっきの余所者……い、生きてやがったのか!!」
「そうか、この訳の分からねぇカラクリ、全部テメェの仕業だったんだな!!」
怒りに駆られた手下1人が鬼の形相で突っ走って来る。
だから、連携がなってないんだよ!!
用があるのはもう1人のほうだから――と、躊躇なく放った矢は手下の胸部を貫いた。致命傷に気付くのが遅れたのだろうか、手下はそのまま前に3歩進み、前のめりに倒れた。
残るは盗賊Aのみだ。弓を放り、剣と盾を構えて対峙する。
その動きは他4人の手下よりはマシという程度。毒の塗られた剣だけ気を付ければ、力も速度もダンジョンのボスほど強くない。
経験の差も歴然。こっちは一日何百体も妖魔を斬ってるんだ。成長速度増加の恩恵もあるし。きっちり太刀筋を見切ってから、カウンターの刺突を脇腹にお見舞いした。
「カハッ!! チッ……キ……ショウ」
蹲る盗賊Aを蹴り転がし、仰向けにさせる。
「それじゃ、さっきのお返しをさせてもらうぜ」
容赦なく傷口を踏みつけ、グリグリと抉ってやった。
「ヤメッ……グハアァァァッ!!」
と苦悶の叫びをあげた後、盗賊Aはぐったりと動かなくなった。痛みで気絶したようだ。
完全に気が晴れたわけではないけれど、復讐はここまでだ。騎士が駆け付ける前に後始末をしなければならない。
……。
盗賊Aはロープで縛り、死なない程度に魔法で回復。矢を受けた手下は死亡。
リーダーは奇跡的に生存、身包みを剥いでから拘束し、手当てを施した。
穴に落ちた3人の手下は、最後に落ちた奴だけ生きていた。他2人は岩の下敷き。
馬1頭と、奪われた装備、それから廃屋内にあった金品を戦利品として回収。
程なくして、蹄の音が聞こえてきた。馬で駆けて来たのはソフィアさんと、騎士団の魔術師エマさんの2人だった。
※お読みいただきありがとうございます。




